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 東京テイスト【EGO 】
2000/5/30/tue
■精一杯の微笑み/第2弾
まずは「微笑み」についての考察。続き。
「微笑み」って、基本的に余裕がなければできないものですよね。
身近な例で言えば、好きな人を見守っている時の「微笑み」。
これは、相手に想われているということに対して、ある程度の自信をもっていないと、なかなかできないことですよね。

また逆に、身近な人から、理由はともあれ、微笑みかけられると、結構気持ちが軽くなったりしませんか?
これも、その「微笑み」から安心(「大丈夫だよ」)を分け与えてもらっていると思うのです。

あと、私自信はあまり好きではないですが、動物や子供が見せる、一生懸命さに対する「微笑み」もあります。
これも、見られるものに比べて、見る側にある意味での余裕があるからこそ生まれるものだと思うのです。
こういう感じで、「微笑み」というのは元々、安定の上に成り立っているものと考えられます。

でも、それとは逆に、ここで私の思っている「精一杯の微笑み」というものは、安定さの上にではなく、不安定さの上にこそ、存在するものなのです。
それは、とっても不安定なんだけれども、でも「心配しなくても大丈夫」ということを、相手に伝えるのはもちろんのこと、それよりも「自分自身」に対して一番に伝えたいのだと思うのです。

例えば、入社してまだ1〜2年しか経っていない女の子(?)がいたとします。
そして、その子はある日のこと、仕事上のちょっとしたミスをして、まわりの人に迷惑をかけてしまいます。
それは、全体的に見ると、少しがんばれば直ぐにカバーできることなのですが、それでもやはり失敗は失敗として、上司から大目玉をくらってしまいます。
ようやく、彼女は上司の怒りから解放されて、自席に戻ったのですが、そのまま、特に誰かと言葉を交わすこともなく、1人もくもくと自分がやってしまったミスの後始末をしています。
そんな彼女の様子を心配した何人かの職場の友人が、そっと彼女に声をかけます。
声をかけられた彼女は、みんなに心配させまいとして、いつも通りの笑顔で「大丈夫よ」と答えます。
あと、「ごめんね。みんなに迷惑かけちゃって」とかなんとか言ったりして。
でも、彼女の頬にはうっすらと涙の後が。
心なしか、その目には、まだ流れきっていない涙がきらきらと光っていたりして...。

いないな。
いません。こんな人。
すいません。私の勝手な作り話です。

それよりも、何より、そんな女の子に対して、静かに微笑んでいるであろう、この私自身が、この世で一番嫌らしいです。




2000/5/24/wed
■精一杯の微笑み
今日は、このコラムのタイトル「精一杯の微笑み」から(今現在)連想されることについて一言。
まず「微笑み」というのは、だいたい幸せな時に浮かべるものである。
だけど、そこに「精一杯の」という形容詞がつくことで、実は「がんばって」微笑んでいるという図が想像される。
それは実際には、いつ落ち込んでも不思議ではない状況である。
本当は、とってもとっても悲しくて、思い切り泣きたい気持ちである。
でも、ここで落ち込んでみたところでどうなるわけでもないし、だいいちそんな自分自身は見たくないのである。
だから、気持ちをしっかりもって、「精一杯、微笑んでみる」という状況でしょうか。
でも、やっぱり、ちょっとは泣きたいなあ、って感じかな?

例えて言うならば、心密かに想っている人と、とってもいい感じで会話をしています(内心、これはイケると思っている)。
そんな時に突然、その人から好きな人の話を聞かされてしまう。
聞かされた方としては、内心とってもショーック!ショーック!ショーック!
頭の中がぐるぐるまわって、何がなんだかわからない。
きっと、コーヒー・カップを持つ手も、心なしかふるえている。
でも、その人には「ふぅ〜ん、そうなんだ」なぁ〜んて、とりあえず平静を装ったりして。
ついでに、「意外だったなぁ」とか「そんなこと、全然気付かなかったよ」といった言葉も付け加えてみる。
そして最後にさりげなく「なぁ〜んだ、ちょっとショックだな。xxの事好きだったのにな。ハハッ。」という言葉で締めくくるのである。
そう!、この最後の「ハハッ」が、「精一杯の微笑み」なのです。
この時、決して、間違っても相手に「本当に」好きだったことを悟られてはいけない。
あくまでも、簡単に受け流せる程度の軽さが必要です。
でも、こういう事は得てして、後になって気付かれてしまったりするものなんですけどね。

まあ、今思いついた「精一杯の微笑み」とは、こんな感じでしょうか。
それでは、また。




2000/5/16/tue
■KRAFTWERK
KRAFTWERKの新曲’EXPO2000’を聴きました。
相変わらずのKRAFTWERKぶりに、あきれるやら、うれしいやら。
よくそのスタイルが続くものだと関心しました。
決して特に発展性(バリエーション)のあるスタイルだとも思えないのに、それでもなんだかんだと少しずつ進化(?)している彼らの作品に対して無条件に拍手です。(気持ち的には、ハートマーク3つ)

でも、それより何より、今回一番に感動したのは、ジャケットにさりげなく書かれてあったwww.kraftwerk.comの文字。
ぜひ、一度覗いてみてください。
むっちゃ感動します。
もう最高です。
素晴らしいです。
ファンタスティックです。
これこそまさに・・・という感じです。
まさにKRAFTWERKです。
彼らはまさに筋金入りのKRAFTWERKです。
インターネットやってて良かったです。涙。涙。

ということで、ここを見終わったら、即、直行されることをお薦めします。その時は、スピーカーのボリュームがちゃんとONになっている事を確認してね。
音と共に楽しんでください。

追記:
STEELY DANのコンサートに行って来ました。
よい〜〜〜ん。
今日、この日に感謝!!!




2000/5/9/tue
■キス
今ちょうど「未来日記」を見終わったところです。
はぁ〜(←溜息です)。
「心ここにあらず」とは、このことでしょうか。
ここしばらくは「桜坂」に頭の中を占領されそうです。
(同じ「桜坂」でも沖縄のそれとは大違い)知り合いに「未来日記」を薦められて、今回で3回目(ちょうど成田で別れるところからね)になるのですが、思いっきりハマってしまいました。

この物語のなかでもキス・シーンがでてきますが、それとは別に、この前、なにげなく月9のドラマを見ていたら(なんだかTVばっかり見ているように思われそうですが)、雨の降る公園で女の人が急に男の人にキスをするというシーンがあって、それが結構印象に残ってしまいました。

昔は、「好きな人とキスをする」という事だけで幸せ(?)な気持ちになったものだったのに、いつのまにかそんな気持ち自体忘れてしまっていて、でも、そのシーンを見ていると、なぜか急にそんな気持ちが思い出されて、ある意味でちょっと新鮮な感じがしました。

また、それとは別に、ちょうど同じ頃に、職場の人から強烈なキス・シーンの話を聞きました。
それは、地下鉄のホームだったそうなのですが、男の人の感情があまりにも入りすぎて、女の人は背骨が折れそうな程、のけぞっていたそうです。
まわりにいた人達もさすがに無視するわけにもいかず、あるおばさんなどは思わず「まあ、すごいわね」と言っていたそうです。

まあ、別に駅のホームが殊更そうだとは言いませんが、どこに住んでいてもロマンチックなキス・シーンをお膳立てするのに適した格好の場所というものはあるもので、恋愛自体に恋していた頃というのは、そんな場所を探すのも楽しみの1つだったものでした(それが実践されたかどうかはともかくとして)。
ところが、ここ最近そんなこともほとんど考えなくなってしまって、ちょっと寂しい気もします。

ということで、このところなんだかキスに対する関心が高まってきているようなので(私の内でね)、これを良い機会として、あらためて現代社会におけるキスの目的と効用、いわゆるキスの存在意義とそれによって発生する人間の幸せ感ならびに人生の充足度などについて、社会への影響範囲および地球温暖化/環境問題等々も視野に含めながら、今一度見直しをはかるとともに、とりあえず今日から「キス強化月間」に入りたいと思います(???)。

ちなみに「未来日記」をまだご存じでない方はこちらをどうぞ→http://www.tbs.co.jp/unnan/hontoko/diary.html




2000/4/18(tue)
■HOSONO BOX
今この文章を書きながら、細野さんの初期の作品を聴いています。
ここ何年か、細野さんの作品にはご無沙汰していましたが、久しぶりに聴いてみて、改めて感動しています。
どの時代をとってみても、みんなとても良いのですが、特に初期の作品には心打たれるものがあり、またそのなかでも「HOSONO HOUSE」などは、私にとって、一番のお気に入りになっています。

私の今までの世界と、細野さんの作品にでてくる世界とは、まったくタイプのことなるものですが、だからこそ、そういった世界に憧れているような気がします。なんだか、そういった世界を勝手に想像しては、幸せな気分に浸っています。「いつかは自分も」と、聴く度に思うのですが、なかなかその「いつか」はやってきません。でも、「いつか」はやってくると信じております(←未だに)。
ただ、だからといって何度も繰り返して聴くわけでもなくて、比較的よく聴いているのが、「HOSONO BOX」の三枚目、インストゥルメンタルの作品が多く入ったCDです。これは、一枚目とは逆に、あまり大きな感情の揺れは起こりませんが、そのかわりに、軽く気持ち良い気分に浸れます。

だから、夜眠るときによく聴いたりします。そうすると、気持ちよく眠れて、朝の目覚めもすっきりさわやか、というわけには残念ながらいきませんが、でも、少なくとも落ち着いて眠りにつくことはできます(一方では、何をかけても同じ(それほど繊細なわけがない)という意見もありますが、それは却下します)。
といった感じで、今回「HOSONO BOX」を買ったおかげで、またまた細野熱が再燃してしまい、当分の間はこの熱にうなされそうです。身体を壊さないよう、注意しなければ。




2000/4/12(wed)
■地震
昨朝、明け方近くに地震がありました。
熟睡中にもかかわらず、なぜか「ゴッー」という音に気づき(地震が来る直前には、そういった音がする)、それからグラグラという感じで揺れがきました。
意識が朦朧としているなかでも、「これはちょっと大きいな」と感じましたが、「でも大丈夫だろう」という判断を瞬時に行って、またすぐに夢の中へと戻ってしまいました。

そして、いつも通りの時刻に目覚ましが鳴って、布団のなかで半分寝ぼけながら、「そういえば、地震があったような気がするけど、あれは夢だったのかな」なんて悠長なことを考えていると、ちょうどニュースでは、先ほど地震があったということを話していて、それでやっと「あれは夢ではなかったんだ」と確認する始末でした。

 あとから冷静になって考えてみると、まず熟睡しているなかで、地震で揺れる直前に気付いた事、そして即座に「これは大丈夫だ」と判断した事に、自分自身とっても驚くとともに、そのあと何事もなかったかのように、またすぐに熟睡してしまった自分にあきれてしまいました。 もし、これが規模の大きい地震だったら、果たして自分はきちんと反応していただろうか、と少し不安になりました。

 私が沖縄にいた頃に比べると、こちらは地震の数が多く、いつのまにか非常袋なるものを用意するようになりました。最初の頃は、半分珍しさもあり、それでもやっぱり怖さもあって、地震が来るたびに、すぐに臨戦態勢になって、いつでも逃げ出せる体勢をとっておりました(慣れるまでは、大型車が通る時の揺れにも、いちいち反応していた)。しかし、ここ最近は、もうそんなことにもすっかり慣れてしまい、ちょっとやそっとの揺れでは、動じなくなってしまいました。本当は、これではいけないんですよね。何とかは忘れた頃にやってくるとも云いますしね。

 でも、なかなか、一度抜けてしまった緊張感を、回復させる事は、難しいものです。きっと、心のどこかでは、本番時には、きちんと対応できると思い込んでいるんですよね。この自信にも困ったものです。失礼しました。




2000/4/8(sat)
■「催眠」
映画「催眠」を観ました。
本当は、映画館で観ようかとも思っていたのですが、「邦画だしね」ということで、見送っていた映画です。
でも、実際に観終わってみると、なかなかどうして、結構楽しめる映画でした。

まずは、やっぱり菅野美穂さんです。いいです。かわいいです。こわいです。変です。ファンです。なんだか観てるだけで、微笑ましく(?)なってきます。もともと私自身、ちょっと変わっている人に対して好意を寄せてしまう、という嗜好があるせいか(昔でいうと戸川純とかね)、すっかりはまってしまいました。まあ、戸川純と菅野美穂を並べてみるのもどうかとは思いますが。

 でも、今日はそれより何より話したいのは、宇津井健さんについてです(なんだか「さん」づけで書くと知り合いみたいですが)。そう、あの山口百恵さんのお父さん(皆さん知ってますか?その前は「ザ・ガードマン」)です。この人もなんだか変です。しかも、その「変さ」が普通のものとは違う「変」です。

役柄的には、ごく普通っぽい人を演じているのです。だから、見た目でわかるようなものではありません。また、ちょっとひねった物語とかにありがちな「ごく一般的な普通の日常に潜む「狂気」(誰でももっている「狂気」)」とも違います。

 なんだかよく説明できないのですが、宇津井健さんが演じる役というのは、いつも期待を裏切る、何をやっても嘘っぽい(別に演技が云々という次元ではなくて)、とても冷たい、その人の裏側をイメージさせてくれない、云々といったようなことを感じてしまいます。

 う〜ん、やっぱりうまく伝えられないですね。もう少し簡単に例えてみると、宇津井健さんが、思いっきり膝を叩いて笑おうが、真剣に眉間に皺をよせて悩もうが、自分の娘が白血病にかかってしまい、その為に静かに涙を流して悲しもうが、正義の為に口角泡とばして怒鳴ろうが、どれもこれも全て、観ている人(それは私)にとって感情移入ができない(させてくれない)のです。だから「変」を感じてしまうのです。

 まあ、そんなことを感じている私自身が、実は「変」なのかもしれませんが、それはそれとして、そういった意味でも映画「催眠」は楽しめました。今度は、宇津井健さんが、本当の「狂人」を演じるところも観てみたい気がします。




2000/4/5(wed)
■お花見
今の時期、ちょうど桜の花が咲き乱れております。
先日も、桜並木のあるところを歩いていると、あちらこちらでお花見をされている方々がいらっしゃいました。それぞれのグループも、家族/親類関係、ご近所さん同士、学生仲間、などなど様々にタイプがありました。

 沖縄では、そういった習慣がないので、最初にそのような光景を目の当たりにした時は、「うわっ、マジでやってるよ。テレビで見るのと同じじゃん」と思ったものでした。こちらに住むまで、「お花見」というのは、「まあ季節柄そういう事をやる人もいないこともないけど、ほとんどは過大にマスコミが騒ぎ立てているだけで、そんなことをやっている人はあまりいないんでしょ」なんて思っていたのに、実際には本当に、顔を真っ赤にしている人や、なんだかやたらに盛り上がっている人達などがいて、まさにそのまんまの光景が繰り広げられていて、ちょっと信じられないというか、思わず笑ってしまいました。

 確かにこちらの桜は本当に綺麗です。風にその花びらが散る(舞う)様は、沖縄では絶対に味わえないものがあります。本当にヒラヒラ、ハラハラという感じで散っていきます。これだったら、毎年ニュースとして取り上げられたりして、騒がれるのも無理はないなと思います。でも、「お花見」の習慣だけは、私も参加したことはありますが、未だになじむことができないでいます。本当に地べたにビニール・シートなどを広げて(最初に場所取りがあって)、みんな車座になってお酒を飲みます。

ちょっと昔の運動会の事などを思い出したりして。まわりを見渡すと、いつのまにか足の踏み場もないほどに混雑していて。みんな陽気な感じで、飲めや歌えの大騒ぎ。女の人は、スカートから覗く膝頭とかが、妙に色っぽかったりして。それはそれでいいんですが。私としては、なんだか落ち着かなくて、「早く終わってくれないかなあ」「もうここはお開きにして、早く次いこうよ」なんてことを考えてたりするわけです。

 沖縄であれば、野外での酒盛りというと、ビーチ・パーティ(バーベキュー)なんぞがあったりするわけで、それはそれで別にいいんです。真っ昼間からビールを浴びるほど飲んで、グデングデンに酔っぱらうというのは、結構好きなんです。でも、同じ野外でも「お花見」はやっばりちょっと違うのです。なんだか、いつもなら、素面で利用している場所で、特別にその時期に限ってお酒を飲む、という行為に馴染めないのか、それとも他に理由があるのか、例えば、桜がつまみではお酒を飲むには弱すぎるとか(本当に桜の花を観賞している人がいるのかも疑問ですが)、飲んでいる場所自体が結構汚いとか、いまひとつはっきりとした理由はわかりませんが、違うのです。

もしかしたら、そういった場所でのお酒の飲み方に、ただ単に慣れていないだけなのかもしれませんが。
 逆に、そういった事を楽しめない私自体が、不幸なのかもしれませんね。まあ、どうでもいいですけど。というわけで、皆さん、どうぞ勝手にお楽しみください。





2000/4/2(sun)
■切ない気持ち
今日、何気なくテレビのチャンネルを回していたら、THE SMITHのビデオ・クリップが流れてました。
久しぶりにTHE SMITHの曲を聞いていると、その時の記憶が蘇ってきて、しばらくの間、一人感傷に浸ってしまいました。

まあ、別にTHE SMITHに限ったことではなくて、その曲を聞いただけで、当時の記憶が蘇ってくることって、皆さんにも経験があるのではないでしょうか。
とくに、その頃は別段好きでもなかったのに、よく有線とかテレビ/ラジオとでかかっていたり、あるいは当時仲の良かった友達とかがよく聞いていた曲とかって、全然意識していなかった分だけ余計に、突然不意打ちをくらったように、ノスタルジーに浸ったりします。

その時の記憶って、なぜか切ないんですよね。思い出すものも直接的に画像が出てくるのではなくて、その場面を見ていた時、その場所にいた時に、自分が感じていた事(思っていた事)や、その時の自分の気持ち(想い)自体がまざまざと蘇ってきて、うわ〜っていう感じで、少しホロホロっとなったりします。

そしてその後に、「そういえば、あの頃はこういうことがあったよなぁ」とか「あいつ(あるいはあの場所やお店)は、今頃どうなっているのだろう」といった事を思い(大概はどうでもいいことなんですけど)、いもづる式に当時の事を思い出しては、一人、感傷の旅(無責任な旅)に出ていくことになったりします。

でも、私としては、いつまでもそんな連想ゲームを続けていてもしょうがないので、ある程度きりのいいところでさっと気持ちを切り替えて、全く違うことを考えるようにしています。

まあ、しょうがないというか意味がないというか、私自身、「切ない気持ち」というのは好きですが、それは、そういう気持ちを想像する事(頭のなかで作られた「切ない気持ち」)が好きだというだけで、別に実際のリアルな「切なさ」というのは、あまり好きではありません(そんな経験も滅多にないですし)。

そんな事よりも、明日の事を考えることの方が、より楽しいですし(たまに楽しくない場合もありますが...)。
それに、同じ「切ない気持ち」でも、昔の事を思ってそうなるよりも、今現在、密かに思っている(あるいは大っぴらに思っている)好きな人(あるいは物?)の事を想って、「切ない気持ち」になる方が、ずっとずっと何倍も何百倍もいい感じですしね。

ということで、そんなことを書いているそばから、昔懐かしいブラコン(ミセス・ジョーンズ)が流れてきてしまい、少しジワ〜ンとしている私でした(なんだかなぁ)。




2000/3/28(tue)
■階段
YMOの作品にSTAIRS(階段)という曲がありますが、今日はそれとは全然関係のないただの階段についての話です。

 普段、あまり気にすることはなかったのですが、ふと考えてみると、私がこちらに住むようになって、結構、階段を上り下りしていることに気付きました。それは、駅の階段だったり、ビル内の階段だったり、陸橋だったりするのですが、本当によく階段を利用しています。それは別に健康(!)(←こんな言葉を思いつくこと自体、ジジくさいですね)に気をつけてそうしているわけではなく、普段生活をしていく上で、日常の事として階段の上り下りが存在します。

まず、毎日、電車で通勤をしていると、ほぼ間違いなく階段を使います。さらに、地下鉄の場合だと、利用する線や駅によっては、下りて下りてまた下りて(上って上ってまた上って)といった具合に、軽くビルの三階分ぐらいは、階段を利用することになります。
まあ、駅によっては、エスカレータという便利なものも存在しているのですが、気がついてみると、なぜか、そのエスカレータさえ単なる動く階段と化しているといった具合です。

私も最初の頃は、なぜエスカレータをわざわざ上らないといけないんだと思って、いつも端のように立っていた(左側は動かない人用(でも関西では逆に右側だったような気が))のですが、いつの頃からか、わざわざ右側に寄ってエスカレータの段を行進する組にまわっていました。別にそんなに急いでいるわけでもないのに、なぜかエスカレータを上り下りしているのです(しかも早足だったりする)。不思議です。あと、これは余談なのですが、私が沖縄で生活をしていた頃は、普段、普通に歩いている人達よりも私自身あきらかに歩くスピードは速かったのですが、こちらではそれが普通で、逆に私より以上に早足で歩いている人もいます。

でも(これはさらに余談ですが)、ある特定の場所(人が混雑している所)では、それとは反対に、とってもとっても遅いスピード(時速1Mぐらい)で歩くことを強要されたりします。前に進みたいのに進めない。さらに輪をかけて、私と同じような気持ちになっている人が、本当にわずかなスペースを見つけては、私の前に割り込んできます(針の穴を通すとはこのことか)。これは非常に精神的によくないです。マジで。

 話が横道にそれてしまいましたので、また階段の話に戻りますと、駅の階段の次によく利用するのが、ビルの階段です。私が今働いている職場も、とあるビルの三階にあるのですが、そこへ行くには、普段は階段を利用しています。これも別に健康の為というわけではなく、ビルにはエレベータという便利なものがあるにも拘わらず、毎日せっせと階段の上り下りを行っているわけです。
その理由としては、エレベータがなかなか来ない→人が溜まる→結局、いつも混んでいる、といった具合に、エレベータを利用すると、人混みに揉まれてしまうことになります。私だってできればエレベータを使って楽をしたいです。でも、満員電車で人混みに揉まれ、さらにエレベータのなかまで人混みにつぶされてしまうことだけはなるべく避けたいわけなのです。エスカレータのように階段として利用するということもできませんしね(ロープをつたって登る?)。

 さらに、ダメを押すなら、夏の暑い日にうっかり満員のエレベータに乗ってしまうと、そこはまさに生き地獄です。オヤジの汗と油が合成された匂い、オバサンの強烈な香水攻撃、そんなどさくさに紛れてオナラをする奴やらゲロする奴やら(←いない、いない)で、完全に嗅覚が溶けてしまいます。それに加え、エレベータの中は、人の熱気および夏の熱気でむっとする空気に包まれていて、そんな箱のなかにじっと立っているだけで次第に嫌な感じの汗がタラ〜リ、タラ〜リと。
 ということで、こちらで生活をするようになって少しだけ足腰の強くなった(?)私でした。以上。




2000/3/25(sat)
■雨
今日は夜から雨が降り始めました。
昔はそうでもなかったのに、この頃は雨が降っていると憂鬱になります。
まず、傘を持つ(差す)ことが億劫です。どうせ、傘を差していても、結局、足下とかは濡れてしまうことになりますし、さらに、横風とかが強かったりすると、スーツまで濡れてしまって、いきなり不機嫌になったりします。
あと、これは私の気のせいなのかもしれませんが、普段よりも電車が混むような気がします。ただでさえ混んでいるのに、それに輪をかけてギュウギュウ詰めになるのは、勘弁してほしいものです。それに、雨で濡れた傘が洋服に密着してしまうのも、気になりますし。とにかく、スーツを着ている時の雨って嫌なものです(逆に、カジュアルな格好をしている時は、あまり気にせずに、多少の雨だったら、傘など差さずに平気で歩いたりしますが)。

それと、雨の質についても、こちらのものと沖縄のそれとでは感じが違うような気がします。沖縄の雨は、どちらかというとザーザーという感じ(地面に叩きつけるという感じ?)で降りますが、こちらの雨はシトシトという感じです。だから、雨粒の大きさも沖縄の方が幾分大きいような気がします。

とくに、霧雨なんていうのは、私自身こちらに来て初めて経験しました。降っているのかどうかもわからない程の小さい雨粒で、だけどなんとなく空気全体が湿っているといった感じの雨です。そんな雨って沖縄にはないですよね?(気のせい?)。

それから、止んでいるのかそれともまだ降っている状態なのか、よくわからないようなものもあります。もう雨は上がったものと思って、傘をささずに歩いていると、ときおりポツリポツリと雨粒が落ちてきます。空を見上げると、どんよりとした曇り空で、傘を差したものかどうか迷ってしまいます。そんな時って、なぜかへんにまわりの人達が気になったりします。別に、傘を差す/差さないことぐらい、自分で判断できることなんですけどね。たまに、人が傘を閉じるのを見て、自分も同じように傘を閉じてみると、「なんだ、結構降ってるじゃん」なんて事があったりします。

 まあ、なんだかんだ言って、あまり嫌いなものを増やしていってもしょうがないので、これからは雨の日でも気にしないようにがんばりたいと思います。




2000/3/21(tue)
■サイボーグ
今、CMで流れている浜崎あゆみのサイボーグ。むちゃくちゃかっこいいです。
一瞬、本当に浜崎あゆみは、そうなのではないかと錯覚してしまいます。
それは、あの端正な顔立ちと、電気的な声に起因しているのかもしれませんが。
それにしても、あのCMは良いですね。

ここで、まだそのCMを見ていない人に、簡単にその内容を解説しますと、それはもともとケータイのコマーシャルで、最初は、浜崎あゆみが放心状態のような感じで、地面に横たわっています。そして、その腕には、ケータイが組み込まれています。しばらくすると、そのケータイが着信します。すると、いままで、微動だにしなかった浜崎あゆみの目線が、最後の場面でカメラの方に視線を合わせる、という内容のものです。
(もう少し内容が知りたい方は、こちら
http://www.tu-ka.co.jp/に行けば、多分見つかるのではないでしょうか)

もし、このCMが真実で、近い将来、量産化された浜崎あゆみが街中を闊歩し始めたら。
あっちにも、こっちにも浜崎あゆみが(まあ、一時期、生身の人間でそれに近い状態はありましたが)。そんな世界を想像するだけで、なんだかドキドキしてくるのは、私だけでしょうか。(ん!そこのあなた!何か勘違いしてませんか?ダメですよ。変なことを想像しては)

あと、安室奈美恵とか、小室哲也のサイボーグとかも加わったりして。
そうなると、もう至る所で、いきなり路上ライブとかが始まったりして。路上ライブとなったら、ヒロミ・ゴウ(サイボーグ)も、だまっちゃいないよ。そして、それを取り締まる警察官もみんなサイボーグ。これこそまさにロボコップ。
でも、その取り締まりを妨害する側(聴衆)もサイボーグで、そうすると、一体どっちが強いんでしょうか。

さらに、みんなの脳みそには、超高性能コンピュータが組み込まれていて、この勝負の行方を計算すると、最初に手をだした方が負けという結果がでたりして。それで、お互いに睨み合ったまま、膠着状態。
そんな緊張状態のなか、路上ライブだけは行われていて、警察官側は、やはりそれを止めさせなければならず、でも、動いてしまうと負けてしまうことがわかっていて、ものすごいジレンマに悩まされたあげく、最終的には、みんなその場で一斉に警察官を辞めて(辞職して)、全員聴衆になって、路上ライブは大変盛り上がったとさ。お終い。

補足:
この文章に記述されている人名については、私の方で敬称を略して書いてしまいましたので、大変申し訳ありませんが、みなさんの方で、全て敬称をつけて呼んでくださるよう、よろしくお願いいたします(別に、実際に声にはださなくても、心のなかで思ってくださるだけで可)。以上。




2000/3/17(fri)
■実家が沖縄ということ。
私は職業柄、ある程度の期間毎に、勤務する職場が変わります。
そうすると、その度ごとに初対面の人と出会うことになります。
そして、その人達は何れ、私の出身地を訪ねることになります。
「ご実家はどちらの方ですか?」
「沖縄です」中略。
その後、そのような会話のなかで必ず(インターネット初心者の男性が、とりあえずH系サイトを覗いてみるぐらいの確立で)言われる言葉が「いいですねぇ」です。
私は「何が?」という疑問を抱きつつ
「おかげさまで」と答えます。
(この答も私なりにひねって返しているつもりなのですが、相手は意に介さず)「(沖縄は)暖かくて」あるいは「こっちは寒いでしょ」と言います。
要するに「暖かい」のはマルで、「寒い」のはバツということなのでしょうか。
でも、沖縄は「暖かい」のではなくて「あ・つ・い」のです。

次によく訊かれるのが(YMOのメンバーといったら、真っ先に坂本龍一を思いつくぐらいの確立で)
「沖縄には(1年に)何回ぐらい帰っているのですか?」という質問です。
この質問が意図していることは、一体何なんでしょう。
私は、だいたい年に1回ぐらいの割合で帰省しているので、「年に1回ぐらいですね」と答えます。
その答えを受けた側としては、「ああ、そうですか」的なニュアンスの事を言うか、あるいは「今頃の季節だと沖縄はどうですか?」的な質問をなされます。
後者の方については、何となく発展性がうかがえるので良いです。
しかし、前者の方については、全く意味がわかりません。
私が帰省する回数が、その人にとって、どういう意味があるのでしょうか。
私が年に何回ほど帰省すれば、その人は満足されるのでしょう。

また、それと似たような期間限定の質問に
「正月(あるいはお盆)は、沖縄に帰るのですか?」というものもあります。
「別に関係ないじゃん」と思いながらも
「いえ、帰りません」と私は答えます(理由→その期間は、旅費が高い&飛行機(空港)は混んでいる)。
それで、会話は終わってしまいます。
まったく、なにを知りたかったというのでしょうか。
私が盆や正月に沖縄に帰ることで、その人にとって何の得があるのでしょうか。
(もっとも、この質問は、私(実家が沖縄)に限ったことではなくて、地方出身の人に対して必ず訊かれる質問のようですが)それにしても、この質問の意図が見えません。

ということで、こういった話はまだまだありますので、また今度その続きを書きたいと思います。




2000/3/14(tue)
■ボトル・キープ
私が沖縄にいた頃のお酒の飲み方。
最初に注文するのは、ビールなどに代表されるような軽めのお酒、あるいはウイスキー。
それからボトルを注文(最初からボトル注文も可)。沖縄には泡盛というお酒もあることですし。他には好みによってウイスキーやブランデーなどを注文することも。
そして、楽しかった宴も終わり勘定をする時になって、その日飲み残したものは、ボトルキープとして次回の宴まで保管します。
これが、私が沖縄でお酒を飲む場合の普通の流れ。

こちらでのお酒の飲み方。
だいたいまず最初に注文するのは、大体がビールなどの軽めのお酒。
そして次に注文するもの。
ビール。ビール。ビール。
または、酎ハイ。酎ハイ。酎ハイ。(ビールとの組合せも可)これは居酒屋で飲んでいる場合。
バーで飲んでいる場合。
ウイスキー・シングル。ウイスキー・シングル。ウイスキー・シングル。
たまに、ロング・カクテル。(もちろんこれも組合せ可)これが、通常の流れです。

私がこちらで生活するようになり、飲み屋に入ってびっくりしたことの一つが、「えっ!ボトルがないよ!」ということでした。
もちろん、ボトルを置いてあるところも、なかにはあります(居酒屋なら焼酎とかね)。
でも、沖縄なら「なかには」ではなく、「ほとんど」のお店にボトルが置いてありました(少なくとも私が通っていたお店にはね)。
これは、ちょっとしたカルチャー・ショック(?)でした。別に、ボトルが良くてショットがダメと言っているわけではないのです。

ですが、既にお店に入った段階で、「今日はそれなりにたくさん飲むぞ」ということがわかっている場合、または大人数の場合などは、ボトルをとった方が楽じゃないですか。あと、もう既にグラスが空に近い状態になった時に、もう一杯飲もうかどうしようかと迷うこともありませんし。
それと、金銭的な問題もありますが(実はこれが一番大きかったりして)。
ということで、こちらに来てからお酒の飲み方が変わったのでした(強引ですか?)。
ほかにも、お酒にまつわる話はいろいろとあるのですが、それはまた機会があった時に。

ちなみに、断っておきますが、別に私は一晩で一本のボトルを空けてしまうほどの大酒飲みでもありませんし、ここで言っているお酒の飲み方は、友達同士または職場の仲間同士などと一緒に飲む時の話ですので。ちょっとした事情(下心)がある場合は、それなりに...。(←別に...で表す程、たいしたことでもないのですが)




2000/3/9(thu)
■花粉症
それほど重傷ではないんです。
ただ、もともと鼻が弱い(鼻炎系)ものですから、ちょっと気を抜くと、ズルズルになってしまいます。昨日は最悪でした。
午前中は平気だったのに、午後になって、気がつくとズルズルしてました(いつもなら、朝起きた時の状態で、その日の体調は決まってしまうものなのですが)。
そして段々と、そのズルズルがズルズルズル、ズルズルズルズルとなって、最終的にはダラダラダラダラダラダラダラダラ〜。
ハックション!
ダラダラダラダラダラダラダラダラ〜。
ハックション!
ハックション!
それに呼応するようにして、頭の中はボ〜。仕事は全然手につかず。

今日はもうダメだと思い、早く帰ることだけを支えにして、なんとか仕事をこなしていると、そんな時に限ってトラブル発生!
ありがちな展開。
ほとんど思考回路が停止した状態のまま、トラブル対応をズルズル、ダラダラと。
ハックション!

ちょっと一服と思って、たばこに火をつけると、紫煙が余計に鼻を刺激して、くしゃみ止まらず。
もう、なれっこにはなっているのですが。
ついでに言うと、そんな状態の時にたばこを吸うと、余計に症状が悪化するということも、折り込み済みなのですが、いつも「今回は大丈夫かも」と思いながら、結局同じ目に。

そんなこんなで、終いには目までウルウルウルウルウ大柴?。
なんとか解決の目処がついたところで帰宅。
家の中でも、ズルズル、ダラダラ、ルウルウ。

昨日がそんな状態だったから、今日は覚悟を決めて出勤。
そうすると、全く問題なく体調快調。
せっかくハンケチ2枚準備したのに(←マスクはしない。なんだか印象悪いし(偏見かもしれませんが)、鼻水でグジュグジュになりそうで。たしかにラクそうではあるが)。
明日はどうなることでしょうかね〜ナ(脇毛)。




2000/3/6(mon)
■The Avengers’
今日はWOWOWで’The Avengers’を観ました。公開当時から気にはなっていたのですが、なかなか観る機会がないまま今日まできてしまい、これを絶好の機会と思って、即チェックしました。

 ユマ・サーマン。良いです。クールな感じにあの身体つき。それを煽るようにボンテージ・スーツ。別にSM趣味はないのですが、かなりエッチです。彼女は他にも、あまり頭の良さそうでない役とかもやっていたり、あと「パルプ・フィクション」でみせたドラッグで往っちゃった演技とかも、かなり好感度(?)大です。きっとそれは、彼女の演技には全然汗臭さが感じられない(画面上では汗かいてても)、あるいは迷いがない(ある意味で安心して観ていられる)といったようなことが、要因でしょうか。まあ、それは私だけが感じている事だけなのかもしれませんが。とにかく、ユマ・サーマンはこれからも要チェックです。

次に、ショーン・コネリー。この人も汗かきませんねぇ。あんなに汗をかく役ばっかりやっているのに。男臭さについては、結構、主張しているんですけどねぇ。汗臭さはありませんねぇ。もうこの人も自分のスタイル(格好良さ)を確立していて、何をやっても良いです(というか、何をやってもジェームス・ボンド)。きっとホラー映画とかに出ても、渋く決めてくれることでしょう。いつの日か「13日の金曜日」シリーズに出演して、ジェイソンさんと対決して欲しいものです。その時のヒロイン役には、キャメロン・ディアスさんなんかいかかでしょうか(もちろんスポンサーは、あの英会話スクールさんにお願いして)。

 そして、最後に映画のストーリーです。これも全く汗をかきません。イギリスに危機が迫っているというのに、全然ひっぱく感がありません。そんな時に主人公二人は、玉乗りをして遊んでます(でも、おしゃれ)。テロリストにビルを乗っ取られたぐらいで(まあ、それはそれでとても大変な事なのですが)、大騒ぎしている人達とはえらい違いです。それに、この映画には、本当の悪人というものが存在しません。だから、強烈な憎悪とかもありません。みんな良い人達ばかりです。きっと、それぞれが一緒に仕事をすることはできなくても、飲み友達ぐらいにはなれるのではないでしょうか。あと、ハイテク技術とかもでてくるのですが、それが全然ハイテクであることを主張していなくて、そういったところもなかなかおしゃれでした。
 ということで、この映画好きです。こういった全然リアリティを感じさせない(ある意味ふざけた)映画が、もっと増えてくれるとうれしいのですが。




2000/3/2(thu)
■東京ジャングル
この前の土曜日、友達と新宿で待ち合わせをした時のこと。
約束の時間は午後7時。場所は新宿東口の富士銀前。少し嫌な予感はあったのですが。でも、お互いに時間がなかったものだから、とりあえずそれで「OK」にして。いざその時になってみると、やはり予感的中。

 自分は富士銀行の左側。相手は右側で待つことに。その距離わずか5メートルぐらい。途中、「もしかしたら逆かしら?」と思いながらも、この人、人、人の混沌のなかに自ら進んで入っていく気にもなれず、お互い携帯に電話してみるけれど、なかなか呼び出し音に気づかず。呼出音(途中からバイブに切り替わって)にようやく気付いて、あわてて電話にでてみると、ちょうど相手が切ったところだったりして。それで、また相手にかけ直したりして。まるで白ヤギさん黒ヤギさん状態。

 結局、ようやく会うことができたのは、7時を10分ほどまわった頃に。でも、お互い時間にルーズなのには厳しいので、二人とも5分前には既に到着していたということもあって、実質15分程待ったことに。最初はやっぱり気まずい雰囲気。

 自分としては待ち合わせに対して、あまり不得意だとは思っていなかったんだけど、よくよく考えてみると、結構ポカもあったりして。ということで、結局私がいけなかったの?
 そもそも、沖縄にいた頃は、あまり待ち合わせなんぞをした記憶がないわけで。だいたい車を中心にして行動していたから、待ち合わせもお互いの家まで迎えにいくとかで、何時にどこそこで待ち合わせなんて約束はほとんど皆無。まあ、学生だったからという理由もあるんだろうけど。

 でも、こっちにきてからはそういうわけにもいかず、駅前とか適当な場所で待ち合わせをする機会の方が多くなってきて、その上にこの人の多さ。だって、人を待っていようにも、立つ場所すらないんだから。おまけに、人が立っているそばから、次から次へと人が割り込んでくるし。

 例えていえば、その時間帯に私の周り(半径5メートルぐらい)にいた人達だけで、軽くミリオン・セラー達成可(祝!)。おそらく1メートル離れているだけで、出会いの確率は1桁台確実。これならナンパした方が、確率的には高いかも?

 まあそんなこともあって、いつもならピンポイント指定で待ち合わせなのに(というかこういった名所(?)での待ち合わせなんて考えない)、今回はお互いに慣れ親しんでいる間柄という事もあって、油断してしまったのが敗因。

 目的の場所に移動しながらも、お互い不機嫌の矛先はこの人の多さに集中砲火。そう言ってる自分達もしっかりその一因。辿り着いたお店も思いっきり期待はずれ。しかも席は狭いし、うるさいし。つまりここも人、人、人。

全然気持ちを落ち着けることができず。お互いの仲もぎくしゃくしたまま。これじゃまずいと思い、早々にきりあげて、別のお店へ。でも、満席だったり、もうお店自体がなかったり。ようやく見知ったお店に腰を落ち着けることができて、私が頼んだつまみはジャイアント・コーン。こんな日はつまみまでテンション低い。それでも最後は、何杯目かのおかわりで上機嫌。メデタシ。




2000/2/28(mon)
■今月購入したCD
・the seducation of claude debussy/arto fnoise
トレヴァー・ホーン(祝、復活)、ロル・クレーム(祝、新規)、そしてなんとド ビュッシー!(祝、祝、祝)とくれば、買わないわけにはいきません。でも、実際に 聴いたときの衝撃度は今ひとつ。最後の方は、ちょっとタレてしまいました。

・Noon Chill/Arto Lindsay
 アート・リンゼイは大好き。とても綺麗な曲を作る人なんだけど、なんだかものす ごく病んでいる気がして、それがとてもたまりません。

・ENVY/ARTO LINDSAY & AMBITIOUS LOVERS
 たまたま、アート・リンゼイのコーナーを物色していたら、これが出てきたので、即ゲットしました。この人のヴォーカルとかギターとかは、めちゃくちゃ切れているんだけど、それがよくありがちな「体力的に(というか暴力的に)」という感じじゃなくて、「精神的に(とても繊細であるが故に?)」切れてしまっているという感じがして、それが(さっきも言ったけど)めちゃくちゃ好きです。

・the very best of cream/cream
 なぜか、衝動的に買ってしまいました。別に昔よく聴いていたというわけではないし(というよりもちゃんと聴いたのは、今回が初めて)、とりたてて懐古趣味もないんですが。気分転換したい時などに聴いたりします。

・GUY」/GUY
テディ・ライリーに期待したわりには、ちょっとがっかり。もっともっと甘い甘いメロウなものが好きです。そんなものを彼に期待するなんてお門違い?(実はその辺のところに関しては、あまり詳しくないもんで)。

・The 20th Anniversary Edition/佐野元春
これは、完全に懐古趣味です。佐野元春は、10代の頃、YMOにどっぷりはまっているその一方で、彼の曲もよく聴いてました(あと、余談ですがRCも)。最近、久しぶりにその当時の曲を耳にしたら、それ以来しきりに頭の中で彼が歌っているので、根負けして買ってしまいました。
佐野元春に関しては、彼の持っている街のイメージが好きでした(今も、かな?)。それと、彼の使う単語(「彼女」「ポップコーン・ガール」「ジェット・マシーン」「ビート」「カフェ・ボヘミア」等々)とかも。ただ、「ロック」という言葉はいただけません。

・D.o.A/THROBBING GRISTLE
 久しぶりに聴いてみたくなって、買いました。やっぱり良いです。落ち着いて何かをしたい時に、BGM的に流したりします。あと、寝る時とか。

・BUENA VISTA SOCIAL CLUB
すいません、ミーハーで。ご多分に漏れず、映画を見終わった後、その流れのまま速攻で、山積みされているなかから買ってしまいました(すぐに影響されちゃうんだから)。でも、買ってみたのはいいけれど、ほとんど聴いてないです。すいません。(でも、いつかは聴くかも?)。あと、全然関係ないですけど、ライ・クーダーと村上龍ってお友達なのかしら?




2000/2/24(thu)
前回の続き(あなたはWin派?それともMac派?)。
前回、近くにパソコンを持っている人がいない方に対して、Win系とMacのどちらを薦めるか、というところで私の最後の葛藤が始まると書きました。 その一番の原因は、やはりかなりの割合でWin系を使っている人が多い(Win系の方が多数派)ということです。多数派であれば、ちょっと困った時にその手の話ができる人に出会える確率も高い訳ですし、更にマニュアル類の豊富さ、メーカーサポートの充実度、等々をとってみても多数派の方が有利だと思うのです。

あと、アプリケーション・ソフトの豊富さや周辺機器の拡張性などについても、多数派の方が一般的に有利だとは思うのですが、その辺については、話を初心者に限定するならば、あまり問題にならないように思います(なぜなら、だいたい初心者が最初に使うものは決まっていますし、いきなりそんな所に手を出せるとも思えませんので。逆に初めから、ある特定のプラットフォームでしか動かないようなものを使いたいのであれば、結論は既にでています)。
ですから、そういう面から見れば、初心者がパソコンを買うのであれば、Win系の方がいいと思うのです。
だけど、前回にも書いたように、操作性や分かり易さ(簡便性)(あと極私的な意見を言わせてもらうと親しみ易さなどもあるような(?))、などから考えると、どちらかと言えばMacの方を私としてはよりお薦めしたいのです。
 要するに、純粋に機能的な部分ではMac、だけどサポート的な面から言うとWin系(別にマイクロソフト自体のサポートが云々という話ではありませんよ)の方が、初心者にとっては良いんじゃないかという結論に至るわけです。
 では最終的に私の意見として、初心者にはWin系とMacのどちらを薦めるのかといいますと、私としては断腸の思い(?)で泣く々々Win系を薦めることにしています。
それは、単純に機能性よりもサポート性を重視しているという訳ではなく、どちらかいえば、Win系とMacについて、それぞれの機能性およびサポート性を比較した場合、機能性の方がサポート性の方に比べて、よりその差が小さいように思えるからです。
つまり、例えば、機能性についてのWin系とMacとの差が5ポイントぐらいだったとすると、サポート性についてはそれよりももっと大きく10ポイントぐらいの差があるのではないかと思うのです(これはあくまでも感覚的に考えただけで、いちいち機能比較をしたわけではありませんので)。

あと、全然関係ないんですけど、パソコンをもっていない人が想像するパソコンというのは、どうもWin系なんじゃないかという気もしますし。う〜ん、そうも言い切れないか。どっちかというと、Macの方が印象は強いかも。
 ということで、何はともあれ、結局、私は初心者にWin系を薦めることになるのですが、それは決して私がマイクロソフトのまわし者ということではありませんので。誤解なきよう。

というよりも逆に私は「マイクロソフトが嫌い!」です(ビル・ゲイツさんについては、別に好きでも嫌いでもない)。だから私自身できる限りマイクロソフトの製品は買わないようにしてはいるのですが、現実はそうもいかないんですよねぇ。少なくとも表計算ソフトについては、Win系とMacの両OSを使っている身としては、Excel以外考えられないですし(ちなみにWin系はあくまでも仕事用)。
以上、今までいろいろと好き放題に生意気な事を書いてきましたが、これはあくまでも私自身の個人的な意見ですので、誤解なさらないように。それに、恐らく皆さんそれぞれにいろんな意見をお持ちのことと思います(とくにデザイン関係やDTMとかをメインになさっている方々など)。ですから、私の戯言なんぞに惑わされないよう(そんな事はないと思いますが)、よろしくお願い致します。それでは、また。




2000/2/21(mon)
今日は、先日plan-dさんが話題にしていた「あなたはWin派?それともMac派?」の話題に関連して一つ。
私も職業柄たまに知り合いなどから「最近、パソコンを買いたいんだけど、どれが いいの?」的な質問を受けたりします。おそらくここに来ていらっしゃる方々にして も、多かれ少なかれそんな経験はおありなんじゃないでしょうか。だけど、それに答える私にとって、これほど困る質問はないんです。だって、一口にパソコンと言った って、最初の質問にもあるようにそのOSには大別してWin系とMac系があって (あとLinux系とか他にも幾つかありますけど、それはいくらなんでもね)、まずはその内どれに決めるかによって、へたするとその人のパソコン人生が決まってし まったりするんですから。

もし、私が薦めたパソコンがその人に合わなかったりすると、その人は一生「私に はパソコンは向いてない」なんて思い込んでしまうことにもなりかねないし。まあ、 実際、それはそれでしょうがないんですけどね。でも、「自分が薦めたおかげで」と いったような責任感(?)みたいなものも少しは感じてしまうわけで。

 そもそも、私が本当に初心者に薦めたいのはMacなわけです。Macだとソフト のインストールだとか、周辺機器との接続/ドライバのインストールとかがWind ows系に比べて比較的簡単だったり、操作とかもより視覚的にわかり易かったりと かして、あまりコンピュータの知識がなくても、ある程度使いこなるような気がする のです(まあ、恐らくその人自身の慣れとかもあるでしょうが)。

ところが、悲しいことにそのMac人口自体が少ないために、初心者がMacを購 入したところで、その人の側にMacの知識を持っている人がいなかったりするた め、わからない所があったとしてもそれが解決されず、結局は中途半端な状態のまま パソコンから疎遠になってしまう、ということにもなりかねないのです。それは薦め た当人にしてみても、少し悲しすぎる結末です。

というわけで、私が知り合いにパソコン購入の相談をうけた場合は、まず最初に 「近くにパソコンを教えてくれる人がいるか」ということを聞いて、もし幸運にもそ ういう人がいた場合は、その人と同じOSが使えるパソコンのなかから、比較的安価 で良さそうと思えるものを薦める(というか、提案してみる)ことにしています。あと、パソコンで何がやりたいか等も一応聞いてみますけど、だいたい「何も決まって なくて、「とりあえずパソコンを触ってみたい」派、「インターネットをやってみた い」派、あと「家計簿とかお店の売上げとかの勘定系を管理したい」派に分かれま す。それぐらいだったら、結構安価なものでも充分用が足ります。

ちょっと困るのが 「今はそうだけど、ゆくゆくはDTP/DTMもやってみたい」という人達で(結構 いたりする)、そんな人達にはまず最初に「パソコンとうのは巷でいわれている程、 そんなに万能というわけではない」し、「そういうことをするためには結構知識やお 金が必要だったりしますよ」といったようなことを話した上で、「もし本当にそれが やりたいのだったら」という条件付きでそれなりのスペックのものを教えてあげたり するようにしています。

 あと、近くにパソコンを持っている人がいない人に対しては、「自分でマニュアル を買ってでも勉強する気があるか」ということと「今まで機械に対して強い方だった か」等を聞いてみます。それから私事になりますが「自分はこの人のフォローをちゃ んとできるか」等も重要な決めてとなります。それはもしかしたら、私自らが今後そ の人のフォローをしていかなくてはならない事にもなりかねませんので。少なくとも 私自身、こういう関係の仕事でメシを食っているのですから、そうそうボランティア もできません。そして、最終的には、Macを薦めます。と言いたいところなんですけど、ここから最後の葛藤が始まるのです。

 なぁ〜んて、かなりエラそうなことを書いておりますが、私自身、そう言いながら も「結局は、何でもいいんだよ。要は本人のやる気次第」なんてことを心の内では思っていたりするわけで。ということで、今回は少し長くなってしまいましたので、と りあえずこの辺で。続きはまた今度。




2000/2/16(wed)
最近、悩んでいることが一つ。
それは、椎名林檎さんです。そう、椎名林檎さんのCDを買おうかどうしようか悩んでいるのです。「何を今更」 とお思いの方も多々いらっしゃるとは思いますが、いつもラジオや有線なんかで彼女 の曲を聴く度に、「よし、今度買ってこよう」と思い、いざそういう状況になってみ ると「やっぱりなあ〜」といって躊躇してしまい、その結果、いつまでも悩んでいる という状態なんです。

まあ、その理由はぃたって簡単で、それはつまり、もし仮に椎名林檎さんのCDを 買ったとしても(声を大にして)「絶対に聴かない!」という思いがあるから。
私の経験上、今までにも過去に何度か、そのような流行歌をつい流されて買ってし まったことはありましたが、それらはどれもこれも全て同じように、ほんの1〜2回 聴いただけで(少なくとも封は開ける)、いつの間にか闇の彼方へと消えてしまった のです。

そのような事実からすると、今回の椎名林檎さんについても同様の運命を辿 るのは、もう思いっきり明らかです。
 とは言っても、やっぱりものすごく気になります。だいたい「本能」の歌詞自体 「もっとぉなぁかまぁではいってぇ〜、あたしのしょうどうを、つきうごかぁしてよ ぉ〜」(もっと内まで入って私の衝動を突き動かしてよ)、なんて凄いですよね。受 け身なのにむちゃくちゃ命令口調。「だいたい人に命令する前に、まずは自分から努 力しろっ!」「まずはお前が入ってこい!」(←???意味不明)なぁ〜んて思って しまうのは私だけ?でしょうね。...・BR>
でも、実際にそんなこと言われたら「すい ません。もっとがんばります」っていう風になってしまいそうな気がするのも私だ け?かな。きっとそんなことも含めて(声とか曲とかね。あと、正直に告白します と、実はあの看護婦姿を一目見ただけで完全に思考回路が停止しました(メルトダウ ンです))、椎名林檎さんが気になるのかもしれませんね。
 というわけで、ここしばらくはきっと椎名林檎さんに悩まされる日々が続きそうで す。「そんな悩むぐらいならさっさと買ってしまいなさい」なんて声もどこからか聞 こえてきそうですが、でも、だいたい、それを買ったとしても一体いつ聴くんだ?。
家のなかで真面目に「椎名林檎の歌声に耳を傾ける私」ということ自体が想像できな い(否、したくない)。SEE YOU!




2000/2/12(sat)
先日、細野晴臣氏のラジオ番組に、坂本龍一氏が2週に渡って出演されているのを聴きました。
まあ、その内容 については、どれをとってもとてもおもしろいものだったのですが、そのなかでも特 に面白かったのが、二人の間では去年になってやっと初めてまともな会話がなされ た、という事実が発覚(?)したことです。
実は去年の暮れにも坂本氏のピアノ・コ ンサートでそれらしき発言はあったのですが、どうも今までは坂本氏が細野氏に対し て、ちょっとつっかかるような態度をとっていたようで(少なくとも細野氏はそう感 じていたようです)、そのため二人の間では、ほとんどまともな会話がなかったそう です。
それは、何も細野氏だけに限った話しではなく、年上の人に対して、坂本氏に は割とそういう傾向があったということでした(細野氏談)。

まあ別に二人の仲がど うであろうと私に関係ないことなんですけどね。ただ、そうなると、もうひとりのメ ンバーである高橋幸宏氏の存在が、名実共に「太鼓持ちだったvというもう一つの事 実に気がついたものですから。それがなんだかおかしくて。

 それにしても、そんな二人に囲まれていたせいで、結局、幸宏氏の髪の毛が犠牲に なった。・・・。
いや、失礼しました。そんな、人を傷つけるようなことを言っては いけないすね。でも坂本氏だって以前、幸宏氏に対して「幸宏、最近ここらへんが・ ・・」と言っては、自分の髪の毛を得意そうにかきあげてましたよ(だから何だ)。 (実は私だってだんだん人の事は言えなくなってきているんですけど)。
まあ、何は ともあれそんなことより、幸宏氏ももちろんそうですが、加藤和彦氏も最近の写真と か見たら、逆境にもめげずロン毛&茶髪(?)にしていて、あいかわらずとてもお洒 落でした。普通なら絶対にいやらしくなってしまうんですけどねぇ。

そういえば山本 耀司氏だってその系(その系って、どういう系なんだ?)ですよね。やっぱり、あそ こらへんの人達になると、常人では到底まねできないような、きっとものすごいもの を持っているんでしょうね。私もとりあえずそんな方々を目指してがんばります(← 勘違いするなよ!)。

ということで、また。SEE YOU!




2000/2/7(mon)
皆さん、どうも初めまして。
今日から、理由あってこのホームページに、東京特派員(?)として不定期的に物を 書かせて頂くことになりました。まあ、一介の会社勤めの人間に何が書けるのかわか りませんが、とりあえずよろしくお願いします。
■さて、とは言ったものの一体何を書いたらよいのかしら。最近は、世事にもとんと 疎くなってしまったし、地の利を活かして東京〜沖縄間の違いなど書いたって、自分 なんぞの能力ではたかが知れているし・・・。
それに、ここにいらっしゃっている方 々って結構おしゃれとかにもうるさそうだし。それに、それに、ブツブツ・・・
。はてはて(?はてさて(?))、困ってしまいましたね。・・・。
 
■あっ、そういえば、皆さん最近何かハマッテイルものとかあります?(我ながら強 引な転回)例えば、女の子だったらどこそこのケーキだとかビジュアル系のバンドだ とか、男の子だったらあるメーカーのタイヤ(?)だとか、飲み屋のおねーちゃんだ とか(何だか女と男の例えがえらく・・・)。
自分にもあるんですよ。今ものすごく ハマッテイルものが。それはですねぇ、(ジャーン!)「かりんとう」なんです。 「か・り・ん・と・う」。そう、あのお菓子の「かりんとう」です。
どう?びっくり した?(←何が?)。
実は(という程でのことでもないが)、「かりんとう」には白 いやつと黒いやつがあって、自分のお気に入りはもっぱら白いほうなんですが、それ があまりお店で売ってないんですよ。
残念なことに。そこで、急にどうしても「かり んとう」が食べたくなった時(←そんなことがあるのかい)は、仕方なく近くのコン ビニで黒いほうを買ってしまうんですが、黒いほうはなぜ黒いかというと、それが 「黒糖」で出来ているからなんですねぇ〜。

そうです、「黒糖」と言えば、「お・き ・な・わ」ですよねぇ〜。あのサトウキビからできた黒い砂糖。「黒糖」です。とい うことで、黒い「かりんとう」を食べるだびに、故里「沖縄」をちょっとだけ思い出 す自分でした。
う〜ん。しょっぱなから凄いこじつけ。
それでは、またいつの日か。SEE YOU!