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東京のど真ん中で暮らしながら、世界中を旅するLUNAさん。 彼女の詩的LOVEワールドにひかれコラムをお願いしました。
PROFILE
NAME :LUNA
年 齢:28歳
血液型:O型
星 座:水瓶座
出身地:東京
好きなもの:コーヒー、酒、月と星、炎、スタートレックボイジャーのセブン、果てしないもの 
嫌いなもの:機械、にょきにょき歩く虫、レバー、算数
好きな場所:水のそば、横浜
趣 味:スノボー、旅、料理、カメラ


御感想はLUNAまで
2000年10月〜2001年12月まではこちら

 東京テイスト 【LOVE THE LIFE 】
2002/9/24/TUE
[Justice]
9・11
どこのチャンネルもNYからの中継だった
みんなが悲しみに打ちひしがれた顔で
思いを語っていた

ブッシュは「今だ」とばかりに
敵国を挑発し
全世界の同情を集めていた
気に入らない

多国民族国家で
歴史のないアメリカだから
何か 
わかりやすく大きな目標がないと
一致団結しづらいのだとは思うが
今 しなればいけないのは
戦い争うことではなく
もっと根本的な原因の追求なのではないか?
なぜこうなったのか?

あの場所を
「グラウンド・ゼロ」と呼ぶなら
広島をなんと呼ぶ?

あの何千倍の死と破壊をもたらした
原爆を落としたアメリカが
今 傷心している・・・
確かに悲しいことで
あってはならないことだが
私にはとても滑稽に見えた

その夜 たまたま見た番組で
私と同じことを訴えている
ひとりのアメリカ人女性を見た
彼女は「戦争反対」を訴えていた
そしてどうしてそうなったのか
原因の追求を

それは
戦争ムードの世間にバッシングされ
裁判になり 彼女は負けた
公訴すると言っていた

いつの時代にも絶えない争い
矛盾だらけの 
混沌とした世の中
『?」マークを残したまま
電源を切った




2002/9/9/MON
[あらすか]
幼稚園への通園路に
白い穴ぐらのようなお店がある
小さいながら
ものすごく気になっていたけど
飲み屋さんみたいだから
まだ入れないことだけはわかっていた

小学生になっても
塾への通学路
チャリンコで通るたびに立ち止まっては
入り口の
古めかしいステンドグラスを眺めていた

その憧れの店に
ついに行った

そこは有名な老舗のBarだった
80を超えても現役で
シェイカーを振るマスターが
壁にかかった写真を指差しながら
おもむろに
こんな話をしてくれた

ぼくがまだ20そこそこの頃ね
あの船に乗ってたんだ
横浜からサンフランシスコ行きの客船でね
どうしてもそこで働きたくて
初めは食堂の皿洗いから入ったんだよ
でも長い航海の間に
少しずつカクテルの作り方を覚えてね
それで今 この仕事をしてるんだ

でもある日
いつものようにシスコを出発して間もなくね
そうだな40分くらいしか
たっていなかったっけな
ドスンッと すごい衝撃があってね
みるみるうちに船が傾き始めたんだよ
魚雷だったんだな

沈むまであっという間で
多くの同僚たちが海に落ちて
スクリューに巻き込まれたよ
ぼくは
最後に沈んだ船体の大波に乗って
かろうじて助かった
それから5日間 
板切れにつかまって浮いてたんだ

3日もたつと 体の皮膚がふやけてきて
それを魚がつついて食べるんだな
だから今でも体中にその痕が残ってる
しばらくは
足元に広がる黒いオイルのおかげで
サメに襲われることもなかったんだけど
だんだんと外側からオイルが引いて来て
そこに浮いてる人が
サメに襲われるのを見たよ
辛かったな・・・

で もうダメかと思ったときに
シスコから救助隊が来たんだ
だからね
ぼくは「タイタニック」を
ラブロマンスとして見れないんだよね・・・

と苦笑いするマスターの顔のしわが
ほの暗い照明で
よけいに深く見えた

その夜私は
ベースを変えた3杯のマティー二で乾杯した

ゴードンは叶った私の小さな夢に
タンカレーは 素晴らしき人生に
そして
ボンベイサファイアは
彼のこの船 ”あらすか”に・・・




2002/8/9/FRI
[analogue hearts]
PC相手の仕事を長くしていたにも関わらず
わたしはコンピュータがきらいだ
でも キーボードをたたくのが
ピアノに似ていて好きなので
こうしてコラムを書いている

インターネットもあまりやらないし
知らない人とdigital波で話すのも大きらい

デザイナーの友人とよく話す
例えば
「グラスホッパー」と「千と千尋」
「コンピュータゲーム」と「100円のガチャガチャ」
「CD」と「レコード」

どんなに速くて
どんなに珍しくても
前者には「影」がない
痕跡を残さずに 
いつのまにか姿を消し
また新しい姿で登場する
今流行りとされている
全てのものは こんなghostだから
すぐに忘れられてしまう

毎週月曜の夜にやっている
「私立探偵 濱マイク」も確かに面白い
”工藤ちゃん”を彷佛とさせる
ガリガリで こてこてな映像はたまらないが
「飾り物」や「まがいもの」が多すぎて
エンターテイメント化しているので
ハリウッド映画と同じで心に残らない

その点 宮崎映画は
目の前にあって 手で触れられるものを
血液の生温かさを残したまま描いている
映像の隅々にまで「手抜き」がなく
余計な「飾り」もない
光 風 温度 匂い 
本能が決して忘れない感覚だから
きっと染み込んでゆくのだろう

ひとたびは ghostと踊るのも楽しいが
だんだんと息が苦しくなって
もっと
温もりのあるものが欲しくなる

時代を超えても残るもの
最後はそこに戻るのだ




2002/5/20/MON
[Victory of the soul]
隣に住んでいる大家さんのお誘いで
地元の「とある会」に顔を出した
会場には20〜40代の
スーツ男性が50人くらい
まず始めに国歌を歌い
つづいて会の歌
そのあとで
規則をひとつずつ皆で読み上げる
先代からのやり方をそのまま
受け継ついでいるのであろうが
まるで軍隊だ

この日の講義は「ITとは?」
しかるべき大学の先生が来て
終始同じトーンで1時間話し
その後の2時間は
延々と委員会報告で終わった
”やばいところに来てしまった”と引きつつも
異様な空気のルツボに久々エキサイトした

好奇心爛々で観察してみると
どう見てもどのおじさんも
会社で活躍してそうもない
パッとしないタイプばかり
でもこの会では「先輩」と呼ばれ一目置かれている

この取り残されたような世界について考えた
まずこれは
とても健全な集まりではあると思う

日本人は集団で規則を作り
自らをそれに縛りつけるのが好きなのだ
群集の中で自己の存在位置を確認し
心の安定を得るのである
それは一種宗教にもよく似ている
とくに男性は
存在証明の為だけに
生きているような生き物だから・・・

もっと追求すると
こうした深層心理の奥には
歴史背景があるのだと思う

敗戦で全てを破壊された絶望から
必死で立ち上がり
強靭な精神と忍耐で
今日の経済の基盤を造った力の影には
それを支えるだけの
そうとうな心の安定が必要だったと思う

地獄絵を忘れる為には
一日でも早くそこを抜け出し
皆で力を合わせて
ひたすら前進するしかなかったのだ
心に灯る唯一の
小さな希望の灯を信じて

そんな悲しい歴史の傷跡を
見事に「技」と変えた精神は
made in Chinaにおされ
年々減りつつある町工場にも残っている
日本人の物作りの才能は素晴らしい

世代が変わり
どっぷり平和に麻痺していると
こんなこと考えもしないだろうが
浮遊霊のような若者たちに言いたい
”日本人で有ることにもっと誇りを持て”と




2002/5/13/MON
[Chaos]
「原初にできた裂け目」の意
天地創造以前の世界の状態 
混沌転じて 大混乱

せわしない雑踏や
沸々と煮えくり返った
ストレスのマグマともよく似た
core energy ー

春は胸騒ぎがして困る
脳に支配されている
知的生命体である以前に
わたしの細胞は
原始の記憶のまま暴れまくる

赤く切り立つ岸壁から
果てのない星々の彼方へ遠吠えし

なにかに導かれるように
気流に乗って大陸を渡り

この惑星の鼓動が聞こえる所まで
深く深く潜ってゆきたくなる

春が来る度
暗がりで忘れられた
蜘蛛の巣だらけの映写機が
ガラガラと回り始め
繰り返し写し出す
46億年前のビジョン

原初の裂け目ができた日も
さかのぼっていくと
この周期の始まりだったのかもしれない

どんなに時代がうつろっても
忘れることのないよう
刻み込まれた遺伝子の記憶

おごり昂った人類への
警告の入れ墨




2002/4/17/WED
[domestication]
姪の小学校ライフが始まった
登校3日めから憧れの給食も始まった
けれどもうすでに
行きたくないモードに入っている
6歳なりに
先生の言うことに疑問を感じているらしい

母親である妹が言うには
いきなりのガンジガラメビームで
「男の子は自分のことをオレと言ってはいけません」
「上履き入れはお弁当を入れてたような巾着じゃダメです!」
「給食のパンはちぎって食べましょう」等々・・・

そんなこたあ〜余計なお世話だ!!と言いたくなる
今どきの小学校がこんなことになっているとは
わたしたちの母校でもあるので
二重のショックである

バブル崩壊後 大人たちの
<会社に忠誠を尽くす>
<仕事が命>的思想はもろく崩れ去り
今や 
第三世代の間では
フリーター化が進み
枠にとらわれない自由な生き方が
指示されつつあるというのに
なに?
それとは非対照的なこの教育は?
どうして「今」??
と問いたくなる

そういえば2児の父親である友人が
こんなことをこぼしていた
近頃の親は子供のケンカにも口を出すし
子供の集まりにも必ずついて行く
そんなバカ集団に入れるかと
欠席すると
「あなたは子供がかわいくないんですか?」
と真顔で言われるそうである

わたしも卒園した
幼稚園の園長じじいが(彼のニックネーム)
インターナショナルの方が絶対にいいよと
断言していたわけを
今しみじみと実感している
ということで今
インターナショナルをリサーチしているところだ

このところよく耳にする
「幼児虐待」のニュースも
こんなところから起因しているのだろうか
ここ数年でぐっと増えた気がする
これは単に 増えているのか?
それとも 隠ぺいされていただけで
元々これくらいは有ったのか?

前者ではないことを祈りたいが
可能性と希望に
満ちあふれた息吹きにビニールをかけ
飛び出した新芽は摘み取るハウス栽培に
疑問を持たずにはいられない
人と人との関係が希薄な
大都会の先生方が
子供を怖がるのも無理ないが




2002/4/1/MON
[URF ーunidentified raise fieldー]
ただなんとなく
日々の課題をこなし過ごしていた頃
自分に自信もなく
何がしたいのかもわからなかった
でも
このまま歳だけとってゆくのは嫌だったし
身体の底では昼夜を問わず
ピンクのドラゴンが
ものすごい炎を吹き出していたから
どこかでそれを放たなければ
いつか自分が焼かれてしまうとわかっていた

ひととおり 
いわゆる「一般的社会の業」をなし終え
「一般的人間関係の難しさ」も経験して
もうそろそろいい頃かなと
差し障りのない安定の鎧を
ガバッと脱いだ

そこから
小さい頃から思い描いていたような
毛並みの人達との出会いが始まった
不思議だけれど
自分で望まなくても
自然とexcitingなステージへと導かれていった

何度制覇しても
形を変えてはやってくる波に
またパドリングから何度も挑んだ
そうとうな自己中を貫きながら

どうしても自分流に噛み砕かないと
「?」のままで妥協するのは嫌なのだ

思い通りに生きることは 
すごく勇気がいるし 
痛いことの方が多かった
わがままに生きてる分不安定だから
あちこちでつまづくし
人をけむに巻くこともある
だけど
そんなときに道しるべとなったのは
新たなstageで出逢った人々だった 

道が険しいほど
”経験”
という武器で手に入れた獲物が
血となり肉となってゆくことに
快感にも似た幸せを感じる
それはいくつになっても変わらない

偶然のように見える出逢いも
実はオーラが放つ磁力が
引き寄せてるのかもしれない
ほら この街でも・・・

冷たい雨粒の間を縫って
触手を伸ばしてきたcurious waveに
つかまったのは
その3分後だった

-下北・スタバにて-




2002/3/28/THE
[3月27日]
待ちかねたように 
いっせいに開花した桜が
花冷えの 
ここ数日の気温にとまどっている
この季節 必ず吹く強風と雨
そろそろ葉桜になって来た

仕事の帰り道 
近くのお墓の大きな桜が雨に濡れて
いつもは目立たない幹が
漆黒の美しさを放っていた

淡い花びらとは対照的な
強い黒
それは無敵の生命力を
主張しているかのようだった

雨に濡れたその姿は
なぜかとてもnudityで
白いシャツを1枚だけまとった女性に
水をかけたような艶かしさがあった

光に照らされれば 
はじらうような微笑みを

風に吹かれれば 
瞼を閉じじっと身を任せ

雨に濡れれば 
妖艶な瞳で見つめ返す

そんな情緒をかもしだす
この花を
こんなふうに
愛でることのできる
日本に生まれたことを
毎年うれしく思う

2002年 春 ー 東京より




2002/3/25/MON
[In the Deep Blue]
彼方で光る稲妻
南の海からやって来る
なまぬるい大気

こぼれ落ちる
鈍い痛み
すくいきれず
この指先から

息もできないほど
深く深く
落ちてゆく
あなたとわたし

音のない
瑠璃色の海底で
こちらを向いた
ふたつのルビー

わたしたち
どこまで行くの・・・?

まとわりつく水のヴェールと
あなたの温もり

この瞼から
たとえ光を奪われても
あなたとこのまま
漂っていたいの
だから・・

もっと沈めて 
わたしを
二度とは戻れないところまで




2002/3/18/MON
[Homing instinct ー回帰本能]
青々とした牧草も少なくなって
冬の吐息がそろそろと
降りてこようとする頃
家をたたんで
暖かい土地へと移動する遊牧民

そんな生き方に憧れて
生きて来たわけではないけれど
いつしか同じような人生を歩んでいる

ただ「トランスの境地」を求めて
さまようヒッピーとは違う
その土地の土を踏み締めながら
生きる生き方が好きだ

ウイグル自治区へロケへ行った友人に聞いた
”撮影の度にお金を渡すの?” と
答えは「NO」だった
お金は渡さない
タバコや時計
生活用品などを「お土産」という形で渡すそうだ

度重なる外国人の来訪で
彼等のタバコは既にマルボロになっている
けれど
カメラを回すと急いでそれを隠して
伝統タバコに火をつける
なんだかとても切ない話・・・

彼等の視線からこちらを見てみた
どんなふうに映っているのだろう?
多分この都会の喧噪は
テレビの映像のようで
「ああ またあちら側から人が来た」と
自分たちのスタンスを
したたかに守りながら思うのだろうな

「金」や「争い」に惑わされない
気高さと力強さは 
きっと
自然とともに生きるものだけに
授けされた魂だ 

悠久の時の流れは
太古の昔から
ずっと同じ速度で流れているのに
文明を手にしてから私達は
その何倍もの速さで
生き急いでいる

この 
宇宙が 
地球が 
自然が刻む「時」の速さに
歩調を会わせて歩むこと
誰に教えられたわけではなく
私達はゆっくりと
再びそこへ戻るのだ
母なる大地のふところに




2002/3/7/THU
[Phenomenon 1]
中学校の期末テストのとき
テスト勉強してると見せかけて
部屋に鍵をかけてマンガを読んでいた
となりの部屋からは 
妹が見てる「サザエさん」が聞こえていた

トントントントンと 階段をかけあがる音
そして
ドンドン!とノック
ノブを回すけれど開かないから
ガチャガチャガチャっと激しく回されて
ノブカバーの鈴が鳴った

「ママ〜??ちょっと待って〜!」
私の声と同時に 向こうの部屋からも
妹の「ママ〜?」という声が聞こえた
焦ってマンガをなおし
走ってドアを開けると
誰もいなかった

「う・・・・」

なんとも言えない空気がそこにはあって
裏のおじいちゃんだとわかった
亡くなったのだ

妹を呼んで 階段の上でお祈りをしてから
下へ降りて行って
今あったことを親に話したけれど
なんにも聞こえなかったし
全然信じてもらえなかった


[Phenomenon 2]
当時 うちの近くにゲームセンターがあった
わたしはゲームはしないけれど
よくおもてで会う男の子がいた
Sくんだった
何度か話しているうち手紙を何通かもらって
デートを申し込まれた
けどわたしには片思いの人がいたから
ずっと断っていた

そんな冬のある午後
やっぱり期末テストの勉強をしてたとき
部屋の電気がグラグラゆれるほどの地震があった
”ひゃあ〜っ!”と下へ降りていって
「地震!地震〜!今のすごくなかった?」と親に言ったら
「へ?揺れてたあ?」と返された

わたしの部屋だけが揺れたの?
またなんだか嫌な予感がした

そして翌朝
学校へ行く30分前に電話が鳴った
かけてきたのは知らない人で
Sくんが急に亡くなったので
彼の手帳をみて電話をかけまくっていると言った

(信じられない だって彼まだ大学生・・)

Sくんは九州の人だから
もう明日には火葬場へ行って
ご両親と一緒に九州に帰ってしまうので
会うなら今日しかないと言われた

学校を休んでかけつけた
言葉を交わすことのできなくなった彼に
1度もデートしなかったことと
気持ちに答えられなかったことを謝った
心臓がドクドクいった

こんなにショックなことがあったのに
電車はいつもと同じように来て
学校はいつもと同じように始まる
いつものときが 
ただ淡々と流れている
なんて非情なのだろうと思った
そして「死」は
つねに隣にあるのだと実感した

裏のおじいちゃんの1年後の話




2002/3/5/TUE
[Endless-ある春の別れ-]
あれから どれくらいたったの?
あなたは どこにいるの?
日本にいるの?

好きで好きで
どうしようもなく好きで
まっさかさまに落とされても
気がつかないくらい麻痺してた

どうしてあんなに好きだったんだろう?
風みたいで
決して
誰のものにもならなかったから・・・かな?
そう わたし
「果てしないもの」に弱いから(笑)

多分 彼自身も
自分がどこにあるのか わからなかったんだ
多分 一生かけて
それを見つけだすのが 彼の人生のような気がする
それってすごい素敵
その気持ちすごいよくわかる

生活の匂いのしない
完全に割り切った恋
わたしにとっては
でないと 一緒にはいられなかった

空へはばたく翼を切り落とし
この地上に 彼を縛り付けるのは
息の根を止めるに等しい行為だから
なのに 
最後に振ったのは わたしの方だった

だって
好きだったから
死ぬほど好きだったから

大きな手にひかれて
連れて行ってもらった場所
二度と開けることのない扉の向こうで
今も
わたしのリバイバルが
モノクロームで回っている




2002/3/4/MON
[" Have a Great Journey ! "]
春ですねえ
姪も今月 幼稚園から旅立ちます
ハーフの彼女は4月から 
わたしと妹が通った小学校で発芽します
説明会のときすでに
”あ〜ガイジンだあ〜!ガイジ〜ン!ガイジ〜ン!”
とチャカされて帰って来ました

お弁当を落とされても
やりかえせない性格だから
イジメられるかもしれないけど
それも彼女の人生だと
あえてインターナショナルには入れません
心配だけど 
自分の力でがんばらなくちゃね

わたしががたどってきた道を
彼女はこれからたどります
真っさらな彼女のキャンバスに
さまざまな色が入ってゆくのです

しばらくは
ただ 入ってくるものを
そのまま幾重にも重ねて
たまに入って来たスゴイのに
躊躇や傷心を繰り返したりして

でもそのうちに
少しずつ「整理」することを覚えて
いくつかの「卒業」を超えるたび
衝撃にも免疫ができて
16になる頃には たぶん
自分の色をブレンドし出すんだろうな

学校を卒業しても 
難問はたくさんあるんだよね
ひとつ歳をとるたびに
また人生の奥深さに気が付いて
知らなかったこと
知りたいことがどんどん増えるから
わたしはいつまでたっても卒業できないな




2002/2/25/MON
[to be continued...]
"今まで 何回くらい引越した?"
今のパートナーと
暮らしはじめたときに交わした会話
ふたりとも 10回以上は引越していた
そう ふたり合わせて恐らくは
1千万くらいの引越貧乏だ
やどかりのごとく
わたしは東京中を点々と
彼は世界中を点々と

デザイナーである彼の感性が
わたしの未知な部分を刺激して
今メキメキと芽ぶいて来ている

初めてこだわって買った
北欧の 真っ赤な椅子と
ガラスのダイニングテーブル

オフィスに使っている部屋には
赤十字みたいな
真っ赤なクロスの照明をつるした

年越しそばをふたりで食べて
静かな年越しを この部屋で迎えながら
"やっと落ち着いたね..."と
しみじみ笑い合っていたのだが
2週間ほど前のこと

"ルナ ニュージーランド行く?"

" ・・・What??・・なんでNZ??? "

問題はふたつのメールだった
ひとつはイタリア人の友達から
彼とは 去年放映された
S社の100%CG映画をハワイで作った
もうひとつは 某CG製作会社から
どちらもニュージーランドからだった

"今「ロードオブザリング」の第二部を作ってるんだけど
 二部は10月頃に終わるんだ。
 そのあとにまた1年間 今度は三部を作るんだけど、
 こっちに来て一緒にやらない?
 ボスにも君のこと話したんだけど・・・。"

(はあ〜・・・・ また引越かあっ?)

"多分1年くらいだと思うけど どう?"
 
"条件がよければ 行ってもいいけど・・・"

今のところ まだ返事はしていない
どうやらわたしたちの人生は
やはり 旅をするさだめらしい
わたしのロードムービーは
どこまで続くのやら・・・




2002/2/21/THU
[Evolution ・青春編]
「広く浅く」より「深く狭く」タイプのわたしは
群れるのが嫌で 
いつもふたり あるいはひとりでいた
ひとりでいるのに決まって悪口を言われた
女の子はどうして群れると 
悪口が好きになるのだろう?

「LUNAは目立つから すぐに白羽の矢が立つのよ。すごい損よねえ・・・」
これは親友の言葉 
同じセーラー服を着て43名が座っていても 
一目でわかるらしい

芸能話やゴシップに みんなが花を咲かせる中
木造の 立て開け式の窓辺で
わたしはひたすら 
刻々と変わる雲を見ながら 
果てのない宇宙や怪奇現象について考えていた

ある日の体育の時間 
跳び箱の順番を待っているとき 
突然ビジョンが浮かんで 
隣に座るミワに
「人間の足がもし3本あったら 
3本目は前に出して飛ぶのかな?それとも後ろかなあ?」
とつぶやいた

翌日から彼女は
なぜかわたしと 四六時中一緒に居るようになった
数年後の彼女の告白
「ずっとLUNAに興味があったの」
「でもあの体育の日に決定づけられたのよ!」
 
「・・・・」
なんと言っていいのやら・・・・

げた箱を開けると たまに入っていたラブレター
バレンタインにもらうマフラーやチョコレート
嫌われる反面モテた 女の心理はわからない

中1中2中3と 
3年間バレーボール 係りは体育係
(ちなみに体育の先生はオールドミスの 
学校いち恐い ユキセンだった 
そしてバレー部の顧問も同じこのユキセンだった)

3年間しごかれた後 
次に入ったのが生物部 2年間部長をした
(ちなみにこのときもまだ体育係で 
結局6年間 なぜか体育係りだった)

男の子でいたかったのに
女の園に入って 
否応無しに「女の作法」を刷り込まれ
わたしの脳と細胞は着実に女と化していった

高校1年の学園祭で 
うさぎのお腹からホルマリンに
ひとつひとつ臓器を入れていると
小学校で一緒だった
米屋のナガオが目の間にあらわれ
「お・・・お前LUNAか??女っっぽくなったなあ〜!!』と言った

ふいをつかれて 打たれた気分だった

からっぽになってゆく 
うさぎのお腹を見ながら ただ苦笑いを返したが 
焼却炉でうさぎを焼いて 
お祈りしたあとで
まじまじと自分の手を眺めてみた
細い血管 男みたいに太くない・・
その白くしなやかな骨の線に 
改めてショックを受けた
(その時点で「男の子」を断念した)

高校最後の1年はコーラス部だった
ただ 歌うことが好きだから 
ここでも1年部長をやった
憎まれ役の部長 わたしはいつもそんな役
そのあとの専門学校でも2年間学級委員だった

学生生活トータル8年を通して言われた言葉
「LUNAは変わってるからねえ〜・・」
いい意味でも 
悪い意味でも
わたしはうれしい
みんな同じじゃ つまらない




2002/2/18/MON
[ For Mr. president ]
さらばラバウルよ また来るまでは
しばし別れの 涙がにじむ
恋しなつかし あの山見れば
ヤシの葉影に 十字星

幼いわたしを抱きながら
じいじが毎日歌ってた歌
教えてもらったわけではないのに
覚えてしまった

満州事変でロシアの捕虜になったじいじ
ぽつぽつと話してくれた 
衝撃的な戦争の実話を
今になって 鮮烈に思い出す

「何日も汽車に乗せられてね・・
 よくやつらの晩飯の犬を 狩りに行ったもんだよ
 シチューにすると わりとうまいんだ」

「やつらの隊長が人の肉が好きでね
 死んだばかりのを串刺しにするんだよ
 ももの内側がいちばんうまいと言ってたな」

「ガスで膨れ上がった土の下から
 死体を掘り起こして 
 大きなたき火で焼いてる脇で
 飯を食わないといけないんだ ひどいもんだったよ・・・」

思わず口を覆いたくなるが 
全て実話なのだ

自分の身に置き換えて 
想像することすらできないほど平和で
戦争は今や 
映画やTVの中だけのものになっている

一緒になって歌っていた頃
全くわからなかった意味も
今ならわかる
どんなに帰りたかったか 苦しかったか・・・
「涙は見せるな」と教育された男たちが
何人 星の影で泣いたことだろう

彼らの築いた歴史の上に 私たちは生きている
いちばん辛い「とき」と共に
生きなくてはならなかった 
彼らのことを
争いが招く深い悲しみを
わたしたちは 忘れてはいけない

「今まで長いこと生きて来て 不思議な経験したことある?」
これが わたしがした 最後の質問となった

「やっと戦争が終わって 
 皆が2列に並んで森を歩いていたときだった
 頭の上2〜3mのところを 
 オレンジの光がふわふわと飛んでったんだ。」

「人魂じゃないの?」

「いや、人魂はもっと小さいんだよ
 洗面器くらいの大きさの丸いもので
 後ろの方にそのまま飛んでって すっと消えちまった
 みんなで さてなんだろう?と言い合ったよ
 忘れもしない終戦日だった」

ドキュメンタリー番組を製作していた 
当時の彼に 是非取材をさせてほしいと言われた
けれど結局 長いロケで伸び伸びになり
そのあとで わたしたちも別れてしまった
そしてその数年後 じいじは亡くなった
金や銀を遥かに超える 貴重な体験とともに・・・

もっともっと
じいじのような人たちから
生々しい体験を取材し 公開するべきだ
同じ過ちを繰り返す前に

異国の空の下で
悲しみや痛みとともに亡くなっていった
人々の死を 無駄にしてはならない




2002/2/16/SAT
[Evolution ・幼少編]
形は形成されたものの
エイコちゃんが居ないと
ようちえんに行けなかった
エイコちゃんがピアノを習うと わたしも習い
エイコちゃんが水泳を習うと わたしも習った
もちろん エイコちゃんがやめたら わたしもやめた

いつも 
すんごいイジワルをされて
泣かされてたし
気に入らないと
「エイコちゃんかえるっ!」と 
ヒステリックに出てゆく彼女に
そこまで依存していたわたしは
目を凝らすと 
中枢部まで丸見えの
薄い皮がドクドクと脈打ちながら動めく
ただの固まりだった

ちなみに 帰ろうとする彼女を引き止める手段を
わたしはよく知っていた
「えっ?エイコちゃんプリン食べるんでしょ?」と
冷蔵庫を開けると 彼女は必ず戻って来る

小学校に入ってもなお
髪の毛を引っ張られただけで泣いてしまう
ヨワっちい女の子だった
エイコちゃんは違うクラスに行ってしまった
担任の富岡町子先生に 母は
「ルナちゃんにはお友達がいません」と言われた

小学3年生になったとき
担任の先生が変わった
ジッタ(熱血)先生のおかげで
わたしの細胞分裂が始まった

自分の性がなんなのか 
まったく自覚がなかった

でも男の子でいたかった
髪をショートにし 
毎朝 ソフトボールの為の陣地とりをした
43人の中で紅3点の1点として サッカーもやった
そんなわたしを 
女子がポートボールの合間に 体育館の窓から
じい〜っっと睨みつけていたのを
今でもハッキリ覚えている
女の子にいじめられるタイプなのだ

よく 泣いて帰ったわたしに 
母はいつでも
「でもあなたは男の子と遊びたいんでしょう?」
「自分の思ったとおりになさい」と言ってくれた

卒業作文の最後に 
先生が赤ぺンで書いてくれた言葉
「ルナ 君はよく放課後ひとりで泣いていたね
 ボクが"大丈夫?"と聞くと 
 決まって君は"大丈夫!"と答えたね・・・」

彼は わたしを希望へと導いてくれた恩人だ
思い出すと涙が出る

そんなわたしがなぜか 
中学・高校はカトリックの女子高に入った
めちゃ厳しい 絵に書いたような「女の園」である


【Evolution・青春編】 へつづく〜




2002/2/9/SAT
[Melamcholy of Metropolis]
待ち合わせまでの間に 立ち寄ったカフェ
人の流れが見たくて 2階席に座っている

カップを置いて タバコに火をつけ 
ふと見あげると 
ピンクで大きく
" Dramatic Valentine's 2002 " の文字
 ・・・・ああ、もうすぐかあ
花曇りの 雪が散らつきそうな変な空
まるで横浜みたい

左に ライトアップされたWakoビル
シンデレラの時を刻むような この時計台の下で
○年前の2月14日午後7:00に待ち合わせした彼は
今どうしてるんだろう?

連日連夜通ってできた
たくさんの待ち合わせ場所が
あちこちにディスプレイされた
ハートのように散らばっている

ブランドのスーツに まだあかぬけない笑顔の彼が
満員電車と社会にもまれながら 少しずつ
都会人に変わってゆくのを 私はずっと見てきた

マンネリ化した日常
" 何のためにオレは働いてるんだろう?"
みんな 同じ疑問を抱きながら 
仕事し 恋をし 結婚し 
気がつくと背中にはローンと家族

全てが 
なにかが 
カチッと噛み合わない
決して噛み合うことがないから
「矛盾」や「憂鬱」という言葉があり
「切なさ」とか「曖昧さ」の中で
酔わされ 揺れるのだ 
たとえばこの街で・・・

目の前に見えている現実は
大きなスクリーンで
わたしたちは その上をただ 
【時】とともに通り過ぎるアクター

信号が青になり
大量生産されたデータのように
どっと流れ出す人の波
みな さまざまなドラマを抱え 
それぞれの道を進む
銀座四丁目交差点




2002/1/24/THU
[Beyond the universe]
たとえ そばに居られなくても
たとえ 言葉を交わせなくても
胸の中でつながっている人がいる

愛は
果てしなくその姿を変えながら 
霧のように広がってゆくもの
誰にも本質は見抜けない

現実の世界での役割を果たすことは
人が生きてゆく術
けれど
心の中に抱く愛は
自由に いつまでも 
卵のように大切に暖めてゆくことができる

「愛する」ってどういうこと?

未だに答えは出ていないけれど
いつも必ず感じることは
その想いには
とても強いパワーが宿っている ということ
男女の性を超越した強いパワーが

人はひとりでは生きてゆけない
木々の枝についた たくさんの葉のように
海水が空へ上って また雨雲に変わるように
全てが循環していて
人もたくさんつながれば つながるほど
より大きく広い世界に生きられる気がする 

愛は
恐らく人類が滅びても 
解明することができない
宇宙の神秘と似ている

予期せぬ内部爆発 
突然の隕石 そして膨張・・・

果てしない愛の海を
いつの日か ブラックホールに吸い込まれるまで
ひとは 自分を探し求めながら
漂い続けるのかもしれない




2002/1/21/MON
[Reflection]
「ずっと一緒にいようね」
「絶対きみを離さないよ」
「君さえいれば何もいらない」

・・・何度言われたことか・・・だけど、何度言われてもシビレてしまう
 イソギンチャクの毒にかかったように

麻酔と麻薬を混ぜた「恋」という毒
なにも見えなくなって
そのうちに 見飽きるはずの相手の顔だけが輝いて見える

その都度 女は薔薇の花を背負ったヒロインで
その都度 男は包容力の固まりのヒーローで
渡された新しい台本を読み合わせしているような緊張感が常にあって・・・

朝焼けに 夕焼けに
夏の花火に 心奪われるのは
どれも一瞬しか 同じ形を留めてはおかないから

陽は登り やがて沈む
それもたったの1日で
朝焼けの マグマのような紅に魅せられて
夕暮れの バイオレットの泡に溶かされる

なぜ人は映ろいゆくものに心魅かれるのだろう?
もしかしたらそれは
生まれてきた瞬間の喜びと
人生をまっとうする瞬間の快感に 似ているのかもしれない
それを本能で既に知っていて
そこに早く行きたいのかもしれない
なんて・・・

とりとめのないことを想う 今夜
低く浮かんだ三日月をライムがわりに
カイピリーニャでも飲もう




2002/1/8/TUE
[Live Life with yourself !]
ウィノナ・ライダーの「17歳のカルテ」を見た。
去年読んだ"パウロ・コエーリョ"の「ベロニカは死ぬことにした」と重なった。
テーマは「自己探求」

コエーリョはブラジルの作家でこの自己探求をテーマに何冊か書いている。
両作品とも、自殺願望(精神病)を軸とし対、
社会との中で生じる矛盾と葛藤を描いている。

"どこまでが正常で、どこからが異常なのか"
そのボーダーラインでもがく彼女達・・・。

昔から不眠症の私は、医者でスイミン薬をもらっていた。
(市販はされていないので)
"精神科"と書かれた部屋の前に座り、順番待ちをしていると
メディアを通して見ている精神病患者のような気がしてくるが
患者になるか否かは自分しだいだ。

「ちょっと疲れてるから、もうしばらく通おうかなぁ?」
なんて軽く思ったとしても
例えば、ご近所の誰それさんに見られたら
「○○さんとこの△△ちゃん、精神科に行ってるみたいよ・・・」
とウワサの種になる。
ようするにその程度のレベルの話だ。

この映画や本の内容はもっとコアなものだが
全てのカギは自分の中にあり
それを見つけるのは医者ではなく自分自身でないと何の意味もない。
カギは既に見つけたと思っている私ですら
<感情回路>がショートする事はしょっちゅうで
HIGHになったりLOWになったりする自分を
ゲラゲラ笑ったりしている。
人が見たら多分、カナリおかしいだろう。

棘だらけなのは実は外の世界だけじゃない
本当に鋭く突き刺さる棘は、自分の内にあるのだ。

けれど、心臓に突き刺さったその棘を
自らの手で抜いた時、痛みは充実感とともに幸福感に変わる。
そして
今まで見えなかったものが次々と見えてくる。

今、自分と戦っているひと・・・負けないで!!
谷を越えるたびに必ず、人生は楽しくなってゆくから。


「 みんな!2002年もがんばろうね!-Love LUNA- 」