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 東京テイスト 【LOVE THE LIFE 】
2002年1月〜はこちら

2001/12/11/TUE
[The color of silence]
Alessiに買い物に来たのでセランでコーヒーでもと思い足を伸ばした

外苑は予想以上に観光地と化しており
げっそりしながら少し離れたベンチでタバコに火をつけた

上を見上げると、下界の喧騒とは裏腹に
つきぬけるような青空に
精一杯頭を伸ばす木々の先端が、美しくつらなっていた

長い沈黙を破った叫び声のような
いっせいに散ってゆくイチョウの葉
思わず両手を広げて全部受け止めたくなった
なんていじらしく、なんて儚いのだろう・・・

踏まれて粉々になった葉が作る、金粉のモザイク
2001年とともに散ってゆく時のかけらたち

最後の命の輝きを一歩一歩踏みしめながら
青山通りへと向かった


PS- 少し早いけど、今年ももうすぐおしまい・・・
この1年の出来事をもぐもぐ食べながら
深ぁ〜く深呼吸して新年を迎えましょう!
来年もあなたが♪HAPPY♪でありますように・・・

今年一年ありがとう!




2001/12/5/WED
[新惑星・LUNA誕生-2001]
NYのツインタワーが爆破された日、私も壊れた。

あの日は地球の時空がゆがんでいた。
イガイガボコボコの形で、この世に出発した私は
あちこちの惑星や流星に激突し、
少しずつ角が削られて丸くなりながら、飛行してきた。
あの日私はそれまで築いてきたものを全て捨てた。

NYの友達からの、「I'm OK!!」というメールを受け取ってから
また新たな銀河系へと進路を設定した。
友達の誰もがまたビックリして、「だいじょぶ?」とメールを送ってきた。
私を爆破したのは、[CALUME]というタバコの煙だった。

1ヶ月の間に引越して、それまで持たない主義だったケータイを買い
今やっとホッとしたところ・・・あいかわらず精一杯生きている。

私の旅はつまるところ、本当の愛を探す旅のようだ。
とても清らかに見えた水も、時とともによどんできていて、
その中で、ほとんど息も出来ずに暮らしていたと・・・今になって気づく。
人の人生の最大の課題は人間関係だ。
付き合う相手によって、余計なエネルギーを消耗して
本当の自分を生かすどころか、殺しざるを得なくなることもある。

体のあちこちからは、真っ赤なエネルギーが
ブスブスと湯気を立てて流れ出してきていた。
そして、とうとう
「このままでは消滅してしまう・・・」と
非常用脱出装置のボタンを押した。

この両手には何一つ残っていなかったけれど、
10代の頃の忘れかけていた私が蘇り、
いびつだけれど、
きらきらと輝くかけらがまた光り始めた。

10代は、全てのエネルギーを、外界へぶつける時代。
20代は、少々の駆け引きや、コミュニケーションを覚える時代。
30代は、多分もっとゆとりがでてきて、受け入れるという器の熟成の時代だと思う。
大人になるにつれ、出してはいけないと思っていた感情や鋭いほこさき・・・
実はそれは、そんな状況に自分を置いていたことが原因なのだと気づいた。

11月18日
東の空に流れる星ぼしを眺めた。
燃えてしまった燃料タンクも
張り裂けるような痛みも
今は全てこの体の奥底に流れるエネルギーとなって
赤く穏やかに燃えている、
CALUMEの香りとともに・・・・。




2001/8/29/WED
[真夏の夜の夢]
♪骨まで溶けるよな テキーラみたいなキスをして♪

彗星のごとく現れた彼と、ひと夏の"めくるめく恋"をした。

ホワイトレディ
ドライマティーニ
 ロングアイランドアイスティ
クルエボゴールド・・・・・・・・ ★彡

彼に見つめられてると、なんだかとても気持ちが良くて、
まるで夜空の星ぼしを飲みこむみたいに、次々と飲んでいったら
いのまにかすごく酔っぱらっていて、珍しく記憶が途切れた。
いつもはいくら飲んでも、我を忘れたり記憶が途切れたことなんて、
1度も無かったのに・・・。

ごくたまにしか出逢えない『人種』がいる。
目を合わせた瞬間に、彼のオーラがわたしの細胞を活性化させ、
頭では決して作り出せない言葉を口にさせる。

彼といると不思議と気分がHIGHになった。
彼も多分同じふうに感じていたと思う。
わたしたちは、
今生きていて感じられる全ての幸福をふたりじめながら
踊り、笑い、キスし、夜通し話した。

昔のわたしだったら絶対にできなかった恋。
Make Loveなんてどうでもいい。
それよりももっと大事な瞬間を、
もっともっとたくさん積み重ねて、
今、たしかにここに『ふたり』が存在していることを感じたかった。
たとえ明日さよならしたとしても・・・。

わたしにとって恋は映画のようなもの。
そこには夢のような仕掛けがあって、
見たこともないようなわたしがいて、
そして時に厳しい現実が入り混じっていたりして、
"酸いも甘いも"が折り混ざった世界・・・それもかなりスパイシーな。
わたしのギャラリーは、そのスパイシーな絵の具で彩られている。


もう、盲目になる恋はできないけれど、
こうして文章や詩を書いたり、
絵を書いたりする意欲を刺激されるのは間違いないことで、
まるで長い旅行へ入った後のように、スラスラと文章がでてきたりする。
『本能』につながる感情の刺激は、全て『癒し』に変わるのだ。

その夏、わたしは大気圏を突破して、宇宙を何周したんだろう?
彼が運んでくれた宇宙は、彼がいなくなった今も、
この胸の中で渦を巻き、ゆっくりと回転しつづけている。




2001/6/22/FRI
[Sarah's Crime]

学生の頃、当時の恋人であったS氏に、このアルバムをもらった

日向敏文の『Sarah's Crime』

今でこそ有名になってしまったけれど、当時はまだそんなに
知られてはいなくて、わたしがもらったのもCDではなくLP版だった
ノスタルジックなジャケット・・・・謎めいたひとりの女性の物語
言葉はなく、全てがビジョンで浮かび上がる
彼の音楽はまるで1本の映画を見ているようだ
気分をリセットして、真っ白にしたいとき
いつもわたしは日向をかける

それがクリスマスプレゼントだったこともよく覚えている
翌日の講義で、彼は教壇から降りてこちらへ向かいながら
ひとりひとりに英語で訪ねた
『クリスマスはどうだった?なにか楽しいことあった?』

ゆっくりと階段を登ってくる彼をわたしはじっと見ていた

『ハイ!ルナ!君のクリスマスはどうだった?』
"よそ行き用の視線"を交わしながらわたしは答えた

『ええ、大好きな人にアルバムをもらいました』
『気に入ってる?』
『もちろん!毎日聞いています』

軽く微笑み、彼はわたしの横を通り過ぎた

特にゆっくりと話したこともなかった彼になぜ魅かれたのかはわからない
突然、電話番号を渡したのはわたし・・・・数日後に電話がきた
今まで何千人と教えてきたけれど、こんなことは初めてだと彼は言った
そのとき初めて彼が結婚していること知ったけれど、わたしにとっては
あまり意味のないことだった

翌週の週末
まだ人影まばらな朝の並木道をポケットで手をつないで歩いた
朝の冷たい空気に白い息は溶けて、黒いこずえが心の痛みを刺した
海風にあたりながら、なにを話したのかは覚えていない
まだ幼かったわたしに対して
7つも年上の彼がとても大人に見えたことだけは覚えている
そしてふたりとも、とても緊張していたことも・・・

夢の中のふたり・・・
けれどその夢から必死で抜け出そうと、もがいた時期もあった
彼とは『感性』でつながっていた、それも恐ろしいほどの深い感性で・・・

一緒に生活したら壊れてしまう
わたしたちに『日常』は必要なかった
それでもある意味で彼はわたしの『生き証人』であり
わたしは彼の本当の姿を知っている
これもひとつの『愛の形』なのだと今は思う

あの頃の感情はもうない
けれど、夢も現実も超越した場所で
今も彼は、わたしの良き理解者であり、良き友人である




2001/5/21/MON
[マグダラのマリア]

聖書には3人マリアが出てくる
キリストが十字架にかけられたときに
最後まで残って見守っていたのが、その3人のマリア・・・

ひとりは忘れたけど
もうひとりは『聖母マリア』
そしてもうひとりが『マグダラのマリア』

聖母マリアは純潔で、処女のままキリストを産んだ
彼女は『陽』の世界
それに対して、マグダラのマリアは『陰』の世界で
彼女は人間の醜く汚い部分を全て背負い、受け入れる

人には必ず『光』と『陰』の部分がある
その『陰』の部分をみんな必死に隠そうとする
醜さや汚さなんて、決して認めようとしない人も多い
それも自分の一部なのに

わたしはその『マグダラのマリア』のようだと言われたことがある

ずっと長いことわたしは、心の中にぽっかり開いた穴を持ってた
それは言葉にすれば『空しさ』でいっぱいの穴だった
でもどうしてその穴がずっと埋まらないのかわからなかった

親から離れて暮らすようになって、悲しい夜を何度も過ごして
いわゆる『孤独』と向き合うようになってから
わたしは自分のコンプレックスとも向き合うようになった
『どうしてわたしはこうなのだろう?』といつでも自問自答して
少しずつ自分を分析していったら、謎がどんどん解け始めて
同時に『もうひとりの自分』のこともわかってきた

わたしにとって『自分と向き合う』ことは
自分を知るためでもあり、本当の意味での『強さ』を身につけるのに
必要不可欠なことでもあった
自分をマリア様のようだとは決して思わないけど、
大切だと思ったのは
ずるくて弱い自分も、自分だということを受け入れて
それと向き合うこと・・・・

あの頃開いてた『穴』は、今はない
いつなくなったのかもわからない

まだまだ弱くて未熟だけれど
聖母と呼ばれるよりは、マグダラの方がずっと
人生を絵に描いて来たようでうれしい
わたしのはまるで、ピカソのようだけれど・・・




2001/5/8/TUE
[Shining]

Ride on time さ迷う想いなら 
やさしく受け止めて そっと包んで
Ride on time 心に火をつけて 
飛び立つ魂に 贈るよ Ride on time・・・・・・

魂がこの体から抜けだして、
どこか遠くへゆきたいと叫び出すような、このフレーズ・・・
ぐらぐらに揺さぶられて、めまいがしそう。

さ迷いながらも、いつでも胸には火がついてた。
炎のパワーを燃料に生きてきた。
恋愛のことだけを言ってるんじゃなくて、人生全てにおいて。
だからかなり激しくて、ときには『常識』を超えてしまったり、
人から『変わってる』と言われたり・・・。

多分わたしは人よりも成長が遅い。
普通の人が20歳でわかることが、5・6年あとにやっとわかったりする。
余計な経験も多々してると思う。だけど一度も後悔したことはない。
だってこれがわたしのペースだから。
『経験』に無駄なことはひとつもない。
人より遠回りしてる分、そのときそのときをじっくりと眺めてたりするし・・・。

こんなわたしだから、今まで色んな場所に住んだわけで、
最近になってやっと、『放浪グセがあるのかなあ?』と気付いて
『根無し草はよくないわ!ちゃんと根っこを張らないと、
立派な木にはなれません!』・・・と大きな木を見て思うこの頃。
少しずつ年をとってきて、変わってきた気はするけど、
あの広大な宇宙に、すごい勢いで昇ってゆくような
この気持ちを止めることはできない。

さ迷うことは悪いことじゃないのに、落ちつきなさいと人は言う。
だから達郎の曲は心に染みる。
彼はよくわかってる、こういうフィーリングを。
何を探し求めているのか、自分にもわからない何かがある。
きっとこの旅がわたしの人生なんだろうな・・・。

流れる雲が、遥か彼方に消えてゆくのを
夕暮れの空が、闇にすっかり覆い尽くされるのを
最後まで見届けるような人生を生きてゆきたい。
この一瞬一瞬を
RIDE ON TIME・・・ そう、今この『時』に乗って・・・。




2001/3/13/TUE
[Don't you wanna cry ?]
わたしは大人だけど
それは体だけで
心は子供のままだから
思い切り泣きたいといつでも思ってる
でも毎日そんなんでは、大人は生きてゆけないから
必死にこらえて、自分で自分を支えるスベを身につける

自分で自分を支えるのは『負けるもんか!』というより
傷つきたくないからなんだと思う
大人だからしっかりしなくちゃとか
大人だから泣かないとかっていうのは
小さい頃から教えられたことであって
自分ではそう思ってない
素直に涙を流せなくなったことにも気付かずに大きくなってた

気が張ってるときに
やさしい人にやさしい言葉をかけてもらったりすると
不思議と涙があとからあとからあふれてきたりする
なんでだろう?と思うけど・・・
そのやさしさに、素直に安心して
幼い自分に戻って泣いてたりする

だからときには我慢しないで思いきり泣いたほうがいい
とてもやさしい穏やかな気持ちになるから




2001/3/2/FRI
[東京ナイトクラブ]
仕事柄、いろんな街に通勤してました。
神田から始まって九段下一番町、霞ヶ関、飯田橋神楽坂、秋葉原岩本町・・・
なにがうれしいかと言うと、近くの沿線上にある飲み屋を発掘できるのがうれしかった!!
わたしは普通の女の子のように、洋服などにお金をかけません。
洋服買うなら飲みに行きたい!!

神田では、もんじゃとそば。春になると浅草へ出て、隅田川をグラスボートで下り、ちょうちんの灯りに照らされた夜桜をワンカップと揚げせんべいで見る。

九段下では、昼間から場所取りをしました。靖国の屋台で飲む日本酒も、千鳥ヶ淵のライトアップされた桜の下で飲む日本酒も、絶品です。
(下から見上げる桜は、まるできものの絵柄のように美しいです。)
一番町は大使館が多いので、おいしいお店がたくさんあります。
ランチタイムから沖縄料理の座敷に上がったりしてしまうんです。

官庁街の仕事をしてたときに居た霞ヶ関は、日比谷公園を突っ切ると銀座に出られます。(林野庁のおじさんたちに、林野庁の食堂で一杯おごってもらったことも、けっこう貴重な思い出です。)
新宿のネオンにも胸騒ぎがしますが、銀座のネオンにはまたしっとりとした風情があって、行くたびにうっとりしたものです。
今はもう、柳なんてほとんどないのに不思議ですね、街の雰囲気って
あるんでるよね・・・。
老舗のバー『ク−ル』や、灯りはカウンターのスポットライトしかないレンガ作りの『ディノバー』、
西銀座デパートの中にあったレストランバー『マーメイド』、
石作りで100人収容できるレストランバー『バルハラデン』等など・・・
『クール』はまだあるけど、他の店は多分もうありません。
めくるめく魅惑の銀座でございます。(行きたいなあ・・・)

さて、今騒がれてる『パラパラの殿堂』のクラブは神楽坂にあります。
でもあの頃は、入ろうという気にさえならないほど、すたれていました。
それよりそのすぐ近くにある不二家では、神楽坂でしか手に入らない『ペコちゃん焼き』が売ってます。ペコちゃんの顔のどらやきです。
仕事中によく買いに行きました。
坂をあがった裏の方には、老舗の料亭がいくつかあって政治家たちが通っていました。田中角栄が芸者をあげてドンチャン騒ぎしていた話しを、知り合いの板さんから聞いたことがあります。(すごい古い話だけど。)

三国連太郎の家も神楽坂で、よく銭湯に来ているそうです。
坂を登りつめた辺りに一件のお寿司やさんがあって、熱燗を飲むオチョコを選ばせてくれるのですが、どれも『うぅ〜む・・・』とうならせるものばかりで、それを楽しみに行ってました。

秋葉原からはJRで上野へ行き、ガード下の大衆酒場で飲んでました。
新橋のガード下とはまた違う空気が流れています。
隣のおじさんと話しこんだり、一杯おごってもらったり・・・
まさにこれは『旅』なのです。


陽が傾く頃、少しずつ薄化粧を始め、やがて『女』へと変貌してゆく夜の街が、わたしは好きです。




2001/2/19/MON
[ Give me Hug !! ]
最近誰かに思いきり抱きしめてもらったことありますか?
先日実家へ帰ったとき、妹が涙ながらに今悩んでることを
わたしに打ち明けました。
日ごろ彼女は両親と暮らしているのですが、同じ血の繋がった
家族の中ででも、自分を解き放てないでいるようです。
(改めて思い返してみると、きっとそういう人はたくさんいると思うんです。)

いつもク−ルでしっかりとした彼女の涙に、わたしは少し戸惑いました。
けれど、無防備に腕を回し、わたしの肩に顔を押し当てて泣く彼女をとても愛しく思い、
また頼ってくれてることをうれしく思いました。

血が繋がっている姉妹なのに、大きくなってからは日常の雑用でスキンシップすることすら忘れていました。
彼女を抱きしめながら、わたしもまたそれに飢えていたことに気付きました。
恋人に、旦那さんに、お母さんに、お兄ちゃんに、おばあちゃんに・・・
抱きしめられることは、とても大切なことです。
血が繋がった相手ならなおさら、それはヒーリングになります。

こんな、なんでもないことに胸を打たれるのは、今わたしも淋しいって証拠かな??





2001/1/23/TUE
[おとぎばなしの国で・・・]

5・6年前の今ごろ、わたしは北欧を旅していました。
そう・・・オフシーズン真っ只中で、あらゆる有名な美術館は クロ−ズし、もちろん美しいフィヨルドと緑の山々はカチンカチンに凍っているので、フェリーも出られません。それも全て承知で、あえて真冬にしたわけは、その国のいちばん厳しい季節を見てみたかったからです。

ストックホルムへの直行便に乗りスウェーデンに到着した日は、もうすでに夕暮れで、例のごとく地図を見ながら列車に乗り、小雪の舞う中、目的のホテルをめざしました。
あちらの鉄道はとても充実しています。『あさま』や『おどりこ』に乗る感覚でチケットを買えば、サロンといういちばん贅沢な車両に乗ることもできます。(サロンでは、置いてある飲み物が飲み放題!!)
でも地元の人はほとんど、このサロンには乗りません。別にサロンに乗らなくても全車両はかなりきれいだから、わたしも1度しか乗りませんでした。

ストックホルムでは、ずっと行って見たかった『旧市街』-ガムラスタンへ毎日のように行きました。そこは絵本に出てきそうな石畳が続き、人が1人やっと通れるような路地がいくつもあります。観光地にはなってはいますが、お勧めの場所です。それもとくに冬!
ちなみにハイシーズンである夏季には、あちらこちらにシシカバブのワゴンがでるそうです。けっこうおいしいと、友人が言ってました。

北欧では冬の間、日照時間が少ないため、昼間でも窓辺にローソクを灯します。小さな、マッチ売りの少女が住んでいそうな家の出窓には、必ず暖かな炎が灯っていました。 
表通りの、ゴシック調で重厚な町並みを歩いていると、ビルの半地下にちょこちょこあるのがアンティークやです。北欧の人々は家で使っていたアンティークを頻繁に持ってきては、別のアンティークを代わりに(ねぎって)
買って帰ってくるみたいです。
わたしも、さすがヨーロッパ!というような、素敵な魔法の鏡をひとつ買いました。
とくに他の観光地へは行かず、こうしてぶらぶらと、その土地土地の人々の暮らしを垣間見る旅がわたしは好きなんです。
4人乗りのベビーカーを押しながら歩くお母さんは、なんとシルバーフォックスを着ていました。(やたらに居ました。毛皮着て大きなベビーカーを押すお母さんたち・・・子供の数が多いのかなあ?)雪ふってるのに、毛皮??と思いましたが、北からの身を切るような風で、雪は溶けずにアスファルトの上をサラサラと滑ってゆくのです。
北欧は皮が安くて、日常でもよく着られています。すんごい寒いのに、Tシャツに皮ジャン1枚というカッコイイ男の子たちもいました。

この旅のもうひとつの目的地であるデンマークへは、列車で移動しました。
スウェ−デンとデンマークの間には海があります。いったいどうやって列車のまま渡るのかと思ってたら、そこには大きなフェリーが口をあけて待っていました。
列車を丸ごと船に乗せるなんて、うまれて初めての経験で、びっくり!せいぜいカーフェリーしか乗ったことないから・・・(^_^;)
デンマークへ着くまでの30〜40分の間、列車を下りて船のデッキへ上がってみましたが、冬の北欧の海は淋しくて、日本海のようでした。

どちらかというと閉鎖的なストックホルムに比べて、コペンパーゲンはかなりインターナショナルな街で、TOSHIBAやSONYの看板もびしばしあります。
歩いてる人種も様々で、不思議に思ったのが、怪しげな中華料理屋があちこちにあることでした。
ピザにパスタをはさんで焼いた、なんとかっていうのがめちゃおいしかったです。それとトマトスープ。トナカイのステーキもまあまあです。全体的に寒い国はソルティだとはわかっていましたが、北欧は全体的にかなりしょっぱくて、ストックホルムのオニオングラタンスープも、デンマークのザリガニのスープも2口食べてあきらめました。

都会都会している街並みが嫌で、列車に乗り田舎の方へ行ってみました。
途中窓から、牧草地の池で水を飲む3頭のバンビを見ました。
雪がななめに降りしきる、霧がかった広大な緑の中に、耳を立てながら静かに水を飲む彼ら・・・・まるでスクリーンの向こうのような風景に、一瞬ときは止まりました。
アンデルセンの生家や、人魚姫の像も一応見ましたが、人魚姫の像がある公園は、横浜の山下公園そっくりで、像が立ててある波打ち際の向こうには大きな工業地帯があります。
むかしむかし・・・のおとぎばなしと、現代が混合しているような図柄で、かなりがっかり・・・・。やっぱり旅は田舎がいい!!

数年前に、フランスがタヒチで核実験を行うことを発表したとき、世界の国々が反対声明を出しましたが、スウェーデンの王様は自転車をこいで自ら反対声明を届けたと聞きました。フランスまで?チャリンコで??
ほんとに???びっくり!でも、すごいなあと思うと同時に、だから好きなんです北欧って・・・!!(デンマークは女王様なんですよね??)・・・この情報もし間違ってたらごめんなさい。 m(_ _)m

最後にもっとも心に残っている風景をふたつお話します。

泊まったホテルのベッドからで何気なく外に目をやると、向かいの窓の中で多分仕事が終わった後でしょう、数人の男の人が集まってピアノやヴァイオリンやチェロの練習をしているのが見えました。
音を聞くことはできなかったけれど、静かに暮れてゆく石畳の街で、それはオルゴールの箱のようで、頬づえをつきながら、いつまでもうっとりと眺めていました。

もうひとつの光景は、バナナと犬のうんにょろです。
スウェーデン・デンマークにかかわらず、ヨーロッパでは有名な話しですが、もう、どこにでも落ちてるのが、犬のうんにょろ・・・(−_−;)
そして以外にもなぜかバナナの皮もよく一緒に落ちています。わたしも2度うんにょろを踏んでしまい、何度も雪の上で必死にこすりました。あちらの方々は犬を散歩させても絶対といってよいほど、うんにょろを取りません。旅の途中で1度もそういう光景を見たことはありません。させている光景は見たけど。
そしてあちらのセブンイレブンには、バナナが山積になって売っています。
・・・・なぜ??・・・・かなりおもしろい光景でした。でも歩きながらバナナを食べている人には一度も出会いませんでした。

あんなに素敵な街並みを持っているのに、うんにょろ対策をしないのもお国柄なんでしょうね・・・。
ヨーロッパにお出かけの方はご注意を!!




2001/1/15/MON
[プロジェクト・L]
ザ・テレビジョンを買ったら、ページの中ほどに5・6ページに渡って『ストーカー法』なるものの説明書きがついていました。
ストーカー ストーカー・・・・・ス・・・

15歳のときにセーラー服のまま、学校の帰りに駅ビルに寄りました。なにを買いに行ったのかは、もう覚えていません。
10年間ピアノを習っていたわたしは、よく4階にある楽器売り場へ行っては、置いてあるオルガンやピアノをポロポロと弾いていました。(そういえば、最近は楽器やさんって、あまり駅ビルとかには入ってませんよね。)

そんなある日のこと、わたしのピアノに混じって、売り場のすみの方からとっても上手なギターの音色が聞こえてきました。その速いこと速いこと!
・・・・・・ 『 ? ? 』 ・・・・・・・
音のする方にそろそろと近づき、興味しんしんでそおーっと除くと、そこには、痩せててちょっと頭が大きい男の人が居ました。
(彼は決してカッコよくないのですが、なぜか惹かれたんです・・・(^^ゞ)

そのあともなんだか気になって、ほぼ毎日のように楽器やへ行きました。 3日に1回の割合でやってきては、すごい速さでギターを弾いてる彼を、楽器類の間から盗み見しているうちに、『この人どこに住んでるんだろう?』という疑問がわいてきました。
うちに帰っても夜ベッドの中で考えるのは、そのことばかり・・・
『よしっ!次に会えたときに、あとをつけよう!!』 極秘計画を打ちたてたその夜は、ギンギンに目がさえて (*_*)
眠れませんでしたが、計画実行の日は、そう遠くはなく なんのことはない翌日でした。

彼はわたしのうちの前を通りすぎて・・・
(ええ〜??うちの前とおってるじゃん!!(☆o☆)!)
坂をあがり、5分ほど歩いたところにある、茶道の家元のどでかい家に入っていきました。
(あれ?これってクニちゃんち!!)
なんと彼は、友達のお兄ちゃんだったのです!
(長男だから後継ぎで、ちょーボンボン!)

その後クニちゃんに頼んで、お兄ちゃんの『ヒデ』を紹介してもらったことは言うまでもありません。『妹にしか思えない』と言われても、しつこく告白し続けたカイもあって、約2ヶ月にはラブラブになりました。(●^o^●)
けれどその幸せも長くは続かず、その8ヶ月後に彼は単身でアメリカへ4年間の留学へ行ってしまいました。
(空港で立てなくなるほど泣いたなあ・・・・(T−T))

『4年間待ってろよ!!』と抱きしめられて 『うん!!』と、力強く返事をしたけれど、彼は19でわたしはまだ15・・・
『これから多感になる時期だわ・・・(-_-;)』と、いやに冷静に彼の腕の中で、自己分析をしていたのを覚えています。
案の定、その1年半後、わたしは手紙で彼を振りました。 遠距離恋愛って絶対にうまくいかないと、わたしは思います。
だって不自然だもの。
今彼は日本に帰ってきて、茶道のなんとか流の?代目を継いでいます。 (奥さんも子供もいるそうで、今も実家に住んでいる妹が、たまに道で会うそうです。)

こうしてわたしの初恋はストーカー行為によって実りました。\(^o^)/
『ストーカー』なんて言葉、昔はなかったけど、わたしと同じような経験してる人多いんじゃないですかあ・・・・?わたしだけ??

今週はとても寒くなりそうなので、みなさん風邪に注意しませう!--LUNA




2000/12/25/MON
【♪MERRY CHRISTMAS♪】

Kくんと話したのは、10数年ぶりです。

まだわたしにあどけなさが残ってる頃に、今は無き、渋谷のディスコ『star woods』(なつかぴー!(^O^))に妹と行きました。
あの頃のディスコは、ユーロビートかロックで、その時に日本で流行っている曲さえも、流れたりしてました。
わたしはそのとき、めいいっぱい背のびをして、多分3つか4つくらいは 年上に見られていたような記憶があります。

今のクラブみたいに、人がひしめき合うようなこともなく、ほどよく距離を置いて躍ってたような気がします。
Dancefulな曲がひとしきりかかると、ふっと照明がダウンして フロアから、さぁーっと人が引けていきます・・・そうです・・・チークタイム!!
今はどこへ行っても、ほとんどありませんよねえ・・・ああ、なつかしい!!
男性同士で来てるお客さんは、『今だ!』とばかりに、グラスを置いて フロアへ飛び出します・・・わたしも声をかけられて、初めてのチークを
躍りました。両腕を彼の首に回して、肩越しにキラキラ回るミラーボールを見つめながら、知らない男性とこんなにもくっついてることが、とても滑稽に思えました。

そのあとなぜか、付き合ったのは、この彼の友達のKくんの方でした・・・
11月にwoodsで知り合った私達は、お兄さんと妹のような関係で、その歳のクリスマスを迎えた気がします。
そのときになにをプレゼントしたのか覚えてないけど、『メリークリスマス!』という彼の声だけ耳に残っていました・・・。
色んなことがあって、結局別れてしまったけど、昔のことを『ひも解いて』話せる歳に、今やっとお互いがなっていて、話していると、たくさんの『誤解』や『知らなかったことが』でてきて面白いのです・・・我ながら改めて『成長したなあ・・・』と思います。
今考えると、どうしてそんなことで意地張っていたんだろう?って、そんなことばっかり・・・どうして若い頃って、思ったこと全部言葉にできないんだろう??

夢の上で生きていた、あの頃のわたしたちはもう居ません。
うつろいゆく時の流れは、止められない分切ないです・・・。
そんな気分のクリスマスに、ふと届いた小さなプレゼントは

長い年月が過ぎても変わらない、彼の声でした・・・『メリークリスマス!』

読んでくださったみなさんへ (^ー^)/

" Have a Merry Merry Christmas!!
 and a Happy New Century!!"

Love LUNA




2000/12/6/WED
【水たまりのお日様】

たばこを吸いに外に出たら、大きなカマキリがドアのいちばん上に つかまりながら三角の頭を左右に動かして、わたしを威嚇していました。
『うわあ・・・(-_-;)どうやって取ろうか・・・』と、外にあった短いホウキでさらさらっとはらい落としました(ちなみに夏には白いヤモリが登場します)

昔は、今では触れなくなった色んなものを触れたのになあ・・・・
カエル・ヘビ・カブトムシの幼虫・ヤドカリ・ウサギ・スズメ・イヌ・インコ・・・ 色んなものを飼っていました。

幼稚園へ行く雨あがりの道に、たまにつぶれているカエルもどこからか必ず這い出でてくるミミズも、とんと見なくなりました・・・
そう考えると、ものすごい勢いでそういう小動物は居なくなっているんですね。
わたしの小さい頃は、雨が降るとモワァっとアスファルトの匂いがしました。
今でもアスファルトなのに、どうしておんなじ匂いがしないのでしょうね??

雨はもう上がっているのにうれしくて、赤い傘をさして赤い長靴をはいて水たまりに入るのが好きでした。
やっと顔を出した、雲に透けるお日様を水たまりの中で見ていました。
道の端からにょろにょろと這い出てきて、途中で止まってるミミズたちを 『ここ!』と決めたひとつの水たまりに、1匹ずつつまんで集めるのが
その頃のわたしの趣味でした。水たまりから逃げ出そうとするミミズを元に戻しながら、また新しいミミズを坂道の上の方まで行って
つまんでくるんです・・・。(-_-;)
そのうちにみんな体が白くなってきて、子供心に『あ、死んじゃうんだ』と思ったものでした。そんなこと今だったら、お金もらってもできないけど・・・。

冬の小春日和の日に、大玄関の門の前で日向ぼっこをしていると真冬の間は全く顔を見せなかったありんこが、活動を再開していることに
気がつきました。小さい頃は、ありんこが動き出すと、もうすぐ春なんだと思っていたんです・・・。
わたしはそんなありんこをつまんで食べていました。
ありんこはすっぱいんです。行列を作るときにおしりから出す、道しるべの液がそれなんです・・・。もちろん今は、たとえ炒ってでも食べれません。

背が伸びるごとに、だんだん地面が遠くになって行く・・・





2000/11/28/TUE
【14年ぶりの再会】
※今回は気分的に詩を書きたくて・・・

大人になるにつれて 夢の世界では遊べなくなるから
現実にまみれて
ひどくク−ルになってしまったりする
わたしもそんなひとりだけど あなたに会って久しぶりに あの頃のわたしが目覚めた

だから 『愛してる?』って聞いたの・・・

わたしに対する今の気持ちが そのセリフとは かけ離れていたとしても 『愛してるよ』と言って欲しかったの
確かに 今 ここに
ふたりが存在していることを 実感したかったの
時空を超えた愛で あなたを愛しているわ・・・・





2000/11/18/SAT
【The Lost of Soul】
格安チケットを買い、バックパックをしょってアメリカへ行きました
仕事がらみの2週間の旅でした。仕事といっても、いつどこに行かなくてはいけないという約束はないので、気ままな旅です
格安チケットなので、何度もトランジットして、ジェットラグと戦いながら、およそ24時間・・・・
やっと到着すると、まず立ち寄るのがレンタカー屋さん 日本人と見ると、すぐに真っ赤なオープンカーを薦めてくる
さわやかな笑顔のアメリカンボーイ・・・そのキラキラと光る青い瞳に向かい
『乗ってみたいけどお金ないのぉ〜 (^_-) 』と、背中のバックパックを見せて、Smile・・・・・

いちばん安いMAZDAあたりの、おじさん車に乗って 次は本屋さんへ・・・その土地の地図を買います
背中のバックパックにはキャンプ用具が一式入っていて ナショナルパークやキャンプ場の近くを通ったときはテントで寝ます 
(旅の半分はキャンプかな?あとはモーテル・・・)

Red Rocks(赤い岩岩)の谷間を抜けて、ユタからニューメキシコへ 果てしなく続く、まっすぐな道の向こうで稲妻が光っているのに
左の小高い山の上には虹がかかり、頭上には目もくらむほどの夏の太陽・・・・ただただ広大な砂漠では、わたしはただの小動物です
『1日や2日お風呂に入らなくても、死にゃあしないわ!』という気持ちにもなります・・・

アリゾナの街に入ると、歩いてる人が全てネイティブアメリカンだということに気づきました。
路肩に座ってマックを食べている子供も、立ち話をしてる老人も、買い物している女性も 独特な顔立ちをしています。ウエスタンハットをかぶった、おしゃれな老人の首や腕には、見るからに歴史の有りそうな、美しいターコイズが光っています

どうしてもセロリが食べたくなって、スーパーに入ったら、店のお客の(地元の人たち)視線がいっせいにわたしに集まりました
とても結束の固い、血の集まりのような,聖域に入ってしまった気持ちになったけれど それでも食べたかったので、歩き回ってセロリをゲットし、
マヨネーズと一緒に買って店を出ました
(細いのが15本くらい束になって売ってるので、食べきれない・・・(-_-;))
そんな閉ざされた雰囲気を持つこの街にも、観光客相手のお土産や(ビジターセンター)があるのには驚きました

ネバダへ向かう道の途中にポツンポツンと、旗がたなびくあばら家があります。そこでは ナバホインディアンの女性が、まだ小さな子供をあやしながらインディンジュエリーを売っていました。どれも日本に入ってきているものと比べたら、洗練されていないもの ばかりでしたが、ビーズや羽でできたそれらを手にとって見ていると『子供の為に、どうか買ってください』と、彼女が言いました

まだ開拓が進む前・・・この土地は彼らのものでした
食べるだけの獣を狩り、食べるだけの魚をとって暮らしていた100歳以上生きる古老たちも 少なくない彼らの食生活に、パンや添加物入りの食物が入ってきてから、彼らの寿命は大幅に縮まりました
それまで『仕事』としてきた、当たり前の日々の生活を奪われた彼らの中には、新しい文化になじめぬまま、稼いだ金も全てアルコールやドラッグにつぎ込む若者も少なくありません。それはなにを意味しているのか・・・。
居住区は国から保護され、生活も保証されているにもかかわらず、そこにはもうかつて生きていた彼らのスピリットは無いのです

インディアンの伝説の中には、未来のわたしたちに必要な言葉が隠されていると、わたしは実感しています・・・その鍵はやはり『自然との共存』なのです・・・

切ない気持ちのまま、『便利な乗り物』に乗りこみ、まっすぐなアスファルトの道をユタへと向かったわたしでした





2000/11/13/MON
【The Nightmare of Wednesday】
仕事を終えて食事をとってから、夜10:00頃に帰宅しました
バックから鍵を出して、玄関の鍵穴に入れたところ・・・・『???』・・・・・ 閉めたはずの鍵が開いていました
嫌ぁ〜な予感のままドアを開けると、玄関マットが変な風によじれていて 目線を上げると、食器棚の引出しのものが全部出されていました(-_-;)

『うわあああああ〜!!』と思わずおたけび・・・
居間と寝室へ・・・ フロッピーケースやビデオケースが散乱し 下着や衣類のの引き出しからは、「こんなもんまで入ってたか?」
というようなものまで、外に出されていました まくられた布団を横目に
『やられたよお〜!ピッキングかあ〜??』とつぶやきながら なにを取られたか確認しようと思いましたが
『あ!そうだ!こういうときって、なにも触っちゃいけないんだ!!』と テレビで見たのを思い出して、とりあえずすぐに110番!(初めてかけた110番!!)
10分ほどで街のおまわりさんが到着し、さらに30分後に刑事さんが2人到着しました。
(ちょっとドキドキ!)
電気を消して、強力なライトで犯人の足跡を探したり、銀色の粉と耳かきのフワフワみたいなやつで、ポンポンと指紋を探したり・・・テレビでやってる光景がこの部屋で繰り広げられました

犯人はベランダの手すりをよじ登って(ここは1階)、手袋をしてガラスをきれいに三角に割り、鍵をあけて進入し、にくたらしいことに玄関から帰ったようです・・・ 
でも、玄関マットのよじれ方から見て、すごいあせってたのがわかります(^○^)
・・・きっと滑ったんだな・・・・ふっ・・・( ̄ー+ ̄)
ベランダの外が土なのにもかかわらず、どこにも土が落ちてないのには 驚きました・・・さすがプロ・・・まあ、汚れなくて良かったけど・・・・

これは昔からの空き巣の手口だそうです(今の時代はピッキング・・・)
結局、もしものときの現金○十万円と、商品券3万円分がなくなっていました (そのうちの1/3くらいは、住宅保険から戻ってきます。
しかし・・・商品券まで取るなよお〜!!せこいなあー!!
こんなことなら使っておけば良かった・・これから全て持ち歩かなくては・・・)

東京都内でも、わたしの住んでいる『区』とお隣の『市』は、いちばん空き巣が多いとのことです

指紋を取ってる刑事さんに
『犯人の人、ちょーラッキーですよねぇ・・・もう今日はこれで上がって 今ごろ新宿あたりで、ぷわぁぁぁっとやってるんだろうなあ・・・』と言ったら

『ピンポーン♪・・・新宿は泥棒の巣なんです・・・』 ・・・・・

よく友達から 『LUNAの人生ってドラマティックだよね〜!』 と言われますが まさかまたこんな経験をするとは・・・・(^_^;)
プロにかかったら成すすべはないけれど、皆さんも気をつけてください (特に女の子のひとり暮しは!)外出のときは雨戸も閉めましょう・・・・

追伸:刑事さんたちの足が、臭かった・・・・(-_-;)





2000/10/25/WED
【グラン・ブルー】
この映画を初めてビデオで見る数年前のことです。
もう冬近い、ある晴れた日にわたしはイルカと海へ潜りました。

ハワイのある病院の治療法で、自閉症の子供を、プールでイルカと遊ばせている光景をテレビで見ました。イルカに癒されるわけを、本能では感じ取っていましたが、実際に確かめてみたくて・・・
というか、多分わたし自身が病んでいたのでしょうね。(自閉症ではありませんが)

その日は7頭のイルカがいました。はしゃいでわたしの上を何度もジャンプしていたけれど、あれって体に当たったら相当の衝撃なんです。(骨折します)
浅瀬にいるときに、若いイルカがふざけて、わたしのおしりを尾っぽでたたいた時なんて、そのまま前にバシャーンっと倒れたくらい・・・(−_−;)
口を開けながら突進して来たときには要注意!どんなに小さなイルカでも、歯はサメなみなのでかまれたら10数針も縫うことになります。
むこうはふざけているつもりでも、こちらはけっこう命がけです・・・(^_^;)

水の中に潜ると彼らの放つ電波が聞こえてきます。
水が濁っていてどこに居るのか見えなくても、その電波を聞いていればわかるんです。
『ブブブブブブ・・・・・』という連続音で、近くに来れば来るほどその音が低くなります。
『あ!近くにいる!』と思うと、すぐ下を通りすぎたり、横を泳いでいたり・・・。
スクリュウしながら海底へ潜ってゆくと、どこからともなくあらわれた2頭のイルカが両脇にぴったりとくっついて、同じようにくるくると回転しながら潜ってゆきました。
陸と海、別々の世界に住んでいるわたしたちが、ひとつになって、無心で遊んでるなんて・・・
そして、この海を共有しているなんて・・・・!!
感動なんて言葉、ちっぽけすぎて,頭でばっかり考えてる自分がばかばかしくなって。
そう・・・忘れてた、もっと大きな『なにか』を本能が感じました。

浅瀬でわたしをたたいたイルカが、突然泳ぐのをやめて、ゆっくりと体を横にしました。
なにをするのかと思ったら、片目でじいーっとわたしを見ているんです。
水面にでてきたばかりの、まだ海水が流れ落ちている大きな瞳で。
『 なんてやさしい目をしてるの・・・ 』
とても優しくて、無垢で、汚れてなくて、すべてを許したその瞳に、わたしは涙が止まらなくなって、声をあげて泣いてしまいました。
まわりを泳ぎながら、何度も止まっては、じっと見つめる彼に、通じたかわからないけれど、一生懸命わたしは心からの電波を送りました。

映画の中で、ジャックがジョアンナに言います 『君はイルカに似てる』と。(たしかに顔が似てる(^_^;))
でも、本当にイルカのような眼差しを持っているのは、ジャックの方です。
彼の瞳は少年のように澄んでいて、いつも果てしない遠くを見つめている。だから、ジョアンナは一緒に居ても常に不安だった・・・・。ジャックのような瞳を持った人に1度だけ会ったことがあります。
仕事で撮影に出ると数ヶ月帰ってこないような人。それも人が入ったことのない場所だったりするの。
彼の瞳にわたしが映っているときでさえ、わたしは常に不安でした。でも反面で、彼と居るととても癒された・・・。それはあの日に感じた安堵感に似ていました。
その後彼は、ジャックがジョアンナよりも、深海を選んだように、仕事(冒険)を選び、わたしの元から
去ってゆきました。

イルカに癒されるわけを、言葉で綴ろうとするのはナンセンスです。あれは実際に会わないとわからない。
だけどひとつ思うことは、彼らの社会では人間みたいに奪い合ったり憎しみ合ったりすることはなくて、自然に沿って生きているから・・・かな。人がなにかに癒されるときって、きっと自分たちの本来の生き方を
かい間見るときなのではないでしょうか?





2000/10/16/MON
【sanctuary】
わたしはローソクが大好きです(へんなイミじゃありませんよお・・・)
小さい頃から、部屋を真っ暗にして じいーっと炎を見つめているのが好きでした

大きくなって、仕事をするようになってからも 昔とかわらずに、じいーっと炎を見つめています ただし・・・そこに、音楽とお酒が加わりましたが・・・。
ローソクを灯して、大好きなCDをかけて、お酒を飲む・・・
そんなとき、わたしの心は、もうそこにはなくて どこかの遠い異国の地をさまよっています。

その異国の地は、いつも必ずセピア色で わたし以外は、誰も、何も動いていないんです。でも不思議と淋しくない・・・・・。
そんな果てのない世界へ わたしを導いてくれるCDのひとつに
Pat Metheny(& Charlie Haden)の『beyond the Missouri Sky』 があります
ギターの弦の響きが、炎の揺れと重なって わたしの心の弦を揺らし 感性のひだの奥の奥まで染みこんでゆきます・・・(染みこみすぎて、よく泣いています (;_;))
ローソクの炎も 彼らのギターの響きも わたしにとっては『魂を遊ばせる世界』への扉なんです
共通点があるとすれば どちらも心臓の鼓動の間を埋めてくれる 何にもしばられていない『波』何にもしばられていない『波』のよう・・・だからかな・・・
果てのない 形のないものに人が惹かれるのは多分、自分でも気づいていない領域が 心の中にあるから

その領域を満たす手段を わたし達は忘れている・・・・
幼い頃はきっと 当然のようにできたことでも・・・・





2000/10/12/THU
【キンモクセイ】
そろそろお風呂でもためようかな?と思っていたら、この暑さ・・・これは『残暑』と呼んでも良いのでしょうか??
今年もまた、キンモクセイが小さいなオレンジの花をつけました。
いつ咲くのかなんて、全く気にしてないけれど、ある朝目覚めると、閉めた雨戸の隙間から、あの甘くて独特な香りが漂ってくるんです・・・・。
それで、『ああ、今年も咲いたんだあ・・・』と布団の中で微笑んで、妙に幸せを感じたりして・・・。
でも、今考えてみると キンモクセイが どの季節に咲く花なのかっていう認識がないんです。
たとえば、朝顔やひまわりは夏で コスモスは秋ってイメージあるでしょう?

それがなぜなのか 今初めてわかりました。
それはいつも、この時期は 暑くなったり涼しくなったりして 気温が定まらないから!
人は『視覚』・『聴覚』・『嗅覚』・『味覚』の4つを持っていますが この中で、一番に記憶に残るのは、『嗅覚』だそうです。
わたし個人としては、この他に『そのときの気温』も入ると思うんです。

夏の間は冬の寒さを思い出せないでしょ?
だけど 初秋の風に吹かれたりすると、ふと いつかの秋の記憶が蘇って切なくなったり もう会えない誰かに会いたくなったり・・・・・したことありませんか?
そういうわけで、わたしの場合『細胞』が覚えているので 年に4回は、必ず『切なさ』をかみしめております。
あ、でも 昔つき合ってた人と 同じコロンの香りにも しょっちゅう振りかえってるから やっぱり一番は『嗅覚』なんだな・・・・うん。