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写真愛好家、色彩フェチ、カフェ好き、音楽好き、オシャレ好きのMIKAさん。
コラム+PHOTOページをお願しました。さて、今回の話題は? |
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PROFILE
NAME:ミカ
年 齢:25歳
血液型:A型
星 座:双子座
出身地:香 川
好きなもの:色・写真・自由な発想・オレンジ色・カフェ・コーヒー・行動力・カタカナ・Guitar・imagenation・walk
about・shopping・cafe・Green・drinking・happiness・Color of life・clear・my friends・toys・PUNK・ROCK・空想・冒険・行動力・新鮮・健康体・トリップ・小旅行・笑顔・トウキョウ・たまにヒトリ
嫌いなもの:炭水化物・嘘虚栄・色無き世界・挙動・必要以上の寂しさ
たまの後のずっとヒトリ・迷い・傷・高い所・中途半端な距離・窮屈さ・ナイフのようなココロ・撮り終えたフィルムロール・論理ばかりの世の中・少しの世知辛さ・終わりというコトバ
好きな場所:日本・トウキョウの下町・ファインダー越しの世界
趣 味:写真・カメラもってウロウロすること・服探し・カフェでまったり・文章をめぐらす・お買い物・
■ご意見ご感想はMIKAまで
■MIKAさんのサイト:orange bambi
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2002/12/30/MON
-12月のテーマ『私の今年の3大ニュース』-
[色彩テロリスト]
コンニチワ
暫し、お休みさせていただいていた形ですが、
久々にコラムを書かせていただきます。
来年からもよろしくおねがいします。
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2002年のアタシ
考えてみると 「今年こそは、平穏無事な1年にしよう」
確かそう思って、1年の最初を迎えたような記憶がある。
2001年はこっぴどく心身ともにやられた1年であった為
自分のメインHPでも、「総括」っていう形で振り返って文字に
してみたら、そうとうな1年だったなあという事が顕著だった。
年末になって色んなコトを思い返してみると、ふと今日の窓の外を眺めてしまった。
確か、今年の初めも、この場所で、暖かい陽だまりに身を呈して
コラムを書いていたのかもしれない。
そんなありえないほど、暖かい冬のオレンジ。
私の3大ニュースといえば
■其の1「東京へ転勤となる」
はっきり言ってかなりの衝撃を受けた
東京へ住まう事を夢見ていたアタシにとって、悪い話では無いが、
あまりの急展開に真っ白になった出来事だった
初詣の日、友達に「願い事をするなら、世界平和を祈ってから
自分の願いを言えば叶うよ」といわれ、素直に「ホイホーイ」
と手を合わせた一ヵ月後には、部長からの内示を言い渡された。
切なくもあり、そして飛躍的な予感がした瞬間だ。
■其の2「恋愛模様に1人アップダウン」
今年もいろんなことがあった
他人事で言えば、皆様々な形で幸せになっていった中私は、
4度目になる(ある意味恒例化しつつある)遠距離恋愛に終止符をうつことになる。
4度目になると、ある意味慣れているのだが、今回は痛かった。
別れを経験するという事が、今回に限っては「一人暮らし+見知らぬ土地での生活」
という最悪の状況下であった為、
かなりの量の出血があったかのような濁った赤色の日々を送る。
その後も低迷を続けるが、写真がアタシを救ってくれた。
いつの日もアタシを色づけてくれるきっかけは
色の為にシャッターを切る「写真」である事に改めて気づいた。
笑顔が薄桃色に染まるようになったのは、貴方のおかげです そう言いたい。
アリガトウ。
■其の3「白い世界 衝撃の緊急入院」
幼少時に病院で過ごした日々を何となく覚えている。
少しクリーム色がかったカーテンに囲まれた生活。
それが入院というもの。
それくらいの記憶でしかない。
その入院という現実が私に降りかかって来たのである。
12月、年末商戦を前にして、転勤後営業職となった私は、あまりの激務に倒れた。
勿論、自分で自分の身にこのような一大事が起こってることなど全く気付く事も無かったのだが。
只、42度という有り得ない高熱と震えに見舞われ、
グロッキーなアタシが病院に行った時に、「緊急入院」の4文字を突きつけられる。
この入院により、1ヶ月という社会人にとっては、有り得ない長期休暇を貰えた為、
ある意味リフレッシュ期間として年末を過ごせたが、本当に死ぬかと思った。
生きてて良かったって思う。
全ては写真をやっているからかもしれないけれども、私にとっての2002年はやはり、
色に囲まれていたと思う。
2003年からもきっと色を見つけてはシャッターを切るように、私は色づいていくのだとおもう。
ただ、きっと来年は予感的に、幸せ色にみんなの事を染めて、私も染まる気がする。
視覚と、情感に響く1年になる。きっとそうだ。
皆さんの来年の3大ニュースも、暖かい色に染まりますように。

2002/6/27/THU
[小さい頃から雨は嫌い]
小さい頃から雨は大嫌い
私の記憶で雨といえば、梅雨のじめじめしたあの日の嫌な思い出…。
今でも私のトラウマのひとつである。
小さかった私は田舎に住んでいて、遊ぶと言えば外でかけずりまわる
女の子ならお人形遊びを愛でる頃、小動物、生物を手づかみにし、泥まみれの日々。
梅雨時期になると、雨の匂いが立ち込める田舎。そんな田舎で衝撃の出来事は起こった
夕方、私はいつもどおり近所の男の子と遊んでいた。
梅雨の小雨の中、カエルを一時間にどちらが多く捕まえられるか??
というゲームを実施していた。
今から思えば、そんな簡単にカエルがどんどん捕まえられる環境に私は住んでいた。
カエルバトルを進めるにつれ、白熱してきて最後の方には、カエルの投げ合いになった。
妙な形で飛んでくるカエル足を見つめながら、余裕だった私だったが、
次の瞬間事件は起こった。
カエルしか飛んで来ないとタカをくくっていたのだが、なんと飛んできたのは、
梅雨時に多数発生する生物。
あの変な形且つ、グラデーションンがかった肉体。地球上の生物と認めがたい無脊椎動物。
その生き物が見事に私の頬にヒットしたのだ。
正確に言えば、ダーツの真中にあたったという感じ。
今でもあの感触が忘れられず、梅雨になるとビクビクして暮らしている。。
人は言う、「走ってもこないし、羽が生えているわけでもないので飛んで来ないやん」
でも、金縛りに遭うくらい、私にとっては脅威の生き物と化してしまった。。
アジサイには必須の生き物
皆さんは、分かるだろうか?

2002/5/8/WED
「おっさん」と「おっちゃん」の微妙な関係
「女的な仕草がたまらない」
男性が発するこの種の言葉を耳にすると、
一応女であるアタシは気にするべきなんでしょうが…。
性別は選択の余地が無いけど、アタシは女として生まれて、
他人に「女」として扱ってもらってきたような気がする。
気がするという言葉を使った理由というのが、なんとなくではなくて意図的です。
今まで人並みな長さを生きてきて、性別を意識して生活をスタートさせてから今まで
異性の目にどう映ってるのかな?なんてこと考えた期間は、とりわけ短いような気がする。
それに付け加えてアタシの内面構成は「男的な部分」が占める割合が高いと思う。
自覚症状は当たり前のように作動しっぱなしで
付き合ってきた男性陣、友達にはかならずそう言われる。
正しく言えば、アタシの場合は「おっちゃん」らしい
「おっちゃん」っていわれて、
別に嫌な気がしなかったのはきっと本当にアタシの中で
免疫的な「おっちゃん」が息づいているからだろうなあ
アタシのことを「おっちゃん」と称した人たちは、
とりあえず女であるアタシに気遣ってるような対応をする
『「おっちゃん」と言っても、その辺に居る「おっさん」でもなく、
「おやじ」ではないんでレベル的には女性寄りだよ』
この下り、微妙。
別にねえ、おっちゃんって呼ぶならそのまま流して
最後までおっちゃんとして扱ってくれってえのなんてこと頭の中に巡らせながら、
男性人と戯れる
そしてアタシは改めて思う。
生活の中でのアタシの些細な言動 確かにおっちゃんだわ
でも、きっとそんなおっちゃんなアタシがたまに見せる女性的な面に
男はやられちゃったりしてるんだろうか??
「おっちゃん論」はとどまるところ無く広がる楽しい理論だわ
毎日の中で、おっちゃんって言われるたびに色々考察する
有る日のこと
アタシ自身、おっちゃんと言われるコト自体、
気にはしてないと認識している毎日の中で彼氏がアタシに。
「ミカはおっちゃんじゃないよ。」
意外な言葉。やっぱりね。わかってくれてるじゃないの。
まあ、女として扱ってくれて気遣ってくれて。嬉しいねえ
つかの間のアタシの微笑みを眺めてた彼がさっくりと言葉を投げてきた。
「ミカはさあ、ちっちゃいおっちゃんが中にすんでるんだよ」
的確な判断アリガトウ。
そんなこんなでアタシは今日もおっちゃんらしく生きております。

2002/4/5/FRI
[マーブルな出会い感]
出会いといえば、新しい季節をたとえる代名詞のようなもの
新たな始まりに花を添える、期待を含んだ未来進行形
そう捉える人が多いと思う。
私にとっての出会いとは、水の流れのよう。
日々精進する僧侶のように無の境地にあるものかも知れない
私が出会ってきた人たちは 今まで数知れず
日々の生活に埋もれて 忘れ去られる「キャラクター薄」の人から
一瞬の私の視界を奪ったカットで、何時までも忘れられない
「脳裏焼きつきタイプ」まで様々だが
私はどうやら 変わった人たちに出会う運命の元に生まれてきているみたい。
幼少の頃からだけど、顕著に表れ始めたのは確か小学校低学年の虚弱体質だった頃
高熱で、何度か入退院を繰り返していた。
入院ということが理解できない時期で、一人病室で過ごす日々が続いた
窓の外の喧騒がうらやましく思え、毎日の人間ウォッチングが日課となっていた
目に付くのは、変わった人だった。
入院生活の中で、毎日チェックを重ねた
人間行動学者になれるんじゃないかと思うほど、
人と窓の向こうの世界との出会いを見ては、分析する日々を楽しんだ。
有る日、高熱でうなされた日が有った。
夜中 看護婦さんとお医者さんの幻覚が見えた。
それからだ
アタシが変な人に会うようになったのは…
なんてドラマや漫画の世界のようなきっかけではないが
色んな種類の人と毎日すれ違い、その中で自分に影響を与えるような
「脳裏焼きつきタイプ」の人間を見出す力が身についた
のはやっぱり時間の余裕が与えてくれた天性なのだろう。
何気ない、交差点での人間と人間の空気の隙間が近づく瞬間
それを捉えるためには自らの頭にも隙間を設けないといけないなあと思う
出会い感覚に対して、ふと感じた不思議感覚。
昨日電車で出会った中年女性
ずっと左手の指を揃えて、おでこを連打していた
これもアタシにとっては、「出会い」だろうと感じた
一体、彼女は何を思い そうしてたんでしょうか?
電車内は、彼女に注がれる目線で溢れた
アタシには、暖かい空気の流れが見えたように感じた
彼女の影響力は凄い
おでこを指ではじくような音は 20分以上続く…
ほら、彼女も「キャラクター薄」の中でマーブルを描く「脳裏焼きつきタイプ」だ。
出会いには 多種多様な意味がこめられていることを再認識させられた
春の昼下がりの出来事。

2002/3/12/TUE
[3,5歳の夢感覚]
「夢は 夜寝ている時にみるものでしょ」
仲の良い女友達が、ある時発した言葉にアタシは過剰反応した。
夢ってなんだろうな。。。
小さい頃は、自分の行動範囲が全世界だった
3歳位から小学校にあがるまでは、家族、親類、遊び友達
世界人口という概念もないため 世界人口約30名ほどで 生活をしていた。
芸能人と同じ苗字のうちの前を通るときは 息を潜めて歩いた
「もし、ここで偶然出てきて、鉢合わせしたらどうしよう?」
何時もそう思って 通学路途中にある大きな門構えの家を興味心身に見つめていた。
庭の植え込みに水遣りをしたり、掃除をしている年配の女の人をみて
「お手伝いさんかあ、芸能人=アイドルはすごいよなあ」
などと、かなりの勘違い度で 見つめていた。
人に聞けば一目瞭然だったのだが、最高の秘密をつかんだようで、
他人には絶対に教えたくは無かった。
一人でその家の中を想像してみたり
「きっと 家の中にはブランコがあって、クリスマスのときみたいな暖炉があって、
シャンデリアがぶら下がっているんだ」
小さな頃の、お金持ちの胆略的なイメージを全て網羅した世界に浸っているのが
子供心に最高だった
大人と呼ばれる年齢になって、世界観は確かに広がったと思う。
色々な人に出会って、色々経験もした
とんでもないような勘違いが出来ていた あの幼少の頃を思い出すと感じる
夢とは勘違いをも色づけ、快楽を与えてくれるもの
夢を期待に結び付けたり 次に控えるさまざまな経験の波に備えて想像する力は、
子供の頃の方が確かに強力だったな。
ちなみにアタシが表札をみて ドキドキしていた苗字は
「河合」
誰だかわかります?
同世代の方だったらわかるでしょう。

2002/3/8/FRI
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[赤色 5度3分]
自分が生きてきて、この話を友達とかにすると「ミカってどうしてそんなに変な経験ばかりしてるの?」この言葉がオウム返しのように 返ってくるのです
きっとここでこのコラムを載せた瞬間 一体何人の人が 同じ反応をするんでしょうか?
楽しみにしつつ お話をスタートさせます
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あれは、去年の冬のこと
クリスマス前の、12月初旬
伸びきった パーマとれかけ、
カラー落ちまくりの髪で耐え忍んでた日々にもいい加減限界がやってきていた
その頃は丁度、会社帰りに
仲良くなりたての癒し系の店員さんが居るショップに入り浸っていた時期だった
残業続きだったり、嫌なことや寂しくなると必ず癒し色に包まれに出向いていた
あの日もそうだった
ふらっといつものように ジャズテイストな音楽が流れる店内に
帽子を被った いつもの影を探す
少し挙動不審な彼の動きに すぐさまアタシの探知機は作動した
そんな 彼をみつけた瞬間に 向こうから近づいてきた
そして間髪入れぬ間も無く言葉を発した
「ミカチャン 髪の毛伸びたよね 切らないの?」
こう言ったのだと思っていたが
よくよく聞くと
「ミカチャン 髪の毛伸びてるから 切ってあげるよ」
え?
切ってくれるって?
今まで何度かカットモデルをしたことはあるし
実際自分が人の髪も切ったことが有るので 実際問題そんなに抵抗無く言葉が浸透した
ちょっと美容院いこうかな?っておもってたところ
色々話したいこともあるし
ちょっとだけだけど、彼のこと気になってたし
色々もっと親密に成れる チャンスを含んでるイベントに感じたし
生まれつきじゃないけど 物心ついた頃から容量は良い方だったので
一瞬のうちで 頭の中で相関図と これからの未来設計図が広がった
其処までかかった時間 約17秒
「あわゆくば…」
なんて事までは 展開はされず
その辺は節度有る女で良かったと改めて思ったりするところまで 約35秒
彼に
「切ってくれるの?じゃあ お願いしようかな?」
そして カットの日を予定に決めた
彼の仕事が終わる時間と アタシの予定を考慮して決めたカットの日がやってきた
待ち合わせは、街の中心部に位置する 中央公園エントランス
赤い 小チャリと共に 彼がやってきた
いつもながらの帽子姿に、今日はメガネがプラスされていて
メガネフェチな アタシの心を余計にくすぐった
12月の冷たい風が身にしみたけど
妙なドキドキ感に リズム感を乗せて 彼と何をはなそうとか
そればかり考えてた
さてと いきますか?
心でそう思った瞬間。
「じゃあ、行こう」
彼が口を開く。はあい。いきますよ
どこに向かうんだろう? と、公園の中を歩く
走り寄り 28,9歳くらいのOL風の女性が中年男性に抱きつく
ベンチで 二人の距離を縮めて 待ち望んでいた時間を満喫し
ているようだった
--きっと不倫なんだろうなあ。。
目のやり場にこまりつつ 歩みをすすめると
彼が足を止めた
な、なに?なに?
尋常じゃない 感覚に戸惑うアタシ
「じゃあここで」
彼が指差したのは、ちょっとステージのようになったところに
ある 街灯に照らされた石造りのベンチだった
そのベンチは まさに、不倫カップルの真向かいに位置するところにあった
「え?ここできるの?」
不安になりつつ 問いただしたアタシの顔を見る彼は、いつもの癒し系の笑顔だった
皆さんは初めての経験とかしたときの 感情をおぼえてますか?
私は 不倫カップルの 秘密の情事を特等席観覧しつつ
小高いステージの上で街灯のスポットライトを浴び
似非カットモデルとなったときの感情は 一生忘れませんね
「ミカチャンを 顧客リストへ追加したし カルテは頭に入ったからね」
赤い小チャリが こっちをみていた
彼はいつもの マイペースな 癒しの動きで
「かわいくなったね」
ハサミをカバンに戻した
12月の 空っ風に アタシは魂を抜かれつつ
軽くなった新しい髪型を鏡でみる度に
冬空には対照的な赤色した 温度差を感じる
出来ない経験は選んでもするべきだな
2001年の締めの 大切な教訓です。

2002/2/14/THU
[ヒカリの 隙間感覚]
生きる土地を 定めるということが どんなに難しいことでしょうか?
色なき世界に身を置くということが どんなに切ないことでしょうか?
気づいた時間に 時計を合わせて 一生其処から呪縛されて
生きなければならないという 宿命じみた感覚に 躍らされては駄目になる
シャッターを切る音が 耳に残って 何時しか眠れなくなったりして
月明かりより 部屋の人工灯に依存する人の流れに魅了されたりで
転勤という事態に直面した アタシ的冥利
異動って言うやつは どんなときにでも唐突で
その音色に一瞬だけ 興奮状態に陥り
トリップしてしまった
何処まで続くか想像も出来ない 道の凸凹感を
試しに 足の指先の爪で刺してみたりして
破裂せんばかりの 心の挙動を 必死で包み隠したりで
いつも目線を落としていた 端末の白い画面とも もう会えない
異動のマトリックスとの佳境状態に 理解しようとしない クリーム色な今日のアタシ
2002年 如月 真っ只中
地元では珍しいグレイがかった雪も 見ることができた
きっと全てが転機にさしかかっているのだろう
新境地が何処になるか解らないのも またオツなことかもしれない
人生はプラス思考に限る
オレンジ色が増えてきた世の中の流れに乗せよう
テレビのスイッチに触れる日が増えるでしょう
一人の時間が 有意義にでも 退屈にも感じることができるでしょう
電車内の尋常じゃない空気に 嫌気もさす事でしょう
言葉数が確実に減る分、寂しさ指数も うなぎ上りでしょう
そんなある意味画期的な程の「」
現状とは違った色彩感覚を発揮できる環境に
一人では無いという形の鍵盤を
指先でそっと触りながら
転勤という 事実と向き合う日々なのです

2002/2/7/THU
[パレット]
世の中はバレンタインという音に包まれている模様
去年まで、随分長い間 そういう響きからは遠退いている歩みを進めていたアタシ
2/14は 普通の日常が少し煌きの色を放つとき
透き通った 空気感に惰性を振り払って
街の灯りを眺めては ウットリするときなのかもしれない
チョコレート
大好きだった時代があった
小さい頃は バレンタインはチョコの日だと思っていた
母親から 一生分に値する程のチョコを貰って
はしゃぐ一年に一度のクリスマス並みの狂喜に
ビターブラウンな濃霧注意報に子供ながらに我を忘れていたなあ
バレンタイン
アメリカへ居た頃は バレンタインの意味合いが違っていた
バレンタイン当日
学校に行くと 見知らぬ人や 先生からチョコが手渡される
教室につく頃までには 虫歯になるくらいの量が手のひらで踊る
大切な友達や家族の愛情を 再確認する日
それがアメリカ式バレンタインなんだなと 10代だったアタシは辞書に記した
「バレンタイン商戦が、今年も各デパートで始まりました」
ニュースで響く空しい文字列
日本式 愛情成就大作戦
ピンク色に染めれば 人は舞い上がり
チョコレートの甘さで 心を虜に出来ると目論む
非情な相関図が 商業界では 見え隠れしているんだろうな
今年2月14日
アタシにとって久々にバレンタインが身近になったみたいです
でもチョコレートとは 兎にも角にも年がら年中お世話になっておりますので
一味違った一日にするつもり
写真で綴る バレンタイン色とは アタシ的には何色に染めれるんだろうか?
東京に移住が決まって
必然的に 離れ離れになってしまうっていう
寂しく切ない事態に 向かい合ってみると
色彩感覚が 異常なまでに強化される
甘い波で繋ぎ止めておく 気持ちの形状に 目を開くのではなく
ジャンプしても 届かない場所に身を置くという事実に直面できるよう
デジタル時計が 1分先に変化する瞬間を
一緒に見つめれる 気持ちの余裕を作成する
1日 24時間パレットに自らを溶かせるバレンタインにします

2002/1/31/THU
[カメラ色 生活感覚]
イメージが先行している人は ギャップ感に悩んでる
理解者というのは中々出てこないし
理解してもらいたい種類の人というのは、数少ないだろう
人に頼りにされたり 近くに居ようとか
近くで見ててほしい
その人だけに 明かせる 真実の色・形に
興じられる事が 本当の幸せ感なのかもしれない
イメージは大切だ
イメージが仕事の人も居るし
イメージを介して 仕事としている人もいる
イメージを追い求めて 享楽感覚を演出しているひともいる
人間が生きていって 言葉を発して
目を通して フィルターをかけて
人と接して 色をつけて
たまに シャッターを切ったり
フィルムを入れ替えたり
生活はカメラと似ている
フィルムロール一本分では足りないと思えば きっと何本も入れ替え
繋がっている空間色を 表現者になって
魅せていくんだろうし
行き詰まったら カメラを手にせず
ファインダーがぼやけたままで
世界が曇りの 渦に巻かれたように
涙のソフトフィルターばかりの 印画紙にうつらない
心内を独りで詰め込むのだろう
繋がりばかりを追い求めて 自分を見失うと
冬の視界に入らない 土色にしかみえない 稜線に巻き込まれる
季節が 如何に順当に過ぎ去ろうとも
足先を春の方向に常に向けようと 意図的なジャズ感に乗せる
如月 冬の空気が澄み渡る 切り裂かれるような冷たさの中に
離れられない 気持ちを満たして
闇夜の 似非的な温度との区別をつけるべく
幸せという 方角に向かう 自らの愛しさを譲渡したい

2002/1/30/WED
[色彩キッチン]
色が蔓延している世の中です
切なさが 繋がりを魅せる 世の中であって欲しいです
欲求のみで進める轍を見つめて 歩みを斜めに進めて
今のアタシが形成過程に認められた瞬間
弱々しい 本当の自己が見え隠れしてます
転勤が決まってからの日々は 惜しいほどに楽しいのです
2001年 丁度今頃のアタシは何をしていたでしょうか?
2001年壱月 冬本番
雪模様も薄れる 香川県で それなりの日々を過ごす
会社への往復に 副食的な 期間限定の恋をしていたことになる
2月になって 実質上 あと一月の儚い 現に見とれて
まだ見ぬ 怒涛のアンビバレンスなんて 頭の中に全く表示されず
総括で書き記した 自分自身で見ても もう二度と体験できないほどの
不幸とは言い難い 表現出来切れない 色彩の迷路に嵌ってた
自分自身は
知り得なかった筈
こんな 今現在の オレンジと白の狭間にたたずむアタシがいる事を。
2002年 1月29日のアタシが こんなに切ない方向でブルースを口ずさむ
2002年 1月17日 オレンジ色のアタシが 白い 丸い 柔らかいスプーンに出会う
暖められたお皿には 白いドットのようなスプーンが必要で
スプーンは きっと領域を定めない 不安定なお皿に寄り添う
大切さを知っていたんだ
大好きな赤いイチゴを 定間隔ではない距離感で並べるために
スプーンとお皿は形成されて
それを見据える 色彩のブルースを 切り替え
赤い 東京タワーに似た 複雑な建築方式が見出した
広い 殺伐とした大地に フレーム感を与え
新天地を クリアブラウンで光を放ち
ガラス玉に 置き換えた アタシの目で見つめて行く
そうして 二人は出会ったのです
此処でこうして 書体に反映させることで
忘れぬよう 今日の青空が映った 水溜りの奥に刻んでおこう
音楽が 流れない 生活にならぬように
キッチンでの プレートとスプーンが 微妙なる関係で暮らす様を
アタシが記録しないとね

2002/1/29/TUE
[分岐点]
切なさを京都で アイスキャラメルラテに溶かす
ベージュに近い コーヒー色を マーブルに魅了させてみたり
週末 HPを作ってから知り合った 写真繋がりの友達に会いに京都に足を運ぶ
そこで感じた切なさと 事実の狭間での 自らの 弱さと強さのコントラスト
人間が介すると 伝わるのは言葉を投げかける行為があってこそ
言葉は大切だなって思いました
いろんな人たちとの出会いがあって
貴重な 人との交流
果てない 可能性と 色彩空間を 未曾有に広げる時間のマーブル感を
程なく 満喫できる時空
今のアタシの状況を 忘れさせてくれるようで
また 励ましてくれるようで
繋がりを 強く感じていることで アタシという存在が
ちっぽけで儚いだけの 単色でなかったってことが解った1月末
雨模様の京都タワーを見つめ
白とオレンジの 競合を身に染み渡せて
進むべき方向以外に 方向転換しないで生きれる方法をみいだそうとしてました
それが切ない日々への入り口なのをわかっていても避けれないことなのですね
前向きな色って何色でしょうか?
憧れ色って どんな色に変わり得るのでしょうか?
アタシは トウキョウという憧れの場所へ移住すると言い始めたのが
確か 去年の4月末
HPの世界観を何も感じてない 見ても存在もしてない時期だったかな?
年末に総括と題して 振り返った2001年
今のアタシは幸せだよ
切ない音響効果が響かない 半透明よりも 1オクターブだけ遠い世界冥利
香川県っていうものが 好きになりかけていた出来事
二つの色が重なった時間を 白く丸いドットが覆っている
多重な感覚を 共有してて
目を見据える 見つめる 行為で以ってして 生きていた時間招待へ
トウキョウへ ワタシ 移住します
正しくは 転勤となりました
切なさ 壊れる 江戸切子の 青碧の曲面に見せられ
マイペースで行こうね
一言が 心に染み渡る享楽会館
トウキョウという場所へ 事実上身を置くことになりましたのでご報告まで。
東京にお住まいの方
ぜひなかよくしましょう
色彩パレットを持っていきます
嗚呼
それにしても切ないぞ
切ない
切なさを プラス思考に 乗せれれば いいのにな。

2002/1/17/THU
[雨粒の裏側]
人の勘違いとは切なく響く
私の友達はいつも彼氏の文句ばかり言っている
付き合ってまだ半月程
普通ならラブラブ期間中続行 他人も羨む笑顔を放つとき
でも彼女は違っている
口を開けば 「ムカツク」だの
アタシからしたら「じゃあ一緒にいなきゃ良いのに」の一言に尽きる
逆説論に美学を覚える人がいる
彼女はきっとそういうタイプの子なんだと言い聞かせていた
多分 私たちの前ではああ言っていても
彼氏の前では可愛いことを言うんだろうなと。
然し、昨日事実を知ることとなり
其れは まあアタシの予想の範疇であった訳だから
「やっぱりね」で終わったけど…
其れは彼女にとっては衝撃でしょう
知っているのか知らずかは、アタシには霧中の音
彼女から急なお願いで 彼氏の学校の友達が留学するので是非私の話が聞きたいので
時間を設けてくれとの依頼があった
快く承諾したのだが
ここからが、切ない物語のスタート
切なくないかもしれない 当たり前の結末が スタート地点で見えていたアタシ
彼女が彼氏に電話をして、急に
「じゃあちょっと変わるね」
携帯を手渡される
まったく知らない彼女の彼と言葉を交わす
「友達と変わります」
留学に行く彼の友達と交代
話はこうだ
会って話したいけどなんせ初対面だし、其の子とその友達(私の友達の彼氏)
そしてアタシとアタシの友達4人で会うのがいいでしょう
妥当で適切な判断だな
そう感じたが
まてよ…
アタシの友達?
誰のこと??
それで
俺のトモダチ
???
この表現 適切か?
まあ 敢えて触れず 待ち合わせの約束だけして電話を切る
「待ち合わせの場所までいって、その人と会うまでついていった方がいいよね」
アタシの友達は、気を遣ってくれた
其れで待ち合わせをして、留学に行く彼に会う
其処で彼女はじゃあね と帰ると思ったら
おもむろに彼氏に電話をする
「ねえ、一緒にいってもいいん?」
え?
アタシと留学いく彼は困り果てる
電話を切り笑顔で
「乗ってもいいですか? 良いですよね?」
半ば強引に車に乗り込んだ
早く終わらせて帰りたいアタシの気持ちはそっちのけ
留学話を聞きたい彼の希望もそっちのけ
彼女は戦闘体制
彼のことを聞きたいんだろうなあという女心を汲み取って
アタシは彼女を受け入れた
「友達とこの後ご飯にいくまでの時間車を走らせてよ とりあえず」
「男は経済力と 車のよさが必要だ」
雲の上を眺めるような 嘲笑のエールしか送れない発言を多々繰り返す
女のマイナス要素をここまで見せ付けなくても…
筒抜けの彼の男友達に…
ちょっと歯止めを掛けたいアタシの忠告の言葉も馬耳東風で
彼女の彼氏の友達の発言などを 総合すると
「彼女が彼氏だと思っているのは、ひとりよがり?」
という結論に至った
彼女の待ち合わせ時間がきて
しっかりと待ち合わせ場所にまで送っていってもらって
「じゃあね」
とニコっと微笑んで車から降りた彼女の背中
「女はこうじゃなくちゃね」
彼女なりのカッコイイ女性像を背負って 歩みを進めていた
悲しい哉 彼女の妄想は 妄想でしかない
事実を知っているのは 彼女の彼氏 もとい 彼女が彼氏だと
思っている彼
そして其の友達 プラス アタシ
つまり彼女以外の人間の9割型が 将来的には気づくもしくは
すでに気づいている事実
そして 日増しに我侭と強がりを右上がりにする彼女を見つめてアタシは思う
「人の勘違いとは切なく響く」

2002/1/11/FRI
[アタシの自由空間=会社]
仕事時間は瞑想時間
色のない部屋を如何に 彩り豊かにするかがアタシの日々のテーマ
音楽なんて 雑音にしか聞こえないところを
中間色のフィルターをかけることで
何かしらのリズムにのせれる事に入社2年目にして気付く
会議中も お気に入りの鳥の絵を書いたり
表や図式で、マトリックスの展開説明を受けても
アタシには、トリの絵の中に図を埋め込み
クチバシには必ずクローバーを添える
四葉ではない 希望を託した三つ葉のクローバーを密かに愛する
中間管理職者が 力なくとも権力というなの肩書きをおでこに煌かせてるのを
午後の、マーブルなひとときに 抹殺する
洗濯機の止まらない 単純旋回に目を回すこと無く
走りきる約7時間半の 業務時間について
満足している人はいったい何人いるのだろう?
などと 空想癖をめいっぱい発揮しても
普通の顔して 誰もアタシが仕事中にコラムを執筆してるなんて気づかせない
自分の1メーター四方のパーソナルスペースは アタシ色に染まりきってる
「おひさんにしにし」
課長補佐 アタシはひとつ賢くなったよ
初めてこの言葉の意味をしったのも、曖昧表現しかできない課長がいたから
駄目な子ほど可愛いという言葉は 子供と認識される時期までのフリーパスですよ
課長さん
意味なく「抽出」 「呼応数が切迫している」
などと、熟語や 横文字表現したところで アタシの色まで見えてない
見せないけどね っていうか見えるはずないよ
人が生きていくのは 要領というモーターどう活かすかってことだよ
25の小娘に理解出来まいと感じている顔して
もの伺いするトコロは まるで冬休みの小学校のジャングルジムのよう
上下 アップダウン
只 簸たすら 走りつづけてきたんだよ
社会人戦士として 戦ってきた人はひとめで解る
対照的な 典型的な 温泉につかったままのような エスカレーター症候群
此処に居る 理由なんて特に無いし
アタシがいなきゃいけない理由も特に無い
自身で選んで 其処に身を置くことが
切なく響く 音だったりするわけで
その音を聞き分けれるのは やっぱり自分自身
頭のココロで パレットを作って
浅い半円の中を指先で 混ぜてみる
今日のテーマは 明日の恋愛模様
個性が埋もれないように 何時までも音を奏でよう
虚栄な自らを演じることなく
瞬きを許される 場所は 薄れかかりつつある
前髪で描かれる ストライプをどう捉えるか
解らなくなったら 席をはずす
来年末には このストライプも揺れてる筈だ
これを次へのアタシ色を探す分岐点に
是非 この会社を仕切っているすべての眼球に突きつけたい
一体理解できる人が 何人いるかな?
白いシャツに 合っていない 細長い色をブラ下げた
即席 単色オールドファッションに
活を入れた 淡い光の中で 密やかに

2002/1/9/WED
[ウソ]
年始め いい一年になりますように。
呪文のように唱えられる 言葉の波に 自らを映すことを反響させたり
明けましてオメデトウゴザイマス
今年も1年コラムを通じていろいろな人と交流をさせていただきたいと思います
今年もヨロシクオネガイシマス
コラムで色を飛ばしあって交換 交流会です
年始めに 感じたことを書き留めておきたいという衝動に駆られた出来事
人の嘘というもの
「ついていい嘘とダメな嘘がある」
口々に 発せられる言葉ふしに 妙に居心地を悪く感じる
そもそも 人が嘘をつく瞬間というものは、意外に第三者にとれば見破れるもの
アタシはそう思う
ついていい嘘があるならばそれは「嘘」
ダメな嘘は「ウソ」だとアタシの人体辞書は、かく語りき…
この前 結婚してるのに 彼女が居るとかいう人に出会った
結婚ということは、人生に置いてそんなにベールで覆わなければ駄目な事項なのでしょうか?
そういう取り繕いのような言葉遊びに、惑わされる人だっている世の中
なんか微妙なラインであってアタシ的に言えば
「別に 結婚してるからって 何もかわらんやん」というだけ
其処で「ウソ」で軽くその場を 柔らかい トレーシングペーパーで包んだところで
アタシの目の温度で 焼ききって 燃えて
其の「ウソ」は、只の言い訳に変身するのですね
虚言が 切なく音をだすときは、「嘘」と呼べる状態なのかもしれない
つかなくていい時に 自己防衛で発する 「ウソ」に気づけない人だっているのに
ウソをつくことで 目の前に架けられた つり橋をコンクリートで固めようとするんだ
白い世界に 赤でバツをつけることが
存在感を軽くしてしまう事に気づいていない
酷くなると、2重のウソを以ってして、赤いバツをカバーできるなんて筈も無く
過剰な期待がウソを呼び起こす
起承転結的な ウソ発見列伝を書けそうな 不条理な世の中にならぬよう
嘘が ココロまで蝕まぬよう
アタシは 赤いバツを 密かにつけるのです

2001/12/20/THU
[ファインダー越しの空間表現]
久々にカメラを持って出かけたのが 昨日の会社の先輩の結婚式だった。
結婚式と言えば色とりどりの 色彩の饗宴だ
アタシの子供 Ariaが泣き出す
結婚式になると、即席カメラマンが急激に増加する。
今まで使わないでいたはずの、一眼レフを不慣れに持つフォーマルな集団
あの一瞬のめくるめく 幸せな出来事を、暗い照明の中で、
捉えることは かなり難しいなとおもう。
だから人は、きっと綺麗な瞬間を、「前写し」することで リザーブするのだろう
でも動きというか、生々しい生きた証としての記録的要素を強めようとすると、
披露宴写真は必要不可欠となる。
披露宴で シャッターチャンスなんてものは、いくらでもありそうだとおもう。
でも実際、披露宴会場で、照明、はたまた司会者に操作されるという制限がつきもの。
そんな中で、誰しもがシャッターチャンスと思う瞬間には、人が群がる
考えることは皆同じ
新郎新婦は、芸能人の記者会見並みの 人気振り。
もしかしたら一生で一度味わえるかどうかわからない 注目度かもしれない
それにプラスされて、結婚の喜びと言う無意識の演出付きである自然と
表情は未曾有の輝きを放つ
そこで、結婚式カメラマンとしての楽しみ方を考えてみたのが このワタクシです
いくつかパターンが有って、そこを楽しむのが似非カメラマン ミカ
@結婚式に来ている人たちのカメラマン振りを激写
Aそして みんなが花嫁を撮る為に瞬間を狙っている後ろ側から切り口を変えてみてみましょう
B人と人の隙間から覗く 人と人の間に自然に作られた縦長のファインダーを利用して撮影
Cそれから 高砂席の仲人さんの達成感を満ちた表情を狙う
D一生に一回の思い出をおさめるために、一眼レフ、デジカメを敢えてつかわず
目測撮影のLOMOをつかってみるのもオツかもしれない
アタシのAriaはこう語る
「ねえ、ファインダー通した世界さあ、アタシにも見せてよ」アナタの願望はよく解ります。
似非でもファインダーの中は カメラマンのアタシが操ってる優越感と 充実感の共演
結婚式で撮る写真は 非日常な空間
不慣れな手つきで撮った写真たちをAriaはどう思うのかな?
カメラ自身は被写体を選べない
選ぶのは色彩表現化なアタシだから

2001/12/10/MON
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[領域]
届く所に手を伸ばし、衝撃よりも安定感を求め始める
冬とはそう言う季節なのでしょうか?
目で見える範囲も、物理的に狭まる
厚着をして、マフラーをまとい、前に伸びる細い帯のみを目で辿ってる
最近刺激求めるわけでは無いけど 初めてしたことがある
其れは、アタシにとっては初めての事で
微妙なる振動が身体に伝わるような実感が有った |
冬も状態を進め、指先に力を漲らせないと力が抜ける12月初旬
夜の空は微妙なグレーと黒のマーブル
クリスマス色に飾られた木々を、無理やり友達化させ
時計の存在をなるべく忘れる努力をする
手にはいつも通りの黒いアタシのマジックスケール
「LOMO」を手にして、残り少ない微妙な緑色した枝の切れ間から覗くヒカリを追う
アタシの愛車「tomos」はモペット
モペットとは、お手軽バイクのコト
エンジンを切れば自転車、またキックをしご機嫌伺いをすればバイクに変化
そのtomosのスタンドを立て、ペダルを必要以上に漕ぎつつ未だ来ぬ温度を待つ
公園は 人間らしい存在の集結の場所だと思う
その日も沢山のストーリを 奏でる音を聴いた
アタシはその中で 周りも気にせず只々謳歌いに興じる
待ちきれなくなり、謳歌いから転職
公園の中をモペットを自転車にし、走る
走るピンクのバイクもどきを、見ない人は居ないはずが無い
変な快感を覚えつつ公園内をしばしお散歩
二つの良からぬ影を見たり、清々しい言葉のジャンプを見る
「お疲れー」
赤の小さなアタシ好みの自転車に乗って 温度は現れる
自転車よりも、遅い歩みを進めるtomosで後を追う
そして正体不明の薄明かりのステージに腰を下ろす
公園の端っこにある冷たくなった木のベンチで即興美容室を開店
もうヒトリの自分を見ることなく 軽くなる頭を支え
時々頬や耳に触れる 平熱より低くなった指先にドキっとしたりで
離れては、微笑む温度を送ってくる眼差しを感じて
自分の反映を確認せずして
新しい自分が出来あがる
其れは 冬の12月
空気感を感じつつ、エアリーな自分の毛先にアリガトウを乗せる
当たりでない領域で 当たり前なコトをしなかったハジメテがあふれた日
是からも演出しつづけたいと 温度を返した時間
頭で考えず、温度と感性で作ったアクション
共有してる細い道が 180度に拡がる瞬間
空のマーブルが、柔らかいペールブルーになった

2001/12/5/WED
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[ミドリ 赤]
12月っていえばクリスマスムード高まってきて 季節柄、恋愛ムードが高まる
アタシは敢えてそれには乗らないマイペース人間です
12月24日、25日に対して思い出すは、
何も無く特に過去を忘却したわけでもない
クリスマスだからといって特別という意識も何も無く過ごすのが
毎日今年もやって来た むやみやたらな 色彩の大サービス期間少しだけ、ウンザリもしてみたりで
そんな日々の屏風仕立ての 捲られつづける薄闇に
自分を反映させる瞬間があった |
先週くらいに、急に発見した帰り道の角にあるオシャレなセレクトショップ
いつも何気に使っている、静かな裏道
お気に入りの 専用ルートに新たに見付けたご褒美だ
入る気は全く無いけど、なんとなく嬉しくなる騒がしくない領域
レンガ作りの階段
縦長なスタイルの良いミドリの鉢植え
其処から何時にない、スペシャル波長を感じる眼差しを追ってみた
現れたのは、何時も居なかった筈の、トイプードル
おもむろに手を差し伸べるアタシ
無意識の行動だ
驚いた
犬は普通愛嬌がある生き物で
頭を撫でてやろうものなら 尻尾をふって
これみようがしに、愛玩犬振りを発揮する
でも彼女(勝手に女の子にしてしまってるアタシ)は、無愛想
黒い曲線を動かすこともなく、ひっそりと息をしていた
視界を少し先のアーケードに移してみる
そこは赤とミドリの世界が拡がっていた
似非ゴールドなヒカリと共に
上向きなレーダーを足元に戻すと、其処には当たり前にフワフワしたブラック形態
そして気付く 気付くと言うより 瞑想が始まる
夜近くの白昼夢に近いもの
アタシが興味を示すものと言えば、いつもは共有空間を持つ色を放っているもの
そして、その色を感じて、自分の新たな色彩リストに追加をしたくなる。
あと別パターンがあってそれは、「ギャップ」というもの
どちらかと言えばこちらに滅法弱いのがアタシと言う人間
多分、此れは妄想に近い何時ものアタシ的論理に基づいているので
一般論とはかなりズレること請け合いだから
行き交う車を、窓越しに何気に見過ごす気持ちで読んでください
ワタシ的ギャップ論とは
何か想像を掻き立てる状態に惹かれつづけ
同情とは明らかに違う形の色合いや 有る意味単色な正体をもつもの
其れ自体には共有部分を感じないが
共有欲求を駆りたてる神経刺激物質を発し
きっとそういうものは、いつもとは違った方向からアタシの色
彩パレットに切りこんでくる
ブラックトイプードルは小さな身体から何ひとつ感じ取れるものが無かった
其処から見えていたのは、何も求めていない無機物に近いものだった
「ヤバイ」と思ったときにはもう遅い
気付けば毎日足を運ぶ
「魅力」とは無機物、有機物問わず、この「ギャップ感」をもつ表現者のことだ
クリスマスまで後少し
赤とミドリの色彩も対照色
今年もこの色彩のギャップにやられる人が何人も街にくりだすはず。

2001/12/4/TUE
[消毒]
傷を負ったら 消毒
既存概念からそう思う 日常的瞬間
昨日 何時ものように会社帰りに 何時もの場所に足を運ぶ久々の空模様なのに 傘すら手にせず、アタシにとっての非日常を開始させる
アタシの朝は愛車tomosのご機嫌伺いから始まる
tomosはオランダ生まれの気まぐれ娘
学校に在る遊具のような優しい桃色した曖昧色を放つアタシの可愛いオトモダチ
モペットなのでキック式始動です
戯れを重ね、眠い目をこすりつつようやく目覚めてくれたtomosに跨り向かうは会社
何時の日もこのまま逃亡できる可能性を秘め
走らせる 風を切っているので 会社まで辿りつけるのでしょう
其れが昨日は違っていた
雨が降りそうな日には 非日常がスタート
バス出勤を選択するより他無くなる
時間も行動範囲も、行動力を測り出すモチベーション総てにおいて
アタシを搾取するバスは嫌いだ
感覚が明らかにズレを見出し 壊れかけた自らを遅れて感じる
末期症状に似た 感覚で
焦燥感に駆られて たまらなくなって
終わってない仕事を終わりと勝手に判断し
非社会人を 無条件に作成し
教育的指導を与える人物を視界から排除し
狭い 四角い空間から アタシらしきものをベルトコンベアーに乗せないように
透明な ビニール傘を拝借し 歩みを進める
何時もの場所には 何時もの大切な温度が有った
連ねた文字列を知っているその温度は痛いまでに アタシを貫く
音を奏でる 眼光から相違を感じてとりわけ悲しみを覚える
外気との温度差について行けない 弱いあたしを見透かされて居た筈で…
「どうみても病んでる娘だよ 相当ね 考えず行動する 是に限る 忘却も必要」
連ねられた言葉達が 不透明なココロの中を駆け巡った
腫れた扁桃腺を気遣い うつむき加減に外を見れば
縦に並んだ 雨筋が 囚われの身を想像させる
「ココロを消毒しなきゃ 是できっと良くなるはず」
手渡された2枚の円形ニュース
音を奏でる オンガク CD色
愛は必要でしょうが 愛より確かな 繋がりは有る
ラテン語で綴られた愛の文字列
読解不能だけど 感じる領域は共有空間
気持ちが込められた 消毒薬と消毒媒体なアタシ
対比をさせて 黒い夜に流れるたった3色のヒカリの中で
四角い情緒不安定を導く乗り物を只々待つ
不自由な時間を以ってして気付くことも出来る
きっとアタシに必要なものは
日常と言う消毒
夜がくれば 朝はやってくる
消毒された桃色なフォルムと 丸く包み込む音かけらと一緒に

2001/11/28/WED
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[始めるというコト]
「前ぶれも無し?一回目のコラムを突然始めたよ。」
「誰だ? このコラム書いてんのは?」
そう思った方、ハジメマシテ。
色彩愛好家のミカと言います。
もしくは意味不明 虚言文章家?
また 若しくは、似非フォトグラファーなのでしょうか?
自らも 理解不能な生命体です。
私の場合、好きな事は、文章を書くこと、写真を撮ること。
総て多分色を感覚、感性で表現することに所以しています。 |
うわの空、トリップしつつ文章を書くことが多く、理解不可能な部分があるかもしれません。
この様なアタシが綴る文章を、色々な感性の持ち主が見てくれるって事が、不思議且つ魅力的。
そんな訳で、是から何卒、よろしくお願い致します。
「終わり良ければ総て良し」という言葉が、アタシは嫌いだ。
結果主義という枠に捕らわれている事が、自分のスケールに合わないから。
何かを進めていく上での過程自体を、アタシは楽しむ。
最近、嫌なことが多すぎて、自分の中で居る色が忘却の一途を辿り行く果てには、
生活感を求めるようになってしまい、失ったものすら見えなくなっていた。
弱い自分を、眺める第三者的に成れるまでに時間は必要だけど。
それよりなにより、結果を良いものにしようと、只々必死で頑張る自分が虚しくなった。
何かを失うと、其れを埋める為に、新しい何かを創めればいいのだがなかなかそう、
うまくは行かないのが世の常。
自らを、黒い小さな行動可能範囲の、
小部屋に詰め込み柔らかい曖昧色のベールで包み込まれようと弱さを演出。
状態の上向き加減のみを求めても、甘い生活はやってこない
そういう時には、ある目標=「終わり良ければ総て良し」的な感覚で物を捉えず
目標=「スタートから始まる過程を楽しむコト」とすれば良いことにアタシは気付く。
単純且つ、当たり前なことかもしれない
でも アタシにとっては大発見並の衝撃
とりあえず、カメラ好きなので、写真を撮る。撮る 撮りまくる。
その始まりが総てのキッカケ→スタート
一眼レフをカメラ屋さんで見つける
前から欲しかったけど、なんとなく手に入れることを避けていたかもしれない
ファインダーを覗いてみる
ヤバイくらいに不透明な世界を自らが クリアーな眺望を演出できる
有る意味自由自在
一眼レフを購入
写真を撮りまくる カメラを愛する
愛するカメラを子供のような眼差しで見つめ、生み出された色をまた愛する
始まりがスタートすれば、こっちのもの。
様々な逆境の波から自らを再建できる
その時々にやってくる 先が見えない暗礁色だってスタートのインパクトを以ってすれば
「スタートよけりゃこっちのもん」的に生きれる気がする
意味不明で有れば有るほど、深みは増すし不透明感がよりクリアーにする何かがあるはず
それは、きっと遠赤焙煎のコーヒーに似ている
それもサイフォンでたてる感じでオネガイシマス
色を楽しみ、香りを楽しみ
それはきっと 流れる流線の翡翠色を眺める 有意義なまでの至福の時
始めるというコトを 今日から始めてみませんか?

2001/11/27/TUE
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[夜]
一人には夜が妙に似合うもので、アタシは寂しがりの癖に夜を好む。
夜って言っても一人でしんみりと過ごす 「部屋夜」と、
外に出てはしゃぐ「野外夜」がアタシの中ではある。
その時々で、それらを使い分けているんだけどとにかく、
本当に寂しいときは部屋夜に徹してしまう。 |
最近のお気に入りは専ら「お香」で、インセンスっていうのかな?
めまぐるしい程の様々な選択肢の中から、アタシはいつもチェリーを選んでしまう。
何故だかわからないけど、アタシにとって落ち着けるのが チェリーなのです。
其れを部屋の真中とかに立て、煙を与えて。
天井にまっすぐ伸びていく筋を眺めたり 何気に何にも考えずにボーっとする時間に自分を溶かす。
あと最近好きなのが、テレビをつけたまま音だけ消して自分の好きな音楽をかけて映像だけをみる。
これはニュースを見るときによくする技。
ニュースは字幕が出ることが多いので自分なりの番組をプロデュース。
結構お堅いニュースをやんわりと楽しめる。
お香の香りが充満した部屋で、中毒症状が現れたような感覚に陥ったとき、
「最高だ」とか思ってしまうアタシは少々異常かもしれないなあ。
「部屋夜」に寂しさを感じすぎたときには、はしゃぐコースの「野外夜」に移行する。
野外夜は、三者三様。
自由奔放にうろつく自分を敢えて見つめず風のように空気のカケラになりすます。
そろそろアタシ的には、野外夜に徹したい気分かも。
さてはて何をしようか??
秋だからといって、読書の秋でもなく
秋の夜長だからといって夜更かしするわけでもない。
冬が来そうだからと言って室内に篭ることを好まず
日が短くなったからといって、日中を惜しむわけでもない。
アタシの夜を アタシが演出することにご満悦なのです。

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