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大阪在住神戸の大学院で語学を学ぶTAKAさん。
カフェ・ド・ショコラ初の学生ライターさん。(ドキドキ) 瞳の大きい彼女の目に映るBE
ALIVEとは? |
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PROFILE
NAME:TAKA
年 齢:26歳
血液型:B型
星 座:獅子座
出身地:大阪
好きなもの:カフェ、雑貨、犬、映画、お酒、焼き鳥、すじねぎ、陽だまり、干したての布団
嫌いなもの:トマト、ニンジン、梅干、納豆、場の雰囲気が読めない人、嘘つき
好きな場所:海の見える所、ぼーっとできるカフェ、カクテルの種類の多いショットバー
趣 味:ネイルアート、お酒を飲むこと。人間観察。
mail:purelove@eos.ocn.ne.jp
TAKAさんのサイトparanoia kiss
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2003/7/19/SAT
-7〜8月のテーマ『スキルアップ』-
[スキルアップできひんやんかー]
結婚するまで、学生だった。
学生結婚で学校は中退してる。
一度就職して、
また勉強したくなって、
そして学校に戻った。
興味範囲の方向が変わって、
担当教官もいないしで、
あたしは学校をやめる決心をした。
そして、この春。
通信教育部で勉強しようと思った。
ちょうどそのとき
あたしは入院してて、
病気だから入学を辞退してほしい。と某学校から。
悲しかった。
通学できないから、通信教育で学位を。と思ってたのに。
今のスキルアップといえば。
パートのおばさんになったこと。
まだまだ新米。
そして新米主婦。
1ミリでもアップしたい今日この頃。

2003/7/15/TUE
-5〜6月のテーマ『この街に住んで.....』-
[私の住む町]
結婚をきっかけに大阪から神戸に引越しました。
神戸とかくと素敵なイメージですが、
阪神ファンが多いアノ街です。
長い商店街はあるわ、
髪型がボンバーなウィンドサーフィンショップの店長。
マジックが点灯している商店街。
そして、競馬と競艇によって、
市民税が安いこの街。
神戸ナンバー。
それだけに憧れて、なんちゃってマダムなあたしは
自転車(こっちではちゃりんこ。という。)を
器用に乗りこなし買い物に向かうのです。
そう。駅前の高級スーパー。
ではなく、百円ショップへ。
卒業生となってしまった、アタクシ。
これからも細々と文をしたためてゆくので
何卒よしなに。

2003/3/1/SAT
-2〜3月のテーマ『My Gift to You』-
[線路と指輪と]
最もバブリーだった頃。
大好きだった彼に
当時最も流行っていた指輪をもらった。
あたしに内緒で、
遅ればせながらのクリスマスプレゼントだった。
芸能人がこぞってつけていたあのリング。
喉から手がでるほど欲しかった。
彼は何処吹く風で。
あたしは、見返りを期待して、
精一杯のアメリカンなリングをプレゼント。
彼は気づいてか気づいてないのか、
クリスマスなんていうイベントを忘れていた。
年が明けて。
何故か、旅行会社で待たされた。
そんな彼が戻ってきたとき、
彼の手には。
愛情はカタチで表せると思ってた。
愛には見返りがあると思ってた。
そんなあの頃。
時が過ぎ、大喧嘩をして、
彼は2人の指輪を線路に投げ捨てた。
自分のしたことに気づき、
柵をよじ登って、線路に下りて、
這いつくばって。
結果、2つとも発見できず。
2人が終わった時。

2002/12/11/WED
-12月のテーマ『私の今年の3大ニュース』-
[今年の3大ニュース]
ご無沙汰しております。
タカです。
いつのまにやら、街はすっかり冬模様ですね。
今年を振り返って、書いてみることにします。
私の3大ニュースといえば。
1.結婚をしてしまいました。
知り合って3ヶ月記念日が入籍という、
超スピード婚でした。
できちゃった婚でもありませんが。
本業の学生という身分を
ほったらかして、家事に追われています。
ネイルアートが大好きだったのに、
私の手にはマニキュアさえ塗っていない日々です。
2.母親が生きていることがわかったこと。
少し切ない気分ですが、
私の両親は離婚しています。
結婚に際して、戸籍等諸々の書類を
集めている間に、母親が生きていて、
再婚していることがわかりました。
今まで、父親には母の名前や生死も
知らされてなく、結婚すると決めたときに
どうしても母親に会いたくなりました。
でも、相手にも家庭があることだし、
会うことは思いとどまっています。
3.単位が0なこと。
前期後期ともほとんど学校に行かず、
授業にも出なかったため、
取得単位は0です。
卒業と言う文字がかすむどころか、
まったく見えません。
学割を使いたいために、授業料を
納めている気がしてなりません。
少しブランクがありましたが、
またボチボチと文章を書いてゆこうと思っています。
こっそりひっそりと書いてゆきます。
長い目で見てやってください。
今年のクリスマスが皆様にとって
素敵なクリスマスになりますように。
そして、来年も宜しくお願いします。

2002/9/30/MON
[寒色系]
心理学関係の本を読んでいる。
それによると、赤、オレンジ、黄色などの
暖色系の服を好んで着る人は外向的。
青、白などの寒色系を好んで着る人は、内向的だそうだ。
正確に引用すると、
前者は「積極的に社会に適応していこうとする客観的外向型」、
後者は「自分の世界に閉じこもりがちな主観的内向型」。
イエンシュという色彩心理学者の説らしい。
胃炎種と変換されたところからして、心理学者っぽい。
赤や黄色をよく着る人など、
何人か頭に思い浮かんだ。
確かに、外向の場に出ることに何のためらいもない感じの人が多い。
自分とわりと気の合う人を思い浮かべると、
寒色系の人が多いような気がする。
私もどちらかというと寒色系だと思う。
自分の世界に閉じこもりがちな人同士が仲良くなるのだろうか。
しかも主観的同士で、うまくやっていけるのだろうか。
自分は寒い世界にいることに改めて気づかされた。

2002/9/19/THU
[どうでもいい記憶]
どうでもいいことに脳みそを使うことにはまっている。
ほんとにどうでもいいこと。
しかも、自己満足ときたもんだ。
爽健美茶とバターを買っておかないと
と思いながら、二つは相反する食料だと思った。
さっぱりとまったり。
爽健美茶っぽい人とバターっぽい人とでは
どっちがいいかと考えた。
本気で悩む。
どちら的なものも、人生において必要な気がする。
バターの濃厚さはたまらないが、
ほどほどにしなければならない。
でも爽健美茶だけでは物足りなすぎる。
一方だけ商品名であるところも
比較対象としてアンバランスだ。
雪印バターがよかったが、売ってなさそうなので残念だ。
ではもっと比較しやすいように。
豆腐チゲスープみたいな人とわかめスープみたいな人だったら?
わかめスープだ。
豆腐チゲほど熱く濃い生き方はできそうにない。
右脳コラムでした。

2002/8/22/THU
[残暑お見舞い申し上げます]
毎日、顔をあわせているのに、
こうやってかしこまるともどかしいね。
友人にはあなたといると
必ず、「強い女に見えるよ。」
なんて言われたこともあったね。
「あいつをあしらえるのは
たかちゃんだけやで。」なんてね。
あたしが強い女ではないことを
あなたが1番知っているはず。
本当のあたしを見せられた。
泣いたり笑ったり。
あなたは何も言わずに付き合ってくれた。
知り合ってどれくらいになるっけ。
初めて会ったころは
「きつそうな感じ。」
そんな印象だった。
いつからか意気投合して
あたしには欠かせない存在になりました。
浮気はするかもしれないけどね。
でもすぐに戻ってくるから。
大好きなウォッカへ。
タカより。

2002/7/31/WED
[おきにいり?]
使用中のインターネットエクスプローラーの「お気に入り」には、
お気に入りじゃないサイトがたくさん入っている。
特に家のブラウザでは、
たいていは文献がらみと
お気に入り個人サイトサマ。
ジャンルごとにフォルダに分けたりしていないので、
語学がらみのサイトのなかに
個人的に好きなサイトがまぎれていて、
異彩を放っていたりする。
べつに気に入っていないのに
「お気に入り」に登録するのも、
よく考えると嫌な気分だ。
ネットスケープのようにブックマークというほうが
ドライでまだいい。
人も物も、環境もお気に入りだけに囲まれて生きたい。
でも、気に入らないものを通ってからでないと
お気に入りにたどり着けない気もする。
限りなく自己矛盾。

2002/7/24/WED
[コンビニに関する徒然]
人間だれでも、ちょっとかっこつけている。
人に対して自分を語るときなど、
無意識に「こうありたい自分」像を語っているはず。
「頼れる人」「こだわりのある人」「おしゃれな人」などなど。
「ダメな人間」「バカなことばかり言っている奴」「けんかっ早い人」などと
自分を見せようとしている人もいる。
「こうありたい自分」像は、買い物行動にも表れる。
ユニクロで服を買う自分、ソニーのVAIOを買う自分、
スターバックスコーヒーでコーヒーを飲む自分、などだ。
本人は「好きだから」選んでいるつもりだろうが、
その裏には人それぞれに「これがかっこいい」という価値観があるはずだ。
しかし、あまりかっこつけられない買い物の場もあって、
それがコンビニであると思う。
明日の朝の食料や、家で読みたい雑誌などを、
かっこつけて買う人はあまりいないと思う。
コンビニの店員には、素の自分を見られているといつも感じる。
hanako!やananなどをよく買っていることもバレているし、
「充実野菜」を必ず毎日2本買うことも、よく知られているはずだ。
ちなみに「充実野菜」はダイエットのためではなく、おいしくてたまらないから買っている。
と、さりげなく、負けん気を出しておく。
何か事件があったとき、容疑者の人となりを
近所の住人に聞いている場面がテレビでよく見られる。
それについては、最寄りのコンビニの店員の方が
よほど詳しいのではないかと思う。

2002/7/15/MON
[痛いですよー。]
武装している人に出会うことがけっこうある。
ここで言うのは、理論武装とか知識武装のこと。
私が女だからというわけでもないが、特に男に多い。
例えば、私は今のところまだ学生だから、
アルバイトなどで、ある業界のある分野で
かなり先端を行っている人などに話を聞く。
いろいろなスタンスの人がいるが、
なかには、どうも自分が一番でないと気がすまない人もいる。
「この分野は俺が切り開いた」とか、
「あの人の言っていることは実体がない」などなど。
同じ分野でいろんな人が、「俺が絶対で、ほかは認めない」と言っている。
私は客観的に見て、どのスタンスも必要だし、
価値があると思うのだが、本人たちにはそうは思えないようだ。
そういう人は、たいてい「君そんなことも知らないの?」という感じで来る。
私は、たいてい「あーすいません、教えてくださいー」というスタンスを取ってい
る。
まあちょっと知っていることでも、下手に知ったかぶると墓穴を掘りそうだし。
考え方が違うだけで、まっこうから否定されるし。
戦国時代で天下を取ろうとしている武将みたいだ。
よろいをガシャガシャさせて歩いている感じ。
こっちは生身で丸腰だから、
よろいがしょっちゅうあたってきて痛い。
かんべんしてほしい。
別に勝つ人は一人じゃなくていいし、
自分が正しいと思えば余裕を持っていればいいのに、
なんで武装するんだ。
本当は弱いのではないか。
負け犬の遠吠えと言われても。

2002/7/8/MON
[水曜日のデート]
私の恋はどうやら夏に終わることが多い。
今でも記憶に残る人。
学生の時からよく顔を出していたバーの店員さん。
年は1つ下だったかな。
同い年の綺麗な彼女が毎日といっていいほど
カウンターの奥に座っていた。
女性客と彼が会話をするたびに、やきもちを焼いて。
そのやきもちの焼き方がなんとも可愛らしかった。
店長兼、親友のBON君がこそっと教えてくれた。
「あいつら、別れよったわ。」
心臓がことん、と音を立てた。
何も気づいてないかのように、
私は自分の感情を殺してしまっていた。
彼は昼間は中華料理屋さんで働き、
夜はバーで料理を担当していた。
帰り際、「たかちゃん、付き合おうや。」と。
「え。別れたばっかりやん。彼女に悪いし。」
と、わけのわからない理由ではぐらかした。
結局、「恋人」という関係を選んだ。
彼の昼の仕事が休みは水曜だった。
バイクで、神戸の海岸線を走るのが大好きだった。
あの頃、明石海峡がだんだんと
つながっていくのを見るのが楽しみで。
お互いの仕事が忙しくなり、秋風が吹く頃には
けんかばっかりだった。
今でも、街で彼が乗っていたバイクを見ると、
胸が疼く。
もう、今ではいいコックさんになっているんだろうな。

2002/7/1/MON
[私的スポーツ考]
日本中が青い波に包まれたワールドカップ。
サッカー中継を見ながら、しばし一考。
なぜ、日本では野球中継が夜のゴールデンタイムにされるのか?
野球という球技が日本で市民権を得たのか?
あくまで推測。
昔から相撲、柔道、空手など、
1対1で相手と向かい合う競技が多い気がしませんか?
野球も、ピッチャー対バッターが向き合い、3アウトを取るまでの真剣勝負。
そんな部分が日本人に受け入れられやすかったのではないだろうか?
私はそんな風に思っていた。
一方の、サッカー。
さすがにワールドカップともなると応援にも熱が入る。
ルールもまったく知らなかったが、思ったより複雑ではないようだ。
一見、陣取りゲームのように見えた。
守備と攻撃が同時に起こり、スタジアム中の何処かで何かが起こっている。
たった1球を追いかけ、まさしく、男性の闘争本能を現したようなスポーツだなぁ、
というのが、率直な感想。
「これから、日本でもサッカー少年が増えるよねぇ。」なんて言ったら、友達が一言。
「何いうてんの。昔から野球少年と同じようにサッカー少年もいたんやで。」
そういえば・・・
Jリーグができる前から、実業団で活躍されている選手はたくさんいるわけで・・・
日本にも蹴鞠という競技(?)もあったし・・・
なんとなく、蹴鞠とサッカーがかぶって見える私。
無知とは恐ろしいものデス。

2002/6/21/FRI
[音色の行方]
判断に迷うとき、あたしは些細な賭けをして物事を決める。
例えば、「今日出かけて、初めてすれ違う人が女性なら、恋人に会おう。」など。
そんな些細な賭けをして、退屈な日常を少しでも退屈でないように過ごす。
日曜日、愛犬の散歩に出かけた。
お決まりの堤防。
夕暮れ時で、カップルがバトミントンをしたり、
家族連れがバーベキューをしたり。
「めっちゃかわいいやん。あの犬。」と彼女が。
カップルで近づいてくる人も。
そんな中、サックスの音が聞こえてきた。
童謡が聞こえたり、はやりの邦楽も聞こえてくる。
そうだ。
サックスを吹いている人を探そうとあたしは勝負に出た。
もしその人が見つかったら、
こないだ別れた恋人にもう一度やりなおそう。
そう告げること決めた。
わんことともに、堤防を小走りで。
川沿いを探す。
土手をさがす。
原っぱをサガス。
そうこうしているうちに、日が暮れてきた。
だめだ。
あきらめよう。
そうやって、サックスの音色と
別れた恋人にさようならをした

2002/6/17/MON
[雨は雨でも]
電話がなった。
友人からだった。
「元気しとー?たかちゃん。」
「元気やで。」
神戸弁を流暢に話す彼女は生粋の神戸ガール。
一方、あたしは、大学からの似非神戸ガール。
大学時代に流行のカフェにつれ回されたっけ。
「どうしたん?」と聞いてみた。
「うん。23日ひま?」
決まってしまったのだ、彼女の結婚が。
してやられた・・・・あたしは撃沈した。
幸せそうに彼女は語る。
「ジューンブライドやし。幸せになれると思う。」
「式場はどこなん?」と聞いた。
「ほら、あっこやん。たかちゃんといいなぁってゆうとったトコやん。」
「あー。納得したわー。」
続けて彼女は言った。
「でも、ライスシャワーは辞めとくねん。前、痛かったし。」
「そっかそっかー、痛い痛いっていうてたもんなぁ」と、あたし。
きっと、神戸の海にフラワシャワーか
パールシャワーがこぼれるんだろうな。
そんな彼女は2度目の式を挙げる。
今度こそ、幸せになって欲しい。
彼女が2回の式を経験する間に、あたしは1度も行ってないんだけど。
そのハナシには、触れないでおこう。

2002/5/17/FRI
[休日の1コマ]
遠くに雨の足音が聞こえている気がしていた。
一瞬だけ陽が射したと思ったのに
でもそれはすぐに雲に隠されしまう。
朝からの空気はしっとりと水分を含み
風の音すらゆるやかに伝わってくるような
なんだか時間の流れの感じられない日曜日。
こんな日は一人静かに音楽でもかけて
傍らには熱い紅茶をストレートで。
今日はお気に入りのオレンジ・ペコで。
特別でない日の為に特別のリチャード・ジノリ。
親がいたら怒られるけれど一人の休日のとっておき。
だって日曜日なんだもの。
なんて、言って見たいものです。
夢は夢のまま。
こんな私は存在しません。
現実の私は・・・
午後7時の焼き鳥屋さんにて。
「とりあえず、焼酎ねー。あと、鳥刺しとなんこつの唐揚げもー。」
「はー。おいし。休みの日ってごっつー幸せー。」
なんていいつつ、ビールと焼酎に酔いしれる。
私は、性別を間違ったのかもしれない。
性別に丸をつけるときは、男・女と印してある
真ん中の・に丸をつけようと思う。
こんなあたし、かわいいですか?
かっこいいですか?

2002/4/23/TUE
[酒飲み各論]
もう、初夏です。
夏といえば、ビール。
居酒屋に行っても、日本人は
「まず、ビール。」と、口癖のように注文する。
外国人は、「マズビール」という銘柄のビールがあると
勘違いする人もいるそうな。
仕事帰りに居酒屋に立ち寄る殿方。
ビールの肴の代表といえば、枝豆。
テレビの野球中継を見ながら、
枝豆を口にほうりこむ。
あの微妙な塩味の加減。
そして、モロキュウへ。
キュウリとモロミという単純かつ、
そのシンプルさが醸し出す絶妙のハーモニー。
この辺で、ビールにも飽きがくる。
そして、お店も混み出す時間。
初めはカウンターに正面を向いて、
どっかりと構えて飲んでいたのに、
混み始めると、否応もなく、「片肘スタイル」になる。
一人分の空間ができると、店員は丸い椅子をここぞとばかりに押し込む。
だんだんと、自分の領域に進入される気分。
そう、「板ワサ状態」に。
詳しくない人のために、念のため注釈。
「板ワサスタイル」とは・・・
カウンターに片肘をつく姿が、
板ワサの盛り付けに似ていることから、
このネーミングが付いたのである。
と、私的解釈。
そして、野球も宴たけなわ。
自分が板ワサスタイルになったのに気づき、
肴に板ワサをオーダー。
日本酒(冷酒なら尚可。)に切り替え、
板ワサをつつく。
醤油とワサビという日本人独特の発想。
自分の今の姿と重なり、板ワサはとっとと片付けてしまおう。
口に押し込み、今度はチビリチビリとやりたい気分で、冷奴へ。
そうこうしているうちに、電車の時間だ。
ようやく家に。
奥様は旦那さまが飲んできたとはつゆ知らず。
あわてて、板ワサを肴に出す。
ここで、旦那さんはさっきの自分の姿を思い出す。
機嫌はナナメに、そして眉間にはタテに皺が入る。
旦那さんは、奥さんの手抜きが気に食わない。
しかし、外ではシンプルなものしか注文しない。
男心はとにかく難しい。

2002/4/17/WED
[サンライズ]
この季節になると思い出す。
メロンパンの記憶。
神戸というよりも、兵庫県の西部では、
メロンパンに似た、サンライズというパンがある。
風貌はメロンパンだ。
中には、クリームパンにはさまれているような、
白い甘いクリームが入っている。
初めてサンライズの存在を知ったのは
忘れもしないこの季節。
甘いものを好まない私が、唯一好きなメロンパン。
しかも、こだわりがあって固めの皮のものを好む。
しっとりとしたものもいいのだろうけれど、
私は固めのしかも、皮だけを好む。
中身は・・・
誰かに差し上げてマス。
アノ人のお母さんがサンライズを教えてくれた。
メロンパン好きな私に、いつも手渡してくれた。
慣れない私は、中身をいつもアノ人へ。
アノ人も皮が好きだったんだろうけど、
苦笑いしながら、クリームを食べてくれた。
田んぼのあぜ道に二人で座ってパクついていた。
わんこを散歩させながら、いつものデートコース。
お母さんは笑いながら見ていた。
「こんな早い時間から、散歩させてたら暑いやろ。
犬も可愛そうやで。」
アノ頃の私たちには、そんなことも関係なかった。
「こんなに田舎でも、やって行けるのん?」
あの人のお母さんは聞いた。
私は、お母さんと呼べる人ができただけで嬉しかった。
もうあれから、かなりの時間が過ぎた。
母の日には必ず、カーネーションを贈っていた。
アノ人の家に行くたびに、つぼみが花になるのを
見るのが楽しみだった。
今年もまた、母の日がやってくる。
もう、贈る事もないんだよなぁ。
お元気ですか?お母さん。
私は、今もサンライズを覚えてますよ。
お母さんもたまには、私のことを
思い出してくれてるんでしょうか?
今となっては、甘い甘い想い出。

2002/4/5/FRI
[病院の片隅で]
そのお医者さんと巡りあったのはちょうど2年前。
仕事を辞めてから、
近くの総合病院に通院している。
小児科や産婦人科は大きな窓があって
日が差し込み、待っていてもポカポカ
陽だまりで気持ちがようさそうだ。
私の待つ場所は前面壁。
お医者さんと話す部屋は、窓も大きくて気持ちがいい。
2週間に1度、30分ほど話す。
大阪に戻ってきて、その病院の外科やら
内科やら心療内科をたらいまわしにされ、
今の先生のもとに落ち着く。
戻ってきたときの私はもう身もココロもボロボロ。
泣きっぱなしだった。
1週間に1回、先生と話した。
生い立ち、家庭環境、
仕事のこと、恋愛観
将来のことなどなど。
去年の春。
学生に戻り、環境が変わるから大丈夫だと
勝手にあたしは自分を信じて通院をやめた。
結果、去年の冬に舞い戻る。
学校に行けなくなったこと。
授業の事。
まわりとの知識の差。
そんなことをポツポツと話していた。
「自分が甘えてるだけやん。」
たったヒトコト言われた。
あまりマイナスの言葉を話す人ではなかった。
今でも耳にこびりついて離れない。
もちろん、今までもたくさん厳しいコトバももらった。
でも、彼がまちがった方向に進みかけたら直してくれた。
依存しっぱなしだった私が、なんとか1人でも
やって行けるんだと思えるようにもなった。
今までとは違った人生を生きる事はできる。と言われた。
過去は過去として、現実だけどね。
たまに、消化不良を起こして鬱々とすることもあるけれど。
今のあたしがあるのも彼の存在があまりにも大きい。
小柄で、多くを語らない。
お国は中国の人である。
今のあたしになれたきっかけを
与えてくれたあの人があたしの担当じゃなくなる。
そう、転勤になったのだ。
「しっかり、ひきつぎはするから」と彼は言った。
この春、出会いと別れを一度に経験する事になった、あたし。
もう、ダイジョウブです、タブン。
辛くなったら連絡しますね。
ありがとう。先生。
2年前より、あたしは強くなったよね。

2002/3/20/WED
[アタリマエと日常と感謝と]
我が家は多少、歪な家庭である。
女が私しかいない。
祖父と父と私と。
いつからか、無意識に嫁・娘・孫・母・恋人などと
役割を演じわけるようになった。
まわりの人は大変だねぇなんて言うけれど、
これが私にとってはアタリマエ。
一人娘であっても寂しいとか辛いとか感じた事はない。
幼い頃は、兄弟げんかに憧れた。
母親の存在にも憧れた。
それがまわりにとってのアタリマエだったから。
私にとってはアタリマエじゃなかった。
手に入れたくても、手に入れることができなかった。
気がつけば、私も就職をして
一丁前に転勤もしてみたり。
寂しくてわんこを飼った。
昔の我が家ではペットを飼う事など考えられなかった。
ましてや祖父が面倒を見てくれることなんて・・・
実家に戻った今。
祖父はわんこを曾孫のようにかわいがる。
朝夕のえさも祖父がやる。
朝7時と夕方5時に、新幹線並に定刻に与えてくれる。
昔は厳しい人だと一方的に怖がっていた。
ある日の夕方。
台所で、蚊取り線香の容器に米粒を入れる祖父の姿が。
"何してるのん?"
"庭にすずめが来るんや。前は柿の種(おつまみ)をやったけど、食わんかったわ。"
新たな一面を発見。
そんな部分も持ち合わせていた人だったんだ。
思春期の頃は反発しかしなかった。
今、こうやって学校に通えるのも彼の支えが大きすぎる。
放蕩娘に育ってしまったけれど、
彼がいなければ間違いなく今の私はいない。
そんなアタリマエに気づいた日。
決して、面と向かっては言えないけれど、アリガトウ。
そして、こんな些細な幸せに気づけたことに、アリガトウ。
たくさんの幸せがまわりには転がっているはず。
積み重ねて大きくしてゆこう。
今以上の幸せを望むなら
もっともっと自分を高めることが必要。

2002/3/16/SAT
[美人は3日したら飽きる?]
美人は3日したら飽きる、ぶさいくは3日したら慣れる、という。
はたして、これは本当なのか??
人それぞれ、好みのタイプが違うだろうから一概にはいえないだろう。
今までの経験上、私の場合、3日で飽きられたことはまだない。
いや、10日ほどだったらあるケド。
そういう意味ではないですね。
決して顔の問題ではないと言う事。
その人の自身の深さのようなものに比例するのではないか?
一方的に美人だからと惚れられて、3日で飽きたからと
ポイっとされたら、女性もたまったものじゃありません。
確かに、第一印象では顔も大きな比重を占めるだろう。
でもね、だってね、顔で選ばれるとね、
アンフェアーじゃないですか。
神様の意地悪っと叫びたくなります。
親を恨んでもはじまらないし。
そう、モテナイ女の戯言なんですが・・・(泪)
中身で勝負よ!といっても
中身で判断される前に、顔の時点でパスできないかもしれない。
"顔を貸す""顔を売る""顔に泥を塗る"などと
顔にまつわる慣用句は多い。
ワインラベルと同じである。
いくら、ラベルが良くても中身とは関係ない。
要は、中身とラベルは直接関係がないということ。
面子だって自分が生きていくうえでそれほど大切ではないということ。
そう自分に言い聞かせながら
3日で慣れられるように私は今日も頑張ってます。

2002/3/8/FRI
[活字と記憶]
先日、嫁がいる人と話していた。
彼はもの凄い量の本を読むらしい。
気になってきっかけを聞いてみた。
大学時代は遊び狂っていて活字に触れることがなかった彼。
当時、付き合っていた彼女が本が好きだったとのこと。
彼女曰く、"学校には勉強するために来たのだから本を読むほうがいい"と。
彼は手始めに小説から読み始めたらしい。
結局、彼女とは別れることになり、彼は他の人と結婚した。
しかし、読書だけは止めないと言っていた。
コトバは宙に浮いて消えてゆくもの。
だから、テレビで見た内容を面白くて
引用したくても捉まえどころがない。
やっぱり、活字だと思う。
状況は画像として現われるけれど、コトバにはならない。
と同時にふと感じたこと。
今までの過去の恋人達にあたしは、何か残したのだろうか?
あの場所へ行ったり、あのお店に行ったり。
そんなときに少しでもあたしのことを思い出してくれてるんだろうか?
趣味や嗜好など、お互いが何らかの影響を及ぼす。
あの曲を聴いたら、あの人を思い出すとか、
そんな経験は誰にだってあると思う。
読書が止められなくなった彼のように。
他の誰かといることになっても、
こうやって、私に話してくれたように。
私は、誰かの記憶に残ってるんだろうか?
そんな方法で自分の居場所を見つけるのは
おかしいんだろうか?
親よりも友達よりも一番近い、恋人の存在。
恋人から得たものありますか?
会いたい人は近くにいますか?

2002/3/1/FRI
[第3ボタンが教えてくれた事]
女子校に通っていた頃、男子校の人と
グループ交際をするのが主流だった。
総勢20人くらいで、週末に遊んでいた。
まだ、カラオケボックスができ始めた頃だった。
土曜日に一度服を着替えに家に帰ってから
また、カラオケボックスに集合する。
それぞれにお目当ての人がいた。
アノ頃の私はそう、彼のことが気になっていた。
バイクに乗って、そしてハードロックが好きな彼。
バンドのボーカルをしているせいもあり、人気者だった彼。
高校生なのに、ファンもいたり。
文化祭では黄色い声援を貰ってたっけ。
やがて冬が来て、彼は受験。
ある日、電話がかかってきた。
"高校最後の授業のお弁当を作って欲しい"と彼は言う。
しかも、特に仲がよかった5人分のお弁当を頼まれた。
私は親友と2人で五個のお弁当を作った。
中身は卵焼き、タコさんウィンナー、うさぎさんの形のリンゴなどなど。
リクエストにお答えした。
朝から、彼と待ち合わせて、お弁当を渡した。
お母さんとはまったく違うお弁当の中身に喜んでいた彼。
そして、卒業式。
"友達としてでいいから、ボタンが欲しい"と告げた。
"第3ボタンなら、あげるよ"彼は言った。
"そっか、第2ボタンは予約されてるんだね。"と私。
彼の学校の学ランは7つボタンだったのだ。
第3ボタンの方が心臓に近いのである。
今でもボタンは手元に残っている。
見るたびに思い出す高校時代の思い出。
人が持っている引き出しの数は
同じなのかもしれない。
ただ、人によって引き出しに残っているものが違うだけ。
印象の薄いことはどんどん忘れてゆくだろうし、
色褪せないまま引き出しに残っているものもあるだろう。
私の引き出しにはセピアの思い出が詰まっている。
また春がやってくる。
何を引き出しに残そうか?

2002/2/22/FRI
[近頃の若いモノは・・・]
世間でオジサマたちが口癖のように言う。
"近頃の若いモノは・・・"
一時期叫ばれた活字離れにしてもしかり。
考えてみると、IT革命などと叫ばれて、
これだけのネット人口が増え、自分のホームページを
持つ人だって多い。
高校生でさえ、携帯電話から更新できるサイトを持っていたりする。
オジサマ方より、よほどモジに触れていると感じる。
ましてや、人は色々な表現手段を持っている。
音楽で自分の思いを伝えたり、絵や写真などなど。
私は他のものに疎いのでモジという表現手段を選んだ。
自分で想いを表現したり、友人のサイトを見たり。
そこで、見て、読んで、聞いて、感じて。
"〜さん、ちょっと、これ清書してくれないかなぁ?"なーんて
いうオジサマ方を実務時代にたくさん見てきた。
もちろん、コンピューターも仕事も全てできるよ!というオジサマ方もいるだろう。
個性がないとか、文字を読まなくなったなどと
あなた方はおっしゃるでしょう。
でもね、オジサマ方の知らないところで
"近頃の若いモノは・・・"活躍してますよ。
それぞれ、自分を表現してますよ。
表に見せないだけであってね。
少しでも気づいてくれたら嬉しいですわ。
近頃の若いモノより。
オジサマ方へ。

2002/2/15/FRI
[思わぬところから・・・]
地下鉄にて
2人組の男性が話していた
声が大きかったわけでもなくて
たまたま隣に座った
年齢は私と同じくらいで2人とも既婚者だった。
「嫁がなぁ、パートに行ってるねん。平日だけやけど。土日・祝は休みでなぁ。」
「へぇ。」
「月に4万くらいになるんやけどな。」
「そうなんっすか。」
「そんなに、家におってくれんでええから、もっと働いて欲しいわ。
ほんでな、たまに帰りが遅なりよんねん。」
「大変ですやん。」
「いやな、だからゆーたってん。
もう、帰ってこんでええわーってな。(←笑いながら)」
「わかりますわ。口うるさいですもんなぁ。」
そこではっと、気づいた。
私が出かける時に"今日は遅くなるから。"といって出かける日。
いつも、わんこと父が出かける私を玄関まで見送ってくれる。
わんこの手(いや、足か??)をフリフリしつつ
父は"帰ってこんで、ええよー(←ニヤリっとしつつ)"と言う。
そのヒトコトを聞いた日は
負けん気の強い私は
酔っ払っていようが、電車がなくなろうが、
必ず、家に帰る。
内心、してやったりと、自己満足な私。
いや、待てよ・・・
親の手のひらで転がされてるのは・・・・
間違いなく、私だ。

2002/2/9/SAT
[映画と翻訳に関する一考察]
堅苦しいタイトルをつけてしまった。
映画が好きである。だから、よく観に行く。
基本的に、字幕を頼りにしないようにする。
もちろん、全てを理解できるわけでもないので
チロチロと視線は字幕の方へも動く。
スクリーンは早いスピードでコロコロと変化する。
その一瞬に押し込まれたモジたち。
翻訳とは大変な仕事であると思う。
万人に理解できる語を使い、
加えて、スクリーンが変わるまでに内容を伝えなくてはいけない。
ボキャブラリィーの数がモノをいう。
ましてや、いかに短く的確に表現できるか。
時間との勝負である。
それゆえに、ギモンも発生する。
元々のスクリーン上の会話と訳語のズレ。
ちょっと違うんじゃないのかなぁ。と感じたり。
だからこそ、あまり字幕に頼らない。
訳には男女差だって出るだろうし
翻訳者の感性で大きくかわるだろう。
ましてや、映倫で使えない語は"綺麗に"訳されるであろう。
昔、「ノートルダムの鐘」というディズニー映画があった。
当時、留学していた私は帰国寸前にその映画をみて帰ってきた。
日本ではまだ公開されてないだろうと思って・・・
期待とは裏腹に公開されていた。
見比べることにした。
衝撃の事実。
内容はもちろん、違う部分がある。
何よりも、タイトルが違う。
"The Hunchback of Notre Dame"
海外ではこのタイトルで映画がはじまる。
"The Bells of Notre Dame"
日本ではこうだ。
そうコトバが良くないから変えてしまったのだな。
私は、コトバがどうこうといいたいのではなく、
真実は何処にあるかという事。
外国語であっても、辞書はイミを一般化したものでしかない。
趣味・嗜好の範疇で、個人がどうイミをとるかだ。
どう感じるか、自分はどう思うか。
翻訳だと、影響が大きくなる事は否めない。
それで納得できる人と、ギモンを残す人と。
今、間違いなく自信を持っていえることは
何1つ正しい事はないという事。
ただ、それだけ。

2002/2/5/TUE
[若かりし頃のバレンタイン]
初めてのテーマで何を書こうかとふつふつと考えていた。
いつもボーっとしつつ文にしてしまう傾向がある、私。
わんこの散歩をさせているときに、高校生が口ずさんでいた歌を聴いて、思い出した。
ここ数年、義理チョコならぬ、"いつもお世話になってますチョコ"しか配っていない私。
鮮明な記憶。
電車通学をしていた頃のオハナシ。
毎朝同じ電車で顔を合わす人に恋に落ちた。
名前も何もわからない。
ただ、わかる事は通っている学校と乗り降りする駅のみだった。
毎日同じ場所に立つ彼を、目で追いかける日々。
青の学ランが似合っていた。
右の首筋にホクロがあったのを覚えている。
ある日、駅で彼を待ち、声を掛けた。
それから、毎日一緒に通学する仲に。
彼女とか彼氏だとかそんなことはどうでも良かった。
毎朝、10分程顔を合わすために
私は30分早く起きて、髪をセットする毎日。
かれこれ、2年が経ち彼は卒業する学年に。
決心した。
想いを告げる事に。
友達ではなく、それ以上を望んだのだ。
バレンタイン当日。
いつものように彼を駅で待った。
いつも来るはずの時間になっても彼は来ない。
遅刻寸前まで彼を待った。
もう、限界だ。
"学校、行かなきゃ。"と私の友達が言う。
"わかった。行こうか・・・"と私。
バレンタインの日を境に彼は姿を見せなくなった。
それでも毎日彼を待った。
もう、チョコは渡せない。
私の手元にはシャープペンシルだけ残っていた。
そう、受験で使ってもらおうと。
こっそり、おそろいにしたシャープペンシル。
その後、彼には"塾に好きな人がいるから"と告げられ、
悲しい結果に終わった。
初めてのバレンタインの思い出。
もう、暦の上では春。
今年のバレンタインも予定はナシ。
あ。そうだ。
欧米ではバレンタインに男性が女性に贈り物をしてもいいそうですね。
その逆もまた、しかり。
誰か、贈って下さいよー、私に。
なーんてね。
私のココロはまだ芽吹くことなく土の中である。
春はまだ遠い彼方。

2002/2/1/FRI
[最終電車]
バイトの帰り。 地下鉄ユーザーである私。
いつも同じ電車の同じ位置に立つ。
ちょうど、最寄駅に着く時間に梅田(市の中心部)行きの最終が出る。
そんなに大きな駅ではないけれで、いつも3人の駅員さんが誘導している。
飲んで顔が真っ赤になっているおじさん。
"最終が、出発します。急いでください。"
駅員さんに声をかけられ、必死で地下をダッシュしている。
よれよれしながら。
まさしく千鳥足だ。
あるいは、私と同じ年くらいのお兄さん。
素面であろう。
彼もまた走る仲間の一員。
この時間まで残業かなぁ。なーんて思ったり。
無事に最終を見送ったあとの駅員さん。
帽子を脱いで、仕事が終わる瞬間。
そして、私はというと地上への階段を上る。
最終を逃したお客さんを待つ、タクシーの列。
ここにも、おなじみの顔ぶれが。
"あ。いつものおじさんだ。"
存在を確認し私は思う。
"よかった、今日もお疲れさま。"
いない日がある逆に心配してみたり。
そして、コンビニの前を通って家に向かう。
上にはテナントでスナックが入っている。
いつものキャッチのお兄さん。
お互い顔見知りである。話したことはないが、挨拶だけはかわす。
"おつかれ。おやすみ。"
夜道を堤防に向かって歩き出す。
高層マンションには明かりが入っている。
"受験生かな?風邪ひかないでね"
少し人様の人生を見た気分になる。
そう、思いつつ、夜空を見上げる。
冬は、空気がまだ綺麗だからうちの地域でも星が見える。
この時期はオリオンだ。
それぞれが、自分の顔の戻る時間。
上を向いて歩いているうちに、我が家へ。
待ちわびていたように、わんこが飛び出てくる。
コンタクトをはずし、めがねにかけかえる。
私が、アタシに戻る瞬間。

2002/1/30/WED
[Seeing is believing]
百聞は一見にしかず。
このコトバを今まで、何回耳にしただろう。
その通りだと納得する人。
いや、違うだろうと感じる人。
個人的に私は、このコトバが好きである。
先入観なしに物事をミル。
頼りになるのはジブンのカンセイのみ。
他をシャットアウトしジブンで物事に対峙する。
大学2年の冬。
旧ユーゴスラビアに行った。
そう、あの宗教戦争である。
私は、今のボスニアとクロアチアに行った。
成田を出発する日に停戦協定が結ばれた。
何故?そんな時に?
誰もが抱く疑問。
答えは明白。
マスメディアが伝えられないことを知りたかった。
ジブンの目で確かめたかった。
難民が出たから、毛布を送れというマスメディア。
新聞を読みつつ"本当か?"とギモンを持つアタシ。
行ってみないとわからんだろうが。
"もし、死んでも骨は取りに行かないから"と言う暖かい我が親。
そのコトバを胸に、ドイツ経由でクロアチアのザクレブという空港へ。
もちろん、飛行機は時間通りに飛ばない。
ようやく、着いた。
まわりは、アーミーだらけ。雪ばっかり。
嬉しくって、雪につっこもうとしたら。
"だめ!"
地雷が山ほど埋まっている。
怖い。
車に乗り、どんどんと住宅の方へ。
壊れきっているわけでもなく、住めるわけでもなく破壊されている。
"何故、こんなに中途半端に壊すの?"
"つぶしてしまえば、そこに家を建てる。中途半端だと潰すにも立て直すにも手間が
かかる。
だから、人が簡単に住めないようにつぶすんだ。"
ドイツ語もクロアチア語もできないあたしは通訳の英語を必死で聞き取る。
同じ歳くらいの子とも話す。
"信じられないよ。昨日まで、一緒にバーで飲んでた友人が、
今日になったら、50m先の前線で俺に銃を向けてる。"
"え?どういうこと?"
"友情まで壊すんだよ、争いは。原因が宗教だからね。"
そんな話を聞きつつも、外では地雷が爆発する音が聞こえる。
家がなくなったからと、電車の車両を家に変身させる。
夜になると、音楽も聴けない、部屋の明かりも入れない。
軍隊が通ると声を殺す。
ろうそくだけの夜。
そんな生活。
そして、ボスニアへ。
クロアチアから、ボスニアには入れる。
しかし、セルビアには入れない。
これも、宗教が原因だとか。
ボスニアに入るときでも、車内でかけていたテープを変える。
クロアチア語が聞こえるとマズイらしい。
あいさつも覚えなおす。
外は相変わらずの大雪。
それでも、学校に通いクリスマスソングを歌う小学生たち。
アタシは、もっとも聞きたかったことを聞く絶好のチャンスだ。
"何が、欲しい?毛布がたりないんでしょ?"
"毛布も、食料もあるよ。世界中の人が送ってくれているよ。
靴が欲しいんだ。あと、クリスマスプレゼント。"
もう、泪しか出なかった。
新聞紙で足をくるみ、ビニールを上から被せてある。
それで、この凍った道を歩いているのである。
あたしには、何ができる?
こんなところまで来て、何も残せないじゃない?
「これから」がない大人たちが残した最大の罪。
「これから」がある子供たちには何が残せる?
クリスマスプレゼント。
持っていった折り紙で鶴の折方を教えた。
世界平和。
まだ、叶った事のないお願いだ。
辛いとか、カナシイだとか言ってる自分が情けなかった。
いくら、辛くても命を奪われる恐怖にあたしは出会ったことがなかった。
ジブンの目で確認してわかることと。
ジブンの目じゃないと確認できないこと。
この両者を持ち合わせていたい。

2002/1/25/FRI
寒い毎日、如何お過ごしですか?
体調を崩されませぬようご自愛くださいませ。 ということで、本題へ。
[電話という便利でやっかいなもの]
恋愛において、電話は必要不可欠な小道具となる。
かかってくるかなぁというドキドキ。
また、かけてみようかなぁというドキドキ。
ちょっと待てよ・・・
“また、電話するわ。”と言われたら??
え?ええ??それまで待ってろってこと??
恋愛に仮に強者と弱者があるならば。
“電話するわ。”と言われたら、待つしかないのか?
すでに、ペースは相手に握られてるってこと?
片思いのときにありがちな、”待つ”ということ。
この思いに気づいて欲しいという一途な気持ち。
声が聞きたい。
でも、”電話するから”のヒトコトに躊躇してしまう。
こっちからガンガンかけないと、
自分の気持ちに気づいてもらえないのに。
気づいて欲しい気持ちと
今のままの関係が続くといいなぁという50%:50%の気持ち。
それでも待ってしまう、オンナゴコロ。
ようやく、気持ちを落ち着けてダイアルする。
(あ、今の時代はメモリーに入ってるか・・・)
無情に流れる、アナウンス。
“ただいま、電波の届かないところにいらっしゃるか・・・(以下略)”
あれだけ、悩んでかけたのに・・・
という気持ちの反面、
ふー。とため息をつく自分。
携帯電話のアンテナと恋愛のアンテナは似ていると感じる。
例えば、自分のアンテナが3本でも
相手の電波が弱かったり、圏外だったり。
あと1分早ければ、声が聞けたかもしれない。
恋に落ちる瞬間も同じ。
自分のアンテナが完璧でも、
相手は圏外かもしれない。
あと1分早かったら、圏外じゃなかったかも・・・

2002/1/18/FRI
[時間とゆとりのパラドックス]
“時は金なり”という言葉があるが、お金を求めよう、儲けようと
考え始めたときから、人は時間に支配され始めるように思う。
時間に追われ、自分が壊れてゆくか、時間に支配されないように戦うか。
ランナーや、レーサーは時間に従おうとはしない。
彼らが時間に従うことは敗北を意味すると思う。
多くの人は時間に支配されるようになっていく。
すでに、小学生や中学生でさえも、義務を背負わされて時間に支配され始める。
ゆとりの教育といっても、結果は塾通い。
勤勉だから有名な学校に進み、一流企業へ。
でも、1つごっそりと抜け落ちている。
それは、ゆとりだと思う。
実際、定年を迎えるまでは、時間に追われ続ける。
ゆとりを求めて、逆にゆとりの無い生活に追い込まれるというパラドックス。
海外旅行やブランドなど、贅沢をしようと思えば、
すべてお金の裏づけが必要となってくる。
心の貧しさや余裕のなさをお金で買おうとしても限界がある。
その事実に気づいてはじめて本当のゆとりが見えてくるのではないか?
時間に支配され続ける人生。
時間にだけは逆らえない。
自分の時間を取り戻すには・・・
命が果てる時刻を予約できないものだろうか?
私なら8時18分がいい。
誕生日だから。
最期になってはじめて自分の時間を取り戻す。
最後に辻褄を合わせることはできないのだろうか。

2002/1/8/TUE
[ソボクナギモン]
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
街に出るたび、カップルを見かけるたびに考えることがある。
何故、人は結婚するのか?
私なりの答えは、きっと世界中の大半の人がするからだと思う。
ほとんどの人が経験することだから。
多分、そうだと思う。
旅行に行くのも2名一室料金だったり。
適齢期なるものが近づくと親戚一同から
”まだなの〜?”攻撃がくる。
親が子供に結婚を望むのも・・・
自分たちが結婚して幸せになったかということよりも、
“自分でない誰かの存在”によって世渡りがずいぶんと楽になったからだと思う。
社会的に地位や身分が保証されることもあるだろうし。
人はみんな無意識にも意識的にそんなことを自覚しているのだろうか?
ましてや、プロポーズというものは人格が肯定される数少ない瞬間だと思う。
他人が結婚しようと言ってくれるなんて・・・
能力でなく人格が肯定される瞬間は意外と少ないんじゃないかな?
嬉しい反面、最大のワガママでもある。
他の異性を見るな、親の面倒も見てよって・・・
そう考えると人間は、楽より、苦を選んで生きている気がして仕方がない。
辞めたくなったら辞められるバイトより、責任や義務を背負うことを覚悟で
企業に就職する。
明らかに結婚だって、考え方によっては自由を奪われるわけである。
本当は人間は自由より、束縛を求めてるんじゃないかと感じる今日この頃。

2001/12.26/WED
[関西人の発想]
東と西を比較されることがよくある。
個人的意見だが、やはり東の方が洗練されている感じを受ける。
一方、大阪は・・・
スタイリッシュでないというか、独特ですね、ハイ。
例えば、“マクドナルド”について。
関東では、マック。
関西では、マクド。
しかも、イントネーションはマ→ク↑ド↓。
ドに濁点があるので、美しくないなぁと感じるわけ。
おまけに、下がり調子のイントネーションである。
はっきりいって、洗練されているなんでもんじゃない。
かけ離れている・・・
しかも、おそらくマックというのはMac donaldからマックという省略したんじゃないか?
一方のマクドは、マクドナルドとカタカナで書き下したものを省略したんじゃないか?
なんて考えていた。
その時点で違うじゃないですか・・・
美しいです、東は。
関西は独特でいいじゃないか・・・という説もあるだろう。
でもね・・・ほら・・・
看板だって違う。
フグやカニをモチーフにしてみたり。
”どやー、大阪やでー”と激しく主張している。
コテコテの大阪人の私でも驚いたのが、某カニ料理店の営業車。
先日、信号待ちをしていたときにその車を見かけたんですよ。
タクシーの屋根についてるようなランプがありますよね。
アレ、あの部分にカニのミニチュアが乗ってました。(しかも、リアルに。)
発想の転換にびっくりです。
あのランプが、カニに変身してるわけですよ。
また、ビル街を歩いていても、高さが無いビルは埋もれてしまう。
だから、屋上の看板を斜めに設置したりするようです。
歩いていても、斜めにすきまから覗かせるように看板が並ぶ。
それぞれが、精一杯負けじと主張している。
見てみたくないですか?
関西にいらっしゃることがあれば、いつでも案内しますよ。
私はデジカメを持っていないので、みなさんにお見せできないのが残念です。
きーっっ。(ハンカチを歯で噛む音・・・)

2001/12/21/FRI
[笑顔の習得]
ちょっとした疑問。
人間は、何処でどうやって”笑顔”を覚えるんだろう。
幼い頃は“作り笑い”なんてものの存在を知る由もない。
もちろん、感情を素直に表していた。
泣いたり、怒ったり、笑ったり。
幼いがゆえに、許された部分もあっただろう。
時が流れ、いつの間にか感情を抑えることを覚えた。
大人になるということは、素直に感情を表現することを忘れることなんだろうか?
職場では本心と裏腹に“作り笑い”“愛想笑い”を覚えた。
誰に教わったわけでもない。
何時の間にか“本当の笑顔”じゃない、笑顔を覚えた。
以前、何かの本で”赤ちゃんが笑うのは、父親や母親、
周りの人の笑顔を見て学習してるからだ”というのを読んだことがある。
でもね、盲目で生まれた子供だって笑う。
誰の笑顔も見たことがない子供が笑う。
嬉しいから。
楽しいから。
幸せだから。
生まれてから一度も、周りの人の笑顔どころか
母親や、父親の笑顔も見たことがない子供が笑う。
それはきっと、何の打算もない純粋な笑顔だろう。
あなたに好意を持ってる。
あなたと会えて嬉しい。
今、こうしてる事が楽しくて、幸せ。
その気持ちを表すために、その子供の顔の筋肉は本能で笑顔を作るんだろう。
媚びた笑顔や卑屈な笑顔。
そんな笑顔を知らないから自然に出る、本当の笑顔。
それがうらやましい。
私がもう一度、と願っても叶わないものをその子供達は持っている。
思えば、自分の笑顔も誰かの笑顔も、
結局はこの世に生まれた時からの学習の成果なのかもしれない。
本当に心からの笑顔を見せたことも、見たこともないのかもしれない。
その時々は心から楽しくて、嬉しかったとしても、下手に他の笑顔を知ってしまった私は
一生、生まれたままの無垢な気持ちで笑うことはないんだろう。

2001/12/18/TUE
[はじめまして]
今回から参加させていただくことになりましたTAKAです。
ごくごく簡単に自己紹介。
社会人を3年しました。
名古屋へ転勤したのですが体調を崩し、大阪へ帰ってきました。
その他もろもろの紆余曲折を経て、現在は大学院生をしています。(ちなみに、専門は語学です。)
学割生活を満喫すべく、映画三昧の日々。
今後とも、よろしくお願いします。
さて、最近感じていることなんですが、人生にはたくさんの分岐点があるということ。
入試・就職・結婚などは人生の分岐点として挙げられることが多い。
アタシはくだらないことを考えるのが大好きなので、
普段でも、ぼや〜っとしながら色々と考えている。
そうすると、選択肢にも色々とあるように感じるわけである。
細かいことだけど・・・
例えば・・・
さっきの点滅信号で走ってたら人生が変わったかな〜?
今日、スカートはいてたら、どうなった?
口紅の色、こっちのほうがよかったかなぁ?
お昼ごはん、B定食にすればよかった・・・
なーんてね。
そんな些細な事でも人生が変わるかもしれない。
人とのめぐりあいも同じ。
あの日、あのお店に行ってなかったら?
あの友達と知り合ってなかったら、彼を紹介されなかったかも?
あの時間に、あの場所にいなかったら・・・
運命の赤い糸なんて・・・と言っていても、
運命というものを信じてみたくもなる。
些細なことでも、無意識的であっても、全ては自分の意思で選択してきたこと。
だからこそ、あの時こうしておけば・・・・という後悔も生まれるのかもしれない。
明日からは口紅の色も、とことん迷ってみようと思う。
今の自分があるのもそんな些細な選択の積み重ねかもしれない。

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