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出版社の書評ライターをしながら、ジュエリークリエーターになるべく修行中のYUKARIKOさん。 応募者の中で一際目立ったコラムが印象的で採用しました。
PROFILE
NAME
:紫子 YUKARIKO
年齢:30歳
血液型A型
星座
:おひつじ座
出身地・在住地
東京都
好きなもの:宝石、写真、植物、香水、文字(書くのも読むのも)、生春巻に散歩。お酒にJAZZ
嫌いなもの:蟻、二日酔、不機嫌を振りまく人。
人生のコンセプト:「うれしい、たのしい、気持ちいい」
目標美女で野獣

ご意見ご感想はYUKARIKOまで

 東京テイスト【URBAN EPICURISIM】
2002/7/22/MON
[恋しいなんて言わない]
幸せな恋は長続きさせたいし、
短かった恋を記憶にとどめておくのは精神衛生上よろしくないから
さっさと忘れることにしているので、
「一夏の恋なんてあったかしら?」という感じ。
だから、私の記憶の中では恋にさえならなかった想いのほうが
深く刻み込まれている。

その夏の定期人事で移った先にいた彼は、2つの点を除けば、完璧だった。
背も高い、家柄も申し分ない、頭の回転も速い、何をするにもスマート。
時々、人をドキッとさせる口の悪さだって、セクシーに感じさせるほど。
そして、何よりも本能的に彼と私は求め合っていることがわかっていた。
だが、問題の2つがそこにはあった。
私たちは同じ部にいて、そして、
彼の周りにはいつも女たちの影がまとわりついていた。
そして私にもほとんど途切れることがなく誰かしらが側にいた。

家も近かったこともあって、飲み会の帰りはいつも一緒のタクシーだった。
タクシーに乗り込み、同僚たちの姿が見えなくなると、
彼はいつも私を強く抱きしめ、私の言葉をさえぎるように唇を重ねる。
首の後ろを大きな手が包み込み、指に髪を絡ませる。
「いい」とも「いや」とも言えず、
私は彼自身と彼のつけている香水に包まれたまま、陶酔の刻を過ごす。

だが、私たちはそれ以上前には進めなかった。
翌日になれば、コピー機や給茶機の前、打ち合わせコーナーで彼は私にささやく。
「せめて一度くらい、朝まで一緒にいようよ。」
でも、それが実現することはなかった。
たとえ週末の夜中のカフェの帰りでも、だ。
私も彼も「自分だけを見つめてほしい」タイプだった。
自分以外の異性の影がある相手には自分からはのめりこめない。
そして、私には女の先輩達の、彼には上司・同僚の嫉妬の目が張り付いていた。
「何もないのに皆に疑われるのは損した気分だよ。
 でも、一度そうなると仕事中でも打ち合わせ中でも
思い出してたまらなくなりそうだし。
 せめて違う部だったらよかったのに。           」
私は声もなく微笑むことしかできなかった。
どこまでが彼の本心かなんてわからないから。

それがわかったのは、私が何ヵ月後には結婚するというのを
彼が聞きつけたてきたときだった。
私が思っていた以上に、そして彼も「自分でも驚くほど、動揺している」と言い、
それっきり黙りこんでしまった。
私たちは並んでコーヒーメーカーからのドリップが
ポットに落ちるのを、ただ見つめていた。
隣のビルの窓に反射してさしこむ、西日が眩しかった。
ビルの隙間から見える空の青さと入道雲の白さのコントラストが、
オフィス街には似つかわしくないほど、空空しいくらいの夏模様だった。
「そうあっさり結婚するとは思わなかったよ。
 とにかく…おめでとう。          」
彼はそう言って、いつも私の席の後ろを通るときと同じように強く肩に手を置き、
いつもとは違い、その手に力を込めた。
どうやら私たちは、あの夏の日に二人の間に落ちた恋の種を萌えさせることなく
終わらせてしまったようだった。
オフィスの涼しさが外の暑さなど忘れさせてしまったように
自分たちの恋心にも現実感がなかった。
私は「どうして、いまさらそんなことを言うの」という言葉を口にする代わりに、
ポットから目をそらし、差し込む西日の眩しさを我慢できず目を閉じた。




2002/6/27/THU
[会ったことのない彼女へ]
中途半端な仕事ぶりのくせに、一応持っている仕事部屋。
同じマンションの1つ上の階の小さな部屋には、
仕事に関係したものしか置いてないし、
部屋の向きも違うから窓から見える景色も違う。
仕事がはかどること。

だけど。
情けない話、1つ上に上がるだけの通勤経路なのに、
事故もあれば交通渋滞もおきたり(いずれにしても心の、だけど)、
なかなか辿り着けないことだってあるんだ。
そんな時、私の足を運ばせる理由が一つ。
とあるラジオ番組だった。

ここ1ヶ月くらい、とあるビジネス書の執筆のため
脳みそに汗をいっぱい書いていて、辛かったときもあって。
居住空間の方では雑音だらけできけたものじゃない、
「Nack With You」。
パーソナリティである玉川美砂さんの
力の抜け具合が絶妙な語りや時折出る関西弁、
他のFMにありがちなイヤラシイ英語交じりのDJとは違う
「もろ日本語」という感じのナチュラルな曲目紹介を聞くのを楽しみに
なんとか仕事部屋に辿り着く。
おかげでやっと、仕事の方も初稿脱稿。

ところが、彼女はこの6月で番組を降板するという。
ほかの番組があるとは言っても
あと数日で彼女の声も聞けなくなるのかと思うと
仲良しの同僚が寿退社していくときのように、寂しい。
仕事に精を出す平日の午前中の楽しみだったのに。
今回の仕事は彼女のお蔭で頑張れたようなものだったのに。

ライターとしてフィールドを広げようと模索中の私。
今回の仕事で一皮向けたとしたら、たまちゃんのお蔭かも。
今度からはたまちゃんのおしゃべりなしに、頑張ってみるよ。
うん、そうね。きっと頑張れる気がする。
たまちゃんの充電期間が終わったときには
もう少しだけ自信をもって「ライター」を名乗れるように。
この場をかりて、どうもありがとう。
また、お会い(?)しましょう。




2002/6/10/MON
[雨の降る午後]
ずっと家にいる予定の一日なら、雨の日も悪くない。
晴れた休日は、洗濯だ、掃除だ、浴室のカビ取りだ、外出だ、と
きれい好きでお出かけ好きな相方も静かになる。
6階にある我が家の半径50メートル以内には同じ高さの建物はなく、
道を挟んだ隣は緑の多い公園、そして向かいは防衛庁の試験研究所でやっぱり緑が多い。
そう、眺望と風通しは抜群、そして日当たりも抜群。
しかしながら6月ともなるともう暑くてたまらないから、
雨の日はなかなかに快適。
遅めの時間に少し凝ったブランチを食べて散々おしゃべりをした後は、
お互い好き勝手なことをして過ごす。
もう一度パジャマに着替えて昼寝をしてもいいし、
お香を焚いて読書をしたり、
まだ形にならない新作のアイディアに想いをはせたり…。
仕事と家事とで忙しくしているとなかなかかまってあげられない猫も
うれしそうに相方の膝に乗って甘えている。
簡単なお菓子を焼き、その匂いの中、窓の外を見ているのもいい。
小さな小さな我が家だけれど、「あぁ、家っていいな」と思える時間。
海の底にじっとしている貝のように、のんびりと穏やかに。
ときどきは雨の様子を確認して。

雨が止んだら、隣の公園に散歩に行くのも楽しい。
児童公園のような遊具は少なくて、ただ木々が植わっているスペースの広い公園。
土に滲みた雨の匂いを嗅いで、水溜りに移りこむ空の色や木々の色を見る。
木立の間に設けられた散歩コースを歩き、風に吹かれて落ちてきた水滴に
きゃあきゃあ言ってはしゃいで、子供達のいないブランコに立ちこぎで乗る。
こんな休日も好き。
でも。
いつも最後には言ってしまう。「明日は晴れるといいね」




2002/5/20/MON
[騎士道]
30歳も過ぎているというのに、ブティックに行けば「可愛らしいお顔立ちだから」(オエッ)
とピンクやモーヴを薦められ(て、この一言で別色を買う)、
学生時代にお気に入りだった、その人のイメージにあったカップ&ソーサーで
コーヒーを出すという喫茶店では必ずウェッジウッドのワイルド・ストロベリーで出され
(野暮ったくて嫌い)、
「エレガント&ノーブル」を信条とする(ここだけ嘘。すみません)私だけれど、
そんなに「オンナオンナ」してはいない。
とくに、女性と居る時は。

って、男性と居る時は媚媚で、女の子と一緒だと気も手も抜く、ということではない。その逆。
女性と一緒だと、無意識だけれど私の騎士道精神がむくむくと頭をもたげ、
ハリキッテしまうのだ、私の中の男の子が。
さすがにバッグを持ってあげたりはしないけど、
相手の好みに合わせた待ち合わせの喫茶店選びに始まり、
その日に行く映画のデータやそれにまつわる彼女の好きそうなこぼれ話の収集、
食事をするお店の予約、そこまで行く道すがらはついつい道路側を歩き、
エスカレーターに乗れば登りは後から下りは先に、位のことは、する。

かつて大好きな友達と葉山方面に海を見に行ったときには、
おいしいパンとワインとフルーツと簡単なお惣菜をいくつか作りピクニックバスケットに詰め、
ビニールシートなどという野暮なものではない本当のラグマットも持って、
愛車のボルボでお迎えに馳せ参じる、という、女性誌並みの似非スノッブさを発揮した。

「初めてデートする、さかりのついた男子高校生かっ、お前はっ!」
と自分に突っ込みを入れたくなるほど、頑張ってしまうのだ。 何故か。
基本的に女性(わざわざ会おうとするくらいの人たちだし)が好きなのだ、きっと。
一緒に居る時には、楽しんで欲しい、くつろいで欲しい、幸せを感じて欲しい。
そんな想いがあるのだろう、きっと。

と、ここまで書いて気づいた。
父と兄だ…。
彼らは(私の身びいきを差し引いてもなかなかに魅力的な奴等なのだが)、
女性達、私や母、兄の妻であるところの義姉にはそう接しているし、
ということは周囲の女性にもきっとそうしているのだろう。
女性にはそうするものなのだ、と行動している彼らを幼いころから見ていて、
私にも根付いた騎士道。
別に私に下心はないけれど
(父と兄が家族以外の女性に対して、それがあるかないかは知りません)、
ついつい「お姫様モード」に入れてあげたくなる。

だが、ここには不幸がひとつ。
私の中の男の子がそこまでやってしまうにもかかわらず、
私の中の女が満足するまでやってくれる男性はなかなかいないのだ。
ハードルが高すぎるのかも。
それを考えると、こういう環境に生まれつくのって良し悪しだと本当に思う…。
ま、でも良しとしよう。少なくとも友達や先輩は喜んでくれてるし。
というか、そう思わないとやっていられないわ。

そんな訳で(どんな訳だ!)、「私もお姫様モードは入りたい!
でも、男の子相手だと面倒臭いときもあるのよね」という方で、
私に「気に入られる自信があるわ!
面白いネタもたくさん持ってるし」という方(東京近郊の方に限りますが)、
私までご連絡ください。お友達になりましょう。損はさせませんよ(って、何の?<私)。




2002/4/17/WED
[3年後の私、10年後の貴方]
バイクで街を走る。
坂が多くて、気になるショップがちょこちょこあって、
かといって駐車スペースが確保できない、この街。
坂の上のビデオショップに行くにも、隣の街の雑貨屋に行くにも、
便利なこと、この上ない。
まさか、「もう2度と通うものか」とココロに固く誓った教習所に
また足を運ぶようになろうとは1年前には思ってもいなかった。

そう考えると、「今の私」を想像できる要素なんて何もなかった。

10年前ー。
就職活動に励む先輩達を横目に見ながら、大学には行っても授業にも出ず、
(500人教室で行われる講義なんて、出席さえとりもしなかった)
ただただ、遊び呆けていた。

5年前ー。
世の中で通りのいい名前の大企業の「第一線」現場で
第2の学生時代のような、ぬるま湯的な人間関係に甘えながら楽しく過ごしていた。
仲のいい同僚らと朝まで飲み歩いたり、失恋をお互いに慰めあったり。

3年前ー。
夏の定期人事で本社に異動していた私は、質・量ともに高いパフォーマンスを
求められることに心底疲れきっていた。
億単位の金額を扱うストレス。「○日×時まで」の厳しい期限付き。
終電に飛び乗り、メイクを落し、入浴したらすぐにベッドに倒れ込むような日々。
休日出勤どころか、春と秋には会社の近くのビジネスホテルに泊まり込むような生活。
まるで、「ありとキリギリス」の寓話のように、今までのツケが回ってきたかのような。

1年前ー。
時間はかかってもいいから、今度こそ本当に自分のやりたいことをやろうと決め、
自分の内なる声に耳をすます日々が続いた。
多くの人がそうであるように、何となく大学、何となく就職と進んで来てしまった自分。
「天才になれなかった」悲しみ…。
自分は何物なのか、どうしたいのか、いい年をして考えるしんどさを思い知っていた。

そして、今。
造るということ、書くということ。
どちらも自分のなかの一要素を取り出し、表現することに変わりはない。
そして、これらが本当に自分に向いているのかなんて、分からない。
でも、一歩踏み出した心地よさと、形になったときの達成感は何ものにもかえがたい喜び。
大学名や会社名に頼らず、自分の名前だけでの勝負。

3年後の私。
また違うことをやってるかもしれない。
かつて、「今の私」を想像することさえなかったように、
今の私では想像できない「3年後の私」がいるかもしれない。
きっと、人生の転機なんて、自分が思うよりたやすく訪れてしまうもの。
でも、挑戦する勇気とリスクをとる覚悟だけがあれば、
乗り越えられると信じている。

10年後の貴方は、どこで何をしていますか?




2002/4/12/FRI
東京は暑いくらいだったり肌寒かったり。
そのせいか、実家の猫達(ジャズ、ファンク、ロック、ブルースという名の4兄弟)も
風邪気味のようです。
今回その猫達のことを書こうとPCに向かいましたが、
どうしてもBGMに気を取られ、こんなコラムになりました。
野村沙○代さんのことではありませんので、あしからず。

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[サッシーはお好き?]
サッシーとは、偉大なるジャズ・シンガー、サラ・ヴォーンのこと。
私が敬愛してやまないシンガーの一人だ。

彼女の歌う、大好きな曲がある。
「After Hours」というアルバム中の「SOPHISTICATED LADY」。
ノンシャランな逸楽の生活過ごしているレディも、一人のときは
昔の結ばれなかった恋を想って泣いている…という曲。
彼女の甘く強く優しい声を耳にする度、胸の奥がいたくなる、切なくなる。
そして、猫が無条件に甘えてくるときにそうするように誰かの肩や胸に
頭を押し付けて、相手の胸と自分の髪のないまぜになった匂いを嗅ぎ、
「ひとりではない」と安心したくなるような衝動にかられる。
かと思えば、たった一人、物心もつかない少女がするように
大声を上げて泣きじゃくりたい気もしてくる。

私の身に、突如降り掛かった恋。
そして突然、彼に妻がいることを知り、無理やり終わりにした恋。

あの恋を想って幾日泣いたことだったか。
他の人とどんなにスノッブなデートを重ねても私の心は微動だにせず、
家族の寝静まった深夜、湯舟に漬かりながら声もなく泣いた。
泣かなかった日は自分を褒めるように手帳の日付けを丸で囲った。
街を歩いても、彼と歩いた道、彼と入った店は避けるようにしていた。
その年の春、仕事が本格的に忙しい時期を迎え、2週間位泊まり続きに
なったときには、彼のことを想い出すことも少なくなっていった。

けれど。私は彼のことを忘れてはいない。
短かった彼との日々は、私にたくさんのことを教えてくれた。
言葉ではなくまなざしで気持ちを伝える術も、限られた二人の時間を
慈しむために自分の鎧を捨て去るためのモード切替の方法も、そして、
甘かった恋の思い出のために流す涙のとびっきりの苦さも…。
それまでの学生の延長のままの気分の恋愛ーー金曜の夜に電話して
「明日どうする?どこいく?」と相談するなどという類いの他愛のない
恋愛からは、あの時、卒業してしまった気がする。

幼い頃から家の中にはブルー・ノートが漂っていた。
身近にJAZZがあった。サラの歌声も。
ずっとロックやファンク一辺倒だった私も、あれ以来JAZZを愛している。
もしかしたら、父や母にも苦い涙を流させた想い出があるのかもしれない。 
そんなことを、彼と別れ、また巡って来た春の日に考えている。 




2002/4/4/THU
カフェ・ド・ショコラをご覧の皆さん、ハジメマシテ。
この度、こちらのサイトを間借りさせていただくことになりました、YUKARIKOと申します。
気の赴くまま、感じたままを書き連ねたいと思っています。
目指すは、生活のカンフル、とまではいかなくても句読点、位には。
 
今回は初回ですので、4月のテーマ「出会い」をモチーフに、
おぼろげながらですが、私が文章屋を目指す下敷きになった出会いを書いてみました。

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[マチュアな女(ひと)]

その女と出逢ったのは、ティーンエイジャーになろうという年の春。

桜の咲く校庭に突き出すような形で前年に建てられたばかりの新しい教室に、
彼女は背筋を伸ばしてゆったりとした歩みで入って来た。
手には、教科書と2冊の辞書。彼女は国語教師。
今考えても50代だったであろう彼女は、国語教師には似つかわしくない、
きっちりと糊のきいた白衣を身にまとい、大ぶりなゴールドのイヤリングと
ネックレスを身につけ、ほっそりとした小柄な体とは不釣合いな高いヒールの
パンプスを履いていた。

 彼女は自分の名を美しい文字で黒板に大きく書き、凛とした様子で簡単な挨拶をした。
その時すでに誰もが「一筋縄ではいかない人のようだ」という思いを抱き、
今にも生意気ざかりに突入しようという生徒で一杯の教室は、上級生がサッカーに
興じる校庭からの風にはためくカーテンの衣擦れさえ聞き取れる位の静けさだった。
 
彼女は、年端もゆかない生徒達を男女の訳隔てもなく「さん付け」で呼び、
筋の通らないことは許さない、といった雰囲気をいつも漂わせていた。
自分にも他人にも厳しく、充実した授業を行う彼女は、150cmもないのではと
思われる小柄な体ではあったが、体格のいい男子生徒達にも一目置かれていた。
生徒たちは思春期らしい反抗期ぶりで、彼女の厳しさをうっとおしいと思いつつも、
その揺るぎない真っ直ぐな姿勢や、周到に準備された周辺教材による知的好奇心を
刺激する授業に好感を抱いていた。 

振り返ると、私は、彼女ほど「マチュアな女」を知らない。
彼女は、きっちりと与えられた仕事をし、愛情を持ちつつも適度な距離感を持って
生徒に接していた。若い教師にありがちな媚など微塵もなかった。
教師とは尊敬や嫌悪の対象であっても、友人ではない、それを体現していた。
きっとあの白衣の下にはチョークの粉で汚したくないと思うだけの、教師ではなく
女性らしく美しく装った彼女がいたのだろう。
名もない一介の国語教師だったであろう彼女だが、
昭和一桁生まれらしい折り目正しさと何事に対するにも見せる細やかな気遣いは、
マチュアな女性の資質に溢れていた。
海外では、年を取っても美しく装い、筋張った足にハイヒールを履いている女性を
よく見かけるが、そんな女性は日本にもいるのだ。
当時は(どちらかというとシニカルに)「凄いなぁ。」としか思わなかったが、
自分が社会に出て色々な経験値が上がっていく度、自分の稚拙さに嫌気がさし、
彼女のマチュアぶりを思い出す程に心酔した。

私がペンを執ることになったきっかけは些細なことなのだが、
心のどこかに文字や文法の面白み、文章を読み書くことの奥深さが刻まれているのは、
彼女の授業に緊張感を持って真摯な態度で臨んでいたから、
そして日本語を自在に操る「美しき」彼女への憧憬のような気がしてならない。
そう遠くないいつか、自分なりの文章スタイルができたなら、彼女を尋ね、
自分のこの想いを彼女に打ち明け、拙文を読んでもらいたいと考えている。

竹牟禮礼子先生、貴女は今どうしていらっしゃいますか?