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PCインストラクター、外資系会社の社内PCヘルプデスクで活動中。 HINATAさんからのLOVEコールはなかなかのものでした。 カフェ・ド・ショコラへの熱い思いに期待します。
PROFILE
NAME
:HINATA
年 齢:31歳
血液型:B型
星 座:おひつじ座
出身地:福島県
好きなもの:夕方・水音・月・音楽・愛する人たちとのおしゃべり
嫌いなもの:適当な優しさ・自分のためだけの嘘

■ご意見ご感想はHINATAまで
■HINATAさんのサイト:LunarLight*SunLight

 福島テイスト【BREATH】
2004/3/6/SAT
[How old are you?]
気づかないフリをしていた。
見なかったことにしていた。
だって、私は好きだったから。
そこから締め出されていることを確認するのが
辛かった。
・・・私はan・anをこよなく愛していたのに!

ページをめくれば、さりげなく
「20代から始めよう!」
なんてフレーズがあったし、後ろにたくさんある
美容関係の広告でさえ
「20代の永久脱毛」
なんてキャプションが載っていたりする。
何度も何度も気づかないフリをしてきたけど
そろそろ無理がある。
・・・an・anは私をターゲットから外したのだ!
よく特集されている、心理テストや占いで必要以上に
ドキドキするわけは、生年月日から割り出すチャートに
自分の生まれ年がなかったらどうしようと思うからだ。
私は誰もいない部屋で、an・an相手に舌うちを打つ。

歳をとったんだなあ、とおかしなところで
実感させられた。
でも、考えてみるとこの頃の私の友達ボーダーラインは
「夕やけニャンニャン」
を知っていること、だった。
「夕やけニャンニャン」を知らない世代以降とは、ちょっと
言葉が通じにくい。
だけど、ボーダーが
「夕やけニャンニャン」だってこと自体、すでにイタいのではないか。
・・・別にいい。そんなことは全然気にしない。

そんなことをブツブツ言っていたら、若い男の子が言った。
「川原さん、それチャンバー発言ですよ」
「なに、チャンバーって?」
「おばちゃん、ってことっすよ」
・・・チャンバー・・・。
気がつくと、どうやら私は立派な「チャンバー」になっていたらしい。
歳をとるのは止められない。
せめてチャーミングなチャンバーになろうと決意した今日。
an・anだって読むよ。

私をチャンバーだと言った彼はもちろん、「夕ニャン」を知らない。




2004/1/28WED
[またね!]
こんにちわ。
この間は、会いにきてくれてありがとう。
とても楽しかった。
あなたを駅のホームで見送った後
そのまま階段を下りて、本屋に入ったの。
ほら、駅の北口のそばにあったでしょう?
あの本屋。

私、いつも誰かを見送った後に
あの本屋に寄るんだ。
自分以外の、大切な誰かがさっきまでいた空間に
一人ぼっちで帰るのが淋しくて。
またいつも通りの、私の現実に戻っても
淋しくないようにあの本屋に淋しさを置いて帰るの。
駅から出たら、日常が帰ってきてしまうから
駅の中に置いていくの。

本屋に入ったら、必ず一冊買って帰るのが私のルール。
愛するひとを見送った時は、目の前に並ぶ雑誌や本が
ぼやけて見えたこともあったよ。
大好きな友達と別れた後は、楽しく過ごした時間の余韻を
楽しむように本棚の間を泳ぐように歩いた。
家族に手を振った時は、やっぱり少し寂しくて
賑やかな表紙が並ぶ雑誌のコーナーから離れられないことも。
そんな風にして、ぐるぐると本屋の中を歩いて
その時の私の気持ちにあう一冊を選ぶの。
買いたい本が決まったら、レジでお金を払うけど
その時に私はお金と一緒に自分の淋しい気持ちを
置いてきている気がしてるんだ。

だからね、過ごした時間が楽しければ楽しいほど、
幸せだと思った分だけ、本を選ぶ時間が長くなる。
時々、選びあぐねているうちに見送った人が目的の駅に
着いてしまう時間になることもあるの。
本当はね、この間も、あなたが「着いたよ」ってメールをくれた
時間に、ちょうど私も家に着いたんだよ。
なんだか恥ずかしいから、黙ってたの。

私は幸せを感じることが下手なのかもしれない。
幸せだと思えば思うほど後が淋しくなるなんて。
幸せだからこそ、感じることの出来るこの淋しさを
ちゃんと抱えられるようになろうと思う。
臆病にならずにもっともっと、楽しいって感じたいと思う。
また会おう!
今度は私が会いに行くよ。
それまで、元気で。
時々は声も聞かせてね。

それじゃあ、また!




2003/11/26/WED
-11〜12月のテーマ『これが私の生きる道』-
[点]

友達の誘いを適当にかわしておきながら
休日、部屋で一人「つまんないなあ~」なんて言ってる。
携帯だって、ピリとも鳴らない。
誰か私に電話してくれればいいのに。
あの子もあの子も、みんな忙しいんだなあ。
私だけだ、退屈してるのは。
なんだか一人ぼっちな気持ち。
あれ?
よく考えたら、休日を空けていたのは私自身だった。
・・・寂しがりのくせに、一人が好き。

よく泣くけど、人前では滅多に泣かない。
仕事に行くのが辛くて、出勤途中に車の中で泣いても
会社の駐車場で車から降りる私はいつも通り。
真夜中に友達からの電話。
お父さんを亡くしたばかりの彼女は
「お父さんがいなくなって本当に悲しい」
って、繰り返す。
父を亡くした先輩の私。
だけど今でも・・・お父さんがいたらいいのに、って思う。
私まで悲しくなって、泣いてしまうけど
二人で泣いたら収集がつかなくなってしまうから
しっかりしなくっちゃ、と思って泣いているのを
悟られないようにする。
電話で泣いていることをバレないようにするコツは
鼻をかんだり、すすったりしないこと。
涙も流しっぱなしにすること。
・・・泣き虫のくせに、意地っ張り。

テレビを見ていて、ガハハと笑う、その自分の
下品な笑い声に驚く。
音楽を聴いていて、CDと一緒に歌いたくなって
気がつくと、一人熱唱状態。
ついでに、ちょっと立ち上がってお尻まで振ったりして
振りつきだったりする。
家のそばを歩く人の物音で我に返って、ひどく
恥ずかしくなる。
慌てて、部屋のカーテンを閉めて、自分自身のボリュームを下げる。
他人に絶対見られたくない、自分の中の一つ。
・・・緩みっぱなしの自分は恥ずかしいけど、時々すき。

今の私はだらしなくて、カッコ悪くて、素敵なところも
あんまりない。
だけど、この日々の中に、心をとても揺さぶられるような
出来事や腹が立つこと、私が私でよかったと思うことも
ちょっとずつスパイスみたいに入っていて、毎日を彩っている。
素敵じゃない私が、一生懸命素敵になろうとしてもがいて
いることは、生きていく道に「点」をつけるようなことだと
思う。
小さな「点」がたくさん出来たら、それがつながって「線」になる。
それが道になって、いつかどこかへ辿りつけたらいいなあ。
今は、まだ途中。
これが、2003年11月末の・・・私の「点」。




2003/11/14/FRI
[わたしのことば]
ふとしたきっかけで、自分の中に眠っていたはずの
感情がよみがえり始める。
バイオリズムが下降しだしたサイン。
起きた出来事は過去の中にあるのに
そのときの私の気持ちは鮮やかなまま
胸に残ってる。
「どうしてあの人は、あんなことを言ったのだろう」
「あの場であの態度をとるなんて!」
悔しかったし、哀しかったし、寂しかった。
・・・・・・・・・許せない。

いつもはこんな気持ち、忘れて過ごしているのに
一度思い出してしまうと、この感情に飲み込まれてしまう。
「許せない。傷つけられて、哀しい。」
「でもそれより、過去の出来事を越えられない自分が哀しい」
「誰かを許せない、自分が許せない」
気持ちが気持ちを呼んで、まるでネガティブの輪唱。

こんなとき、私は自分の感情を埋めてくれるものを探す。
けれど。
いつも肝心なとき、聴きたい音楽が見つからない。
伝えたい言葉が見つからない。
色も、風景も、匂いも、いつもいつも。

家中のCDをひっくり返して
ビデオを、DVDを散らかして
本を次々とめくって。

いろんなものが散乱した部屋で
私は疲れ果ててため息をついた。
・・・涙が出た。
泣き出したら止められなくなって、部屋の真ん中で
ワンワンと泣いた。
しばらく手放しで泣いていたら、突然口から言葉が出た。
「全部、許すよ」
そうだ。全部、許してしまえ。
私を傷つけた人も、物も、それを許せない自分自身も。
誰が本当は悪いとか、ああすればよかったとか
そういうのも全部ひっくるめて、許してしまえ。
私のことも、私以外の人のことも、何もかも責めない。
心の中で「許せない」と思うだびに口に出して
「許す」
と言った。何度も何度も。

もしかしたら、欲しいものは全部、自分の中に
あるのかもしれない。
言葉だけじゃない、音も、風景も、匂いも。
誰かからの借り物で済むなら、それもいいのだけど。
それじゃ足りないこともある。
こうして出た言葉は世の中にある、どの「許す」という単語とも
違う意味を持つから。

放り出した本、ケースから出たままのCD。
どれも私自身が出した言葉とは違うけど、それによく似た
ものたち。
これに囲まれて、胸に自分の言葉を抱えて、このまま
今日は眠ろう。
明日の朝はきっと、いい気持ちで目が覚める。




2003/9/19/FRI
-9〜10月のテーマ『携帯電話の向こう側』-
[シンジナイ]

携帯電話は自分には必要ないと思っていたから
使うようになったのは、人より大分遅かった。
家に帰れば、自分用の加入電話があったし
昼間は仕事しているから、携帯に電話があったって
どうせ出られない。
そんなに遊び歩くタイプではないから、仕事が終われば
大概はまっすぐ家へ帰る。
・・・・携帯の出番がない。

初めて使ったのは、PHSだった。
当時の恋人がPHSを使っていたから。
私は恋人に内緒でPHSを購入して、買ったばかりのPHSから
電話をかけた。驚かせたかったから。
それからは、電話・メール、メール・電話・・のループの日々。
「携帯って便利なんだ!」
と思った。
だけど、恋が少しずつ終わりに近づいてくると携帯はちっとも
便利ではなくなっていった。

いくら携帯を鳴らしたって、相手が出なかったら意味がない。
着信が残ってたって、コールバックがなかったら意味がない。
相手が私だってわかってて、出ないんだったらもっと意味がない。
遠距離恋愛だったから携帯を逆手にとって、私と相手を結ぶ線を
切ることなんて簡単だ。

私は携帯が便利だなんて信じない。
携帯をなくしてしまったら、連絡がつかなくなってしまうような
関係も信じない。
出かけるとき携帯を忘れてしまったら携帯は携帯じゃなくなる。
忘れずに持って出たって、電車の中、バスの中、図書館、職場・・・
堂々と携帯で話せる環境だってそう多くない。
入っている着信履歴に気づかないで、1日が終わってしまうことだってある。
「これから出てこない?」ってメールをうっかり見過ごして日付が
変わってしまったら、そのメールに返事を出すのはやっかいだ。

逆に。送ったメールの返事がなければ、ストレスが溜まるし
コールバックがなければやきもきさせられる。
急な用件ならなおさら。
携帯は、ただの道具。
どんどん小さくなって、薄くなっていくキカイに私の人間関係を
握られてたまるもんか。

そう思うようになってからは、携帯を忘れても気にならなくなった。
携帯を忘れたら、取りに戻るほどだった私が。
忘れたら忘れたで仕方ない。
さっくりとあきらめて、その日を過ごす。

携帯があってもなくても、ハッピーな1日・・・




2003/9/11/THU
[もらえなかった指輪]
アクセサリーはあんまり持ってない。
それでも、波があって「ものすごくジャラジャラ下品なほどにつけたいとき」と
「一つもつけたくない」という時期を繰り返してる。
今は「一つもつけたくない」という時期。
この前、ジュエリーボックスを眺めていて「もらえなかった指輪」
のことを思い出した。
生まれて初めて、好きな人からもらえるはずだった指輪。

当時私は、本当に彼のことが大好きだった。
私の高校生活は彼を中心に回っていた。
初めてのデートのときは、3日前から友達を巻き込んで
一人ファッションショーを開き、洋服を決めて
雑誌に載っていた「初デートのときは、スパゲティーとハンバーガーを
食べてはいけません」という記事を頭に叩き込んで望んだ。
私も彼も「お付き合い」ということ自体が初めてで
デートで何をすればいいかわからず、ただただ4時間休みなく
街を歩きつづけた。緊張していて「疲れた」って言えなかった。
それでも、すっごく幸せだった。死ぬほどドキドキした。

しばらくして、彼が「冬休みはバイトをするから会えない」と
言い出した。私はがっかりする気持ちを飲み込んで
「頑張ってね」と言うしかなかった。長い冬休みが明けて、彼が突然
「バイトしてお金を作ったから、指輪を買ってやる」
と言い出した。指輪を買うためにバイトしてたんだ、って。
びっくりした。嬉しかった。彼が働いて買ってくれる指輪、欲しかった。
「ダメだよ。一生懸命働いたお金、使っちゃったら悪いよ」
なのに私の口から出た言葉は、気持ちとは全く別の言葉。
今でも、どうしてあんなこと言ってしまったのかわからない。
少しの間、彼は黙って「・・・わかった」とだけ言った。
あのときの、寂しそうな彼の顔を今でも覚えてる。

貰ってあげればよかったのに、と友達は口をそろえて言う。
私もそう思う。もし貰っていたら、絶対に今でも私の宝物になっていたはずだ。
よく考えてみると、あのとき私は「ありがとう。嬉しい」なんて即答したら、
がっついてる女にみられるんじゃないかって、思ったんじゃないかと思う。
もし彼が「絶対指輪を買ってやる」ってもう一押ししたら「ありがとう」
って言おうって。
一瞬の16歳の小娘の打算。それが彼を傷つけるなんて思わずに。

もし今そんなチャンスがあったら絶対に逃さない。
「ありがとう。嬉しいなあ!」
と全身で大げさに喜びを表現してみせるだろう。
31歳のわたし。

純粋に「好きだ」と思う自分と、芽生え始めた自分の中の「女」とが
同居していたあの頃。
もらえなかった指輪は、目には見えないけどジュエリーボックスを
開くたびに、今でもそこにある。




2003/8/1/FRI
-7〜8月のテーマ『スキルアップ』-
[目線の方へ]

苦手で大嫌いで、そこから逃げることばかり考えていたことがある。
それは昔も今も、変わらない。
・・・でも。
苦手で嫌いなことに対して、私は今、憧れがやまない。

昔から、団体行動が苦手だった。
学生の頃、みんなが楽しそうにしている学園祭や球技大会はとにかく「こなす」ことで精一杯だった。
何が楽しいのか全然わかんない。

学祭なんて、やりたい奴だけやればいいじゃん。
手伝わないと「協力してくれないぃ」とか言われるし。
学園ドラマじゃねーっつーの。

同じ箱の中に並べられてる商品みたい。学校の中は窮屈。息が詰まる。

社会に出て驚いた。

大人ってすごい。 どうして毎日、こんなに勤勉に働ける?
極端にサボる人がいない。 まるでロボット。
こうやって、私も歳を取ってくわけ?
夏休みも冬休みも春休みもなくて、サボったりもせずに
毎日毎日毎日繰り返してく・・・無理!

「無理!」と思った日から、もう10年たった。
適当に休みながら、なんとか生き延びてきて、
今普通に会社生活を送れているのは
奇跡に近いことだと自分でも思う。

この10年の間に、いろんなことを覚えた。
気の使い方、回し方、抜き方、紛らわし方・・・。
それでも、まだまだできないことが多い。
この間も、忠告されたばかりだ。
「自分は白が正しいと思っても、上司が黒って言えば黒なんだよ」って。

私だって、できるものなら今すぐそうしたい。
若い頃は「不器用な人間だから」って言葉で済んだけど今はそう思わない。
たくさんのものを守るために、自分の気持ちを
黙って飲み込む先輩たちの方がカッコいいと思う。

いつも私は、どこかの箱の中に入ってもがいてる。
だけど、私はここから出て行かない。
ここにしか居場所がなかったのか、臆病だっただけなのか。
自分でもよくわからない。

「一人よりも大勢の方が、面白いことが出来るかも」と思い始めたのはまだ最近。
いろんな人が集まったら、一人では決して出せない答えが見つかるような気がする。
人の中で、自分を活かして行く方法がきっとあるって思えるようになった。
信頼関係を一から作り上げていくことや、人との関係の煩わしさを面倒と思うのはもう止めよう。

生まれて初めてのこの気持ちの活かし方を、私はまだ知らない。
それでもこういう感じ、悪くないなって思ってる。
相変わらず、団体行動は性に合わないし、感情は全部顔に出ちゃうけど。
このまま進んでいくつもり。
落ち込んだり、間違ったり、喜んだりしながら、自分の目線の方へ。
ワクワクしながら、新しい場所へ。




2003/7/13/SUN
[ハジメマシテ、ハジメマシテ]
はじめまして、の人と会うことがどんどん少なくなってる。
会社へ行けば、いつも顔を見るのは同じメンバーだし
友達も変わらない顔ぶれ。
それはそれで楽しい。
時々ニアミスして、お互いの地雷を踏んだり踏まれたり。
グチを言ったり、大笑いしたり、泣いたりすることもある。
新しい出会いがなくても、特別困ったりしない。
だけど。

もっともっと広い場所へ行って、いろんな人に出会いたい。
会わなきゃよかった、と後から思ってもいいから出会ってみたい。
まだ知らない誰かとの出会いが、私のチャレンジになる。

頑固で、時々偏屈になる私を受け入れてくれるかしら?
普段は意地を張りがちだけど、心を開いた友達の前では
少しは素直になるのよ。
そういうギャップを笑わないでくれるかな?
人見知りを隠すために、いつもの何倍も明るく振舞ったり
人を笑わせたりしなくても、きちんと私が伝わるように
「はじめまして」が言えるかな?

『・・・はじめまして。仲良くなりたいです』