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| 「CanCam」「テレパルf」など女性誌、情報誌を中心に仕事中のフリーエディター&ライター。 他、女性誌の編集企画やコスメの広告などのライティングなどでも活躍中。読んでいるうちに自然に引きこまれ、即ショコラライターさんに任命しました。 |
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PROFILE
NAME:木原久美子
年齢: 32歳
血液型: O型
星座: 獅子座
出身地: 東京都
在住地:茨城県
好きなもの: スノーボール ろうそく 花束 カレイドスコープ ドライマティーニ
嫌いなもの: 羅列した数字 カタカナで書かれた長い外国語
好きな場所: リゾートホテル シティホテル 南の島 ベッドの中 お風呂とプール
趣味: ぼんやり お昼寝
■KUMIKO:日記のサイト≫いつかは極幸生活
■Fortune Cookies cafe de chocolatメンバー:NATSUさんとKUMIKOさんの交換日記形式コラムサイトです。
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2003/9/9/TUE
-9〜10月のテーマ『携帯電話の向こう側』-
[Re:………]
ここ最近、仕事上の重要な連絡が
携帯電話のメールアドレスに頻繁に届くようになった。
スケジュールの変更や、確認だけでなく、
新規の仕事の依頼まで携帯電話の液晶画面に表示される。
そして折り返しの連絡を携帯電話の向こうで待っている。
ついにここまできちゃいましたか、という気持ちです。
繋がりすぎている。
携帯電話って、とくにメールって
遊びの戯言をやりとりしてる分には、
とっても楽しいツールだし、面白がって使っている。
けど、ビジネスツールとしての
携帯電話はもう、本当に、ビジネスツールで、
圏外にいて…、とか、
携帯電話を家に忘れちゃって…、とか
気づかなくて…とかいういう言い訳が日々
「ごめんなさい」ですまされないような状況になっている気がします。
これは、絶対的なストレス。
回線電話、ファックス、留守番電話、PCのメール、
携帯電話、携帯電話の伝言サービス、携帯電話のメール。
相手に連絡がとれない、ということが物理的に不可能になって、
連絡がとれないということはつまり逃げまわっている、という事実が
がっつりバレる、というこの恐ろしさ。
気絶したまま眠り倒して
2日間くらいすっとばかしてしまったりすることがあります。
そのときの、夢見の悪さといったら大変なもんなんですが、
目が覚めて、携帯電話の伝言サービスに1×件のメッセージがある、
とかいうアナウンスを聞くと、それはそれで絶望的です。
起きたら別の悪夢にとりつかれる感じ。
同じ人から同じ内容のメッセージが何件も入っているのは常で、
その上それは件数を重ねるごとに声のトーンが怖くなっている。
その、なんというか、不愉快を全面に押し出した声の録音に
すみません、わかりました、本当にごめんなさい、と声に出して
あやまりつつ聞くその苦しさ。
電話番号が非表示設定にされた人から、「至急折り返しください」という
伝言メッセージが入っているにもかかわらず、
番号が吹き込まれてなかったりもして。
「至急っていつ!?」って焦りながら無駄にじたばたするも
そしてそんなときに限って、名刺ホルダーもアドレス帳も見つからないし、
そんな相手に限って携帯電話のアドレスに登録してないし。
自分の整理整頓のダメさを恨んだり、登録し忘れたことを後悔したり、
っていうか、どうしてあたしがこんなに自分を責めなければいけない
環境に!? と思って泣けてきたり、もう本当に、2日寝たおしただけの
ことはあって、そのしわ寄せっていうか、本当にバタバタとしてしまう。
繋がりすぎている。受信ボックスも送信ボックスも
「Re:」で始まるメールばかりが目立つ。
あんまり繋がりすぎているから、
繋がってることが当然な感じがしてしまっているから、
いきなり連絡が途切れたときににびっくりする。
それは例えば、
あたしはあの人の携帯電話の番号と
メールアドレスしか知らないんだなぁってことだったり。
携帯電話の文化は始まったばかりだから、
なんか、まだ、そういう環境に慣れてないんだろうな。
次の世代には当然なこととなるのだろうけれど、
今はやっぱり、ちょっとびっくりする。

2003/9/4/THU
-7〜8月のテーマ『スキルアップ』-
[恋のスキルアップ?]
「案の定、またやってしまったのよ」
と彼女が言ったとき、あらら、と思ったのは
きっとやってしまっただろうなぁと思っていたからだったけれど、
あたしが 「あれから、大丈夫でしたか?」
と聞いただけで、彼女があたしが何を言っているのかわかったことも
ちょっと可笑しくて、お互い気まずい気持ちを隠すように微笑をかわしあう。
5:00am。朝7時までお酒を出す店から出ると、
すでに空はくっきりと青く、夜明けはとうに過ぎていて、
数時間後には仕事に戻らなければいけないあたしとその人は、
大急ぎでサヨナラを言って、別々のタクシーに乗り込んだ。
…はずだった。
というのは、彼女は先に来たタクシーにあたしを乗せてくれたから、
その後、彼女はしばらく次を待たなければいけなかったから。
あたしはタクシーの後部座席に沈みながら
特定の誰かと話がしたくてしかたない気持ちを歯を食いしばって押さえ、
押さえているうちに眠ってしまった。
が、彼女は交差点でタクシーを待ちながら、
携帯電話で終わった恋の相手に電話をかけた。
あたしはタクシーに先に乗ったから、免れただけのこと。
朝の246号線って寂しさを増長させる。
妙にさっぱりとした空気の感じと、独特な静けさに、
否応なく人恋しくなってしまう。
そして、つい、携帯電話に手がのびる。
普通は「起きるにはまだ早い」時間だけれど、自分の経験から
考えて、もしかしたら「仕事が終わらずにいる」時間かもしれないし
「飲んで帰ろうとしている」時間かもしれない、と
自分の都合がいいように考える。
もし、眠っていたとしても
「今日は特別、今起きなければいけない」時間かもしれないし、とか。
でも、たいがいそんなことはありえずに、
受話器越しの、寝ぼけながらも不機嫌な相手の声を聞きながら、
電話をかけたことも、非常識な時間を選んでしまったことも、
圧倒的な後悔になってのしかかってくる。
「絶対しちゃダメだと思ったのよ。今まで朝に電話をかけて
事態が悪化したことはあっても、
好転したことなんて一度もないから」
「わかります」
「でも、声が聞きたくなっちゃうの。しかも昔の男の」
「わかります」
「普通、怒るわよね。常識的に考えて」
「うん」
「なのに、なんでかけちゃうんだろう…」
「やっぱり、246号線だからじゃないですか?」
「かなぁ?」
恋にメソッドはないというし、人は前の恋から何も学べないというのは
定説だけれども、それでも、終わるたびに、自分の何がダメだったのかは
やっぱり考えていて、それで一応自分なりに答えを出して、
次のときには、それはしないでおこうと、心にメモはしているのです。
今日は会えないと言われているのに会社の前で待ってちゃダメ
あたしのこと好き?って会うたびに聞いちゃダメ
携帯電話の着歴はみちゃダメ
もちろんメールも読んじゃダメ
酔った勢いで好きな人に電話しちゃダメ
スキルアップ。技術の向上。磨こうとしている。
磨かれてくれたらいいなぁと思っている。努力不足か。
でも、恋って努力か? んー、努力なのかもしれない。
けど、でも、もっと、なんか理性じゃないから、こと、
恋愛に関してはやっぱりスキルアップは望めないのかもしれない、とも思う。
少なくともあたしは。

2003/5/30/FRI
-5〜6月のテーマ『この街に住んで.....』-
[常磐道午前五時]
茨城県に住んで5年目の夏が来る。
転居する直前に新車で買った車は走行量が10万kmを越え、
去年買い直した車も1週間で1000kmのペースでカウンターが進み中。
ちょっと渋滞していれば、
都内に入るまでに成田からグァムに直行できるくらいの時間がかかる。
毎日、ロングドライブをしている生活。
だから、ちょっと気持ちいいことも、幸せな瞬間をみつけることも、
車の中が断然多い。
好きな人からかかってくる電話の呼び出しもメールの受信も、
ナビシートに置かれたバッグの中で着信されて履歴を残す。
オレンジに染まった夕暮れの街にそびえる高層ビルのシルエットも、
空に白いラインを引きながらのびる飛行機雲も、
車のバッグミラーやサイドウィンドに切り取られた風景となって
あたしの中に記憶されていく。
一番好きなのは徹夜明けの早朝。例えば今なら午前5時。
都内から茨城へ帰る道。
空の青が少しずつ濃さを増し、くっきりと明るくなった首都高速を抜けて、
向島線から常磐道に入る。
3車線がほぼまっすぐにのびる朝の道を走る車はまばらで走りやすい、
ということももちろんなのだけれど、それ以上に、
あ、もうすぐお家だ、家に帰られるんだ、という気持ちが
カラダの中に広がっていく感じが心地いい。
東京からあたしの家までは約80km。朝なら約1時間。
その距離も、楽しさに影響しているのだと思う。
「もう少し走りたいな」って思うくらいの、ちょうどいい距離と時間だから。
インターチェンジを降りて右に曲がると
上昇中の朝日を正面に受け止めることになる。
眉間に力が入ってしまうくらいのまぶしさに、
この季節は茨城独特の深い朝霧が重なる。
白くスモークがかかった街の中に、
近く遠く、車のボンネットの一部や、
自転車を漕ぐ学生の足だけが見えたりする。
大事があってはいけないと、運転に注意深くなりながらも、
その不思議な風景は、心を奪う魅力がある。
家から都内までの1パターンのルートを往復するだけの毎日で、
美味しいコーヒーの飲める喫茶店も、大型書店の場所も知らない。
けど、知らないと言いつつも、
春は右手側に桜のキレイな川縁の道があることに気づき、
夏は朝日とともに開く蓮の大輪を愛で、
雨の日はトトロの傘のような、その葉の濃い緑に目を奪われ、
秋は稲の収穫を、冬は霜の降りた麻色の田圃を、と
車の中から感じられる季節は充分楽しませてもらっている。
東京に住んでいた頃は、雀さえ見なかったことを鴫を眺めながらふと思う。
自然が一番、などと言うつもりはまったくないけれど、ちょっとあると
やっぱり嬉しいから、どっちも味わえる今はかなり贅沢だなぁと思います。

2003/5/7/WED
[死んだ恋を抱く女]
「死体を抱いてるんだなぁって思ったの」
朝方のワインバーでポツリと彼女が言った。
グラス1杯でご機嫌になって、そのまま量が進むあたしと、
いくら飲んでも絶対に乱れない彼女とふたり、
すでに3本のボトルを開けていた。
会話の途中の短い沈黙。バーテンダーの手によって
オーディオに新しいレコードが置かれて、少しのざわめきさえあれば
消えてしまうくらいの音量で店の中に新しい音楽が流れる。
「あ、このアルバム。何だっけ」と彼女が言って
あたしは曲のことはわからないから、そんな意味を込めて小さく笑って、
彼女がその曲名を思い出すまでの時間、
テーブルの上の小さな蝋燭の火が揺れるのを見るともなく見ながら
ときどき思いついたようにグラスを口に運んでいた。その時だった。
「死体を抱いてるんだなぁって思ったの」
「死体? って誰?」
「人間じゃないの」
「――さんのことではなく」
「ん。直接は――さんのことではない」
「でも、登場人物は----さんだよね?」
「ん。――さん」
さんざんなフラれ話を聞きながら何度も朝まで飲んで、
それから2ヶ月あまりがたっていたから、すっかり、とはいわないまでも
いくらか気持ちにも整理がついたのかと思っていたから、
彼女の生活の中に、今もその彼が存在していることに少しだけ驚いた。
「会ったのね?」
「電話をしたら、夕食がまだたっていうから一緒に食べた」
「そう。それで、泊まったのね」
「そう」
彼のためにならいくらでも時間の融通がつけられる彼女が、
その日の夜にならないと予定が見えないという彼に何度か電話をして、
そして約束をとりつけたという。よくある話ではあるけれど、切ない話だ。
「差し向かいで食事をしているでしょう? いろんな話をするのよ、それこそ、
仕事の話や、仕事仲間の話や、別の恋人のことから家族のことまで、普通に、
友達のように、楽しく。もう、そこには、あたしへの気持ちとか、ないのよ」
友達みたいな気持ちはあるんじゃないの、
とは揚げ足とりになりそうなので言わなかった。
彼女がない、と言って、そして欲しがっている気持ちというのは、
恋心だけだから。
「すっかり、気持ちよさそうなの。あたしに秘密がないから。
まるで堂々としているのよ」
気持ちが冷めたことを告げ、好きではないことを告げ、
別に恋人がいることを告げ、
それも、新規参入で現在同時進行であったことを告げ、
もう会わないつもりでいることを告げた彼にとって、今の彼女は
どんな存在なのだろう。そのときのセックスってなんだろう。
「意味なんて、ないのよ。あたしがしたいと言ったからしただけ」
「あなたが悲しそうな顔をしないで」と彼女は言ったけど、
やっぱりあたしは悲しかった。
「行為そのものはまったく変わらないの。
特におざなりというわけでも、冷ややかなわけでもないのよ。
だけど、ああ、この人はあたしを好きでないのだなって
はっきりとわかるの」
そのとき彼女は、砂丘の真ん中で、
白い布でぐるぐる巻きにされた人形ほどの大きさの物体を
拾い抱きかかえている自分が見えたのだそうだ。
「何か、大切なものの死体なの。それはわかるの。
だからあたしは茫然としてそれを抱きしめるしかないの。
そこで、強い風が吹いて、その布がほどけていって、
ふぅっと手応えが無くなって。中は空っぽだったのよ。
だけどあたしには、
その中に死体が入っていたという感覚だけ残っているの。
あ、消えちゃった。
なくなっちゃったから探しにいかなくちゃって思うのよ、
バカでしょ?」
終わりを受け止めていながら終わらせられない恋ならば、
続けるしかないのだと彼女は言い、あたしはそれを止められない。
わかることなんて簡単だ。それなりの知識も経験もある。
社会性も、常識もある。
けど、できないというのだからそれはもう仕方がない。
息を吹き返さない恋を抱き、かつてに溺れて今を泣く。
全然カッコよくないけど、愛おしい。

2003/2/18/TUE
-2〜3月のテーマ『My Gift to You』-
[甘い贈り物]
日本で初めてチョコレートを食べた人は井伊直弼だそうだ。
「錫の紙に包まれたおいしいものを食べました、という記述が残っているのだよ」
銀色の紙をていねいに開きながら、彼が言う。
そして包まれていた薄くて四角い焦げ茶のそれを指先でつまんで、
あたしの口の前に差し出すから、あたしは素直に口の中に入れる。
ほのかにビターで、でもたっぷりと甘い味が溶けていく。
ベルギー産のチョコレート。
「どう? キミが苦手というから、一番苦いものを選んだんだけれど」。
そうね、チョコレート、それじたいの甘さだけで答えるなら、ビター。
でも、彼がくれるチョコレートはスペシャルに甘い。
チョコレートだけでなく彼が出張先で買ってきて、
「はい、お土産」
といってあたしにくれるお菓子たちは、いつもスペシャルに甘い。
彼がバッグの中から取り出して、あたしが受け取るときにすでに、
そのお菓子たちはいつも、ひとつ減っている。
箱に整列しているお饅頭は右端の一番上の段が空白だし、
ビニールバッグにぎゅうぎゅうに入ったロリポップも、
ジッパーを封印してあるビニールが剥がれている。
彼が味見するからだ。あたしが食べられるかどうか。
忙しい時間の隙間に、しばらく会えないあたしを思ってお菓子を味見してくれている。
甘いものを食べる習慣のないあたしを。
そんな彼を想像するだけで、すごく嬉しくなる。
「今回のお土産は、絶対、笑うから」と自信満々の声をケータイ越しに聞くと、
「またお菓子なんでしょう?」と笑いながら、泣きそうになる。
ドウシテ コノ人ハ アタシヲ コンナニ シアワセニ シテクレルンダロウ
どうしてあたしは、この人の行動ひとつでこんなに幸せになっちゃうんだろう。
そう思うと、胸がいっぱいになってしまう。
実際、泣いたこともあるかもしれない。
「なんでいつもお菓子なの?」と聞くあたしに、
「恋人同士は甘くなくっちゃ、ね。果てしなく、限りなく。どんなに甘くても
困るものではない」とおどけるあなたが懐かしい。
街がバレンタインになって、デーパートのショウウインドウが
真っ赤なハートやリボンでデコレーションされる数週間を
目と心をつぶってやりすごした。
彼が好きだったチョコレート屋さんにも、
恋人へのギフトを選ぶ女の子たちが並んでいたけれど。
どうして別れちゃったんだろう。
おいしいチョコレート屋さんもステキなラッピング素材が豊富なお店も
いっぱい知っているのに、
相手がいないばっかりにこのお祭りに乗れなくて寂しい、
というだけでは収まりがつかない気持ちで胸が痛い。
この前のバレンタインデイ。
彼はチョコレートをプレゼントされただろうか。
甘いものが好きな彼のためにチョコレートを選ぶのは
とても楽しいはず。
新しい恋人は幸せだわ、とぼんやり思う。
チョコレートの入った小さなギフトを受け取った彼は
「わぁ、嬉しい」と心から言うだろう。
嬉しい気持ちをからだいっぱいで表現してくれる人だった。
そんなところも好きだった。

2003/1/20/MON
[あなたは知らない]
"ひさしぶりー"。
彼から語尾に音引きのついた脳天気なメールが届く。
2週間ぶりの短いデートから10日。
放っとかれた長い長い日々の切なさも悲しさも
たったひと言のメールでチャラになる。
メッセージの届いた携帯電話をぎゅうっと抱きしめずにはいられない自分を
「呆れるほどに愚かだ」と思う一方で、やっぱり絶対的に嬉しい。
よかった。あの人はあたしのことを覚えている。
そう思うだけで泣けてきそう。
彼は知らない。
あたしが彼のメールアドレスをアドレス帳から消してしまったことを。
彼は知らない。
あたしが彼の電話番号もアドレス帳から消してしまったことを。
声を聞きたいのはあたしで、会いたいのはあたしで、
電話をかけずにはいられなくて、だから、消してしまった。
物理的に無理な状態にしなければ、
つい携帯電話を開き、ボタンを押してしまう自分が止められなかったから。
いつも、思っていたんです。その人との電話を切るたびに。
「今日は、本当に何時におわるかわからないんだ」と言われるたびに。
もう、絶対に電話はかけないぞ、と。
かかってくるまで、連絡はしないんだ、と。
でも、翌日にはメールを打ち、電話をかけてしまっていました。
コールが数回鳴って
“ただ今電話にでられません”というアナウンスに切り替わったり、
“打ち合わせなんで”と事務的な口調で切られたりで、
ひどく悲しかったけれど、
彼は彼であたしから電話がかかってくるたびに、
いつ会えるの? あたしはなんなの? と
責められている気分でいたのではなかと思います。
自力でかけずにいられたらよかったのだけれど、
それほどいい子にはなれませんでした。
アドレス帳から名前を削除したのは、我ながらよいアイデアでした。
消すときに、お別れみたいで胸が苦しくなりましたが、
いつか、彼を静かに愛せるようになるまで、このままにしておこうと思います。
好きだけど会えないときは会えない、というのを理解できるようになるまで。
そう。あたしは、まだ、
好きなら会う時間はつくれるはず、たった5分あえないなんておかしい
と、どこかで思ったりしています。

2003/1/14/TUE
-12月のテーマ『私の今年の3大ニュース』-
[2002年の3大ニウス]
明けましておめでとうございます。
ショコラの12月の宿題に思いを馳せているうちに年を越してしまいました。
お約束も守れないあたくしですが、今年もどうかよろしくお願いいたします。
2002年は、きっかけの年にしようと思っていました。
とりあえず時間をつくろうと前半は仕事を整理したりして。
スクーリングに通って自分の努力不足を確認したり、
何が必要なのかに気づいたり。意義はあったかな、と思っています。
たいした動きのない1年でしたが、
買ったものを思い出しました。車。車を買ったんです。
ゴールデンなんとかという色の、限りなく黄色に近い5ドア。
前に乗っていた車より幅が広く、目測を誤りがちです。
以前は通れた裏道が通れなかったり以前は入れた車庫に入れなかったり。
おかげですっかり傷だらけ。
新車ならではの仰々しさがなくなって、
だんだん“自分の車”っぽくなってきました。
買ったばかりのジーンズを石と一緒に洗濯機にかけたり、
新品のヴィトンのバッグを雨ざらしにしたり、
というそんな感じで車も早めに“使い込んだ感”が出るとカッコいですよね、
とそういうわけでもないのですが、
そうでも言ってないとやってられないほどボロです。
買ったの11月なのになぁ。
ベランダで植物もよく育てました。
数々の植物が植えられては枯れゆくなか、
種から育って咲いてくれた朝顔はかなりのヒットでした。
エライ。
彼が生命力部門ナンバー1だと思います。
朝、何輪咲いているかなとベランダを見るのが楽しい夏でした。
今年は垣根を工夫して見栄えよく咲かせてみたいと思います。
のび放題の蔓がいろんな植木にからまって、
それはそれは荒れ野のようでしたので。
できるだけ季節を感じられる場所に身を置こうと、
精力的におでかけもしました。
季節を追いかけるようにして、春は桜、夏は花火、秋は温泉、冬は冬ごもり…。
一番よかったのは、そうね、雨の強羅、でしょうか。
紅葉には早い季節でしたが、静かでよかった。
うん、静かな場所ばかりを探していたような気がします。
騒々しいことから、逃げに逃げていた1年だった。
なんでだろう、と思うと、
自分が焦燥感でいっぱいだったからだろうと思い当たります。
意識的に深呼吸でもしていないと、いつも心拍数が高いような日々でした。
言っても32才。
何かを始めるときに、遅いということはない、とは言うけれど、
のんびりしてていいわけでもないな、と思わなくもなく。
そんな1年が過ぎて、2003年も始まりました。
去年からの流れを受けて今年は準備の年としたいと思っています。
このペースだと、いつに飛躍の年になるんだかと、
途方にくれてしまいますが、それもまたよし。
「最近どう?」と聞かれたときに
お陰様で元気ですといつでも言えるような、1年になればいいと思います。

2002/11/3/TUE
[夢を解くキミ]
人が見た夢の話ほど、聞かされて困ることはない。
だって、どうにもできない。夢だもの。
怖い夢を見たの。
車で一方通行の道に入り込んでしまって
しかたないから自転車に乗り換えたのだけれど、
道の出口は高速道路のインターの出口になっていたの。
でも、渡さなければいけないチケットがなくて。
だってここが高速インターだってしらないもの、
だって、あたし自転車よ、って反論したのだけれど
すごく叱られるの。そして、書類に捺印しろって。
それで、印鑑なんてないっていったら、
指をナイフで切られて、第一関節から取り外そうとするから、
逃げたの、自転車で。
そしたら追いかけてきて。
だから、あたしは横尾さんを探すの。
「横尾さんて誰?」
「わからない」
でも、やっと見つけた横尾さんは田所さんになっていて、
「夢っぽいね」
「夢だもの」
だから僕は助けてあげられませんって言うの。
隠れ家にいるとね、
「誰が」
「あたし」
「…隠れ家ね…」
そこに真っ黒い布で顔を覆った
米米クラブのマネージャーが訪ねてきて
「なんだそりゃ」
「だってそうなんだもの。全員、そうなの。真っ黒なの、全身」
石井がご挨拶がしたいと言っています、っていうから
出ていったら玄関の外に石井さんがいて、
こんにちわ、っていうの。
で、どうも、っていうと、じゃあ、っていうから
あたしはお気をつけて、って言うの。
そしたらマネージャーが
今からツアーなのです、って。
それで、ぞろぞろとツアースタッフが
歩いている中に
あたしを追いかけてきた人の姿がチラチラ見えて、
またあたしは逃げるの。
その人は、最初は小さくて小太りで
目がギラギラしている早足の人だったのだけれど、
振り返るたびに、ボブ・サップに近づいていって
最後は本物のボブ・サップなの。
「あはは」
「笑うところじゃないのよ」
「怖かったのね」
「うん。コワかった。
追いかけてきた人は、誰? あたしは何の夢を見てしまったの?」
一通の件は、この前のアレだよ。
道に迷って西麻布の奥で逆走したろ? その不安を思い出したんだね。
キミ、ひどく動揺していたもの。
高速のチケットも一度なくしたことがあったでしょう?
その日、キミは財布も持っていなくって、泣きそうな声で電話してきたよ。
そして、その後会った僕はキミにお金を貸した。
そうやって、彼はひとつひとつ夢を解いていく。
「現実世界で体験した動揺の記憶が蘇っただけだよ。眠っていたのではなく、
うとうとしていたときに、思い出しただけ」
「どうしてだろう」
「余計に眠るからだよ」
そういって、彼は笑う。夢には、見る理由があるんだ。
「やらなくていけないことが溜まっていて、でもやれなくて困っているのでしょう。
だからそんな不安なことばかりが浮かぶんだ。ひとまず、やりなさい仕事を。
今抱えている仕事を終わらせたら、当分、そんな夢は見ないよ。それだけのこと」
世界一くだらない夢の話を聞いてくれる人。
ダメなあたしにあなたは甘い。
だからあたしは、どうしようもなく溺れる。

2002/11/21/THU
[旅行写真]
部屋を片づけていたら、撮り終わったカメラのフィルムがゴロゴロと見つかった。
そして今、記憶をギュっと封じ込めたまま忘れ去られたフィルムが
現像されて、あたしの手元にある。
ずいぶん前に行った那須の写真が60数枚。
蛍を見に行こうといって出かけて、ちょっと早すぎて寒くて、でも、
ずいぶんはしゃいで、よく笑った楽しい旅がフルカラーでプリントされている。
美術館で、そこに隣接するカフェで。
宿の夕食の御膳から温泉に入って茹だっているところまで、
あらゆるシーンが再現されている。
その旅行がどんなにのどかで明るく楽しいものだったか、
写真の枚数が物語っていた。
嬉しく懐かしい気持ちになりながら、束になった写真を一枚一枚、くっていって、
全部見終えたところでひとつ気になることがあった。
それはひとりの友達のポーズ。
彼女はどの写真も、固い表情で腕を前で抱えるように組んでいる。
旅行中、不機嫌なことがあったかしらと思いめぐらしたけれど、
わからなくて、靴箱に詰まった未整理のスナップの中から、
別の日の彼女が写ったものを探した。
いくつかのバリエーションの中で腕を抱えている写真が何枚もあった。
それが、彼女のポーズのひとつなのだと思った。
『心理学的見地から言うと、腕を組んでしまうのは防衛本能の象徴』。
と言ったのは誰だっただろう。
「人に期待しないようにしているの。ガッカリするから。
期待しないから怒ることもないのよ。ただ、悲しくなるだけで」
以前、彼女が言っていたことを思い出す。
「じゃ、撮るよー」と誰かが言った瞬間、彼女はギュっと腕を抱く。
無意識の意識がそうさせる。
大切な心が傷つかないように。大切な思いが逃げないように。
三十路に二歩も三歩も踏み出したあたしたちは、ずいぶん打たれ強くも
なったけれど、それでもみんな、傷つかないように傷つかないようにって、
心の奥で思ってる。

2002/10/18/FRI
-10・11月のテーマ『今だから言えるゴメンナサイ』-
[絶対あやまらない] 「どうしてこういうことするの?」
低くて、それはそれは冷たい声でその人が言う。
こんな声が聞きたくて、何度も電話したわけじゃない。
会いたいって言ったわけじゃない。
「余裕ができたら電話するって言ったよね? 僕が」
語尾がいつもより、強い。ほんの少しだけだけど明らかに。
怒っているのだなぁと思う。
けど、あたしだって思う。
朝まで飲もうと言っているわけじゃない。
ご飯を食べようと誘っているわけじゃない。
1杯だけお茶しようと言ってるわけじゃない。
たった1本メールを返信してくれるだけでよかったのよ。
呼び出し音が2回、耳元で響いたあとで電源が切られる音を聞くときの
脱力感にも、そしてコールバックを延々と待つみじめさにも、
耐えるのが限界だったのよ。
あたしが悲しくなる前に電話して。
泣く前に会いに来て。
声が聞きたかったって言って。顔が見たかったって言って。
あたしより先に好きって言って。
ずいぶんとたくさんの要求をしました。
あたしにとっては些細なことだったので、
叶えられないコトばかりがもどかしく、責めたり泣いたり
ずいぶんと壊れたりしましたが
小さくても数が多ければ混乱もしたでしょうし、内容にしたって
キミにとっては無理な注文であったのであろうと今なら真摯に思えます。
ごめんなさい。
恋は高熱にうなされるようになるものだと思っていたけれど、
それはあたしの身勝手な解釈で、
あなたは微熱がほんのり出るような、
それもすぐ平熱に戻る軽い風邪の症状に似ていた。
もし、あのときそれが受け入れられてたら、
ぬるま湯のような甘い関係が今でも続いていたかもしれないと思うと、
少しだけ胸が痛みます。
0か100か、みたいな振り幅だけしか信じていなかった
あの頃のあたしの愚かな未熟さは愛おしくもあるけれど、今は、
正直、後悔しています。
「また、電話」と言ったあと少し口ごもって、そして続けた
「するよ」
があなたの声を聞いた最後になりました。
ごめんなさいと言いたい。すごく。
でも、それはただの言い訳で、本当は電話がしたいだけだから、
きっとそれはダメなんだよね

2002/10/17/THU
[愛してる]
「だってベッドの上でのことなんて、そもそもが全部ウソじゃない?」
あたしのグラスに3杯目の赤ワインを注ぎながら男が言う。
彼の言うベッドの上とはシーツとシーツの間のことで、
それはつまり、そのことだ。
つきあい始めてわずかな月日しか経ていないとはいえ、
恋人といえるような状況にある女のコに
「ふと」聞かれて(というのは本人の意識)「つい」答えてしまった
ベッドの上での「愛してる」がふたりの関係に波紋を呼んでいる、
というのが今日の彼の苦悩。
「好きじゃないの?」
「好きだよ。だけど、電話のたびに愛してるって言ったじゃない!って
叱られるのは困るし嫌だ」
ベッドの上は
現実味を帯びない行為とそれに伴う言葉と声で構成される完結された世界なの
だというのが彼の言い分。
だから、そこでのことをリアルな日常に持ち出すのはルール違反だと。
わからなくもない。
彼女が彼をそのときの言葉を持ち出して責めたのは得策ではなかったと思う。
こーゆー男だし。
でも、こーゆー男だからこそ、彼女もギリギリだったのでしょう。
彼の言う“リアルな日常”で抱えてしまった不安を消すことができてたら、
そんなことは言わなかったと思う。
“愛されている”なんていう以前に
“好かれてる”自信すらも危うかったのだと思う、たぶん。
気持ちなんて測れないし、ひどく曖昧で簡単に変わるものだから。
その甘く非現実な世界で生まれた戯れの言葉とわかっていても、
すがりたいんですよ。
たとえウソでも本心でなくても、愛してる、というその5文字が
キミの口から出た事実を抱きしめていたいんですよ。
キミの声を心に刻み込んでおきたいんですよ。
音だけで意味を持たなかった5文字に切ない思いが重なるその日まで。
「あー。わかった」
一気にしゃべったら、彼が言った。
「それ、自分のことでしょう?」
返事に一瞬詰まったのは事実だからではなく、
その思考回路に驚いたからだったのだけど、
そんなあたしにおかまいなしに彼は続けた。
「今、孵らない卵を抱くアヒルの映像がリアルに浮かんだ」。
こういうとき、こういうことを邪気もなく言うから、
本当に本当にあたしはこの男がキライ。

2002/9/30/MON
[好き]
頼りがいがあるとか、優しいとか、背が高いとかお金持ちとか。
なんで好きなのかって考えたときに出てくることは、
その人だけが持ってるものでなく、
頼りがいのある人も優しい人も背が高い人もお金持ちも
ほかにいっぱいいる。
笑顔が好きとか、歩き方が好きとか、
車の運転席で信号待ちしてるときの表情が好きとか。
何が好きなのかって考えたときに出てくることも、
かつて、誰かに対して思ったことがあるような、
そう、それも初めての感覚ではなくて、
その人じゃなければ「ありえない」というわけではない。
だから、つい、ふと思い立ち止まったときに
この人じゃなきゃダメなのかなとか、
本当にこの人だから好きなのかな、とか思ってしまう。
けど、大切なのは
どこが好きなのかとか、なんで好きなのかとかいうことでなく、
いつ好きになったのかということなんだとおもう。
あたしとその人との関係の中で起こった出来事というのは、
その日、その時間、その場所にいた「あたしとあなた」
だけが共有できるもので、他の誰も立ち入れないし、
そのとき好きになったから、その人でなければいけないんだ。
優しい人もいっぱいいて、笑顔がステキな人もいっぱいいて、
でも、彼でなければダメなのは、
あのとき、あたしの隣りにいてくれたのが彼だったから。
あのとき、また会いたいって思ったのが彼だったから。
あのとき、あたしの隣りにいたのが彼でなかったら
と考えるのは容易い。
だけど、彼でなかったら、別の人だったら
もっといっしょにいたいなんて思わなかったかもしれない。
時間と場所とその人の言葉と存在とあたしの気持ちのバランスと。
すべてが重なって奇跡的に生まれた「好き」だから代わりはきかない。
もう、多分、あたしから気持ちが冷めてしまった彼を前に、
あたしも好きじゃなかったしと思うのは簡単。
だって、優しくないし、お金持ちじゃないし、
笑顔だってセックスだって特別ステキってこともないし、なんて。
でもやっぱり、あたしがあのとき好きって思ったのはホントで、
きっと彼も、あたしを好きって思った瞬間はあって、
それはものすごくステキなことで、それで充分ではないかと思う。
だから、今のこの状況も
好きじゃなかった、なんて言って逃げるんでなく受け止めなければいけない。

2002/9/20/FRI
[恋の記憶]
確かこの辺り…と数日前の記憶をたどり、
小雨の中、ようやく見つけたレストランは満員で、
にわかに夕食難民となって街を彷徨う金曜の夜。
道すがら
「どうして2回も行った店の場所も名前も覚えてないの?」
とたしなめられてシュンとなる。
名前さえわかれば、場所さえ見当がつけば、たいていのことは調べられる。
何度か電話した104の担当者も
「…もう少しヒントはありませんか?」と困惑していた。
銀座×丁目あたりで、イかリから始まるイタリアンレストランってありませんか、
と聞くあたしに彼女はキッパリと「いっぱいあります」と答えてくれた。
ふう。
「でもまぁ、何でもひとりでできるようになると
ひとりでも生きて行けると思われたりして、これまた寂しいし」
と慰められたりして、女32才はそれぞれ複雑。
カウンターなら、と入店を許されたカジュアルなレストランで
独特な香りのイタリアンチーズとムール貝のワイン蒸しと、
食前酒で歩き回った自分たちにお疲れの乾杯をしたときには、
「久しぶり!」と落ち合ってから1時間以上も過ぎていた。
テーブル席は会社帰りらしきの男女のグループでいっぱいだった。
少し緩めたネクタイくんと、ちょっとだけ濃くしたチークちゃんたちが
ときに耳打ちしたり、ときに豪快に笑ったりしてる様というのは、
なんというか本当に楽しそうだ。
「健全な銀座の夜だねぇ」とあたしの連れが言う。
「期待があったり予感があったり、そういうのを楽しめる気持ちが健全だと。
そうしてあたしたちはほぼ同時に思った。
「恋ってどんな気持ちなんだっけ」
どういう気持ちをその人に恋してるっていうんだっけ?
過去にさかのぼって、好きだった人への気持ちを探ってみるものの、
ピッとする答えが出てこない。
「男の人を、あ、いいな、って思うじゃない?
好きだなって、彼女になりたいな、って。
でもさ、それって恋っていうより所有欲っぽくない?」
そんな理屈を考えちゃう時点で、恋って成立不可能そう。
見てるだけでドキドキしちゃったり、寂しいときに一番先に顔が浮かんだり、
会いたいなーって思ったりする気持ちを
好みのルックスなだけってことない?
深夜に電話しても許せる相手だから、ってことない?
かなり好きでも会えなきゃ会えないでがまんできちゃったりしなくない?
と思ってしまうところが最大級にいけない。
「でもさー、思っちゃうくない? もっとさー、恋ってさー、こう…
理屈を持とうにも持てないような、ものすごい気持ちになったりするんじゃなかったっけ?」
記憶というのはあいまいで、自分が思いたいように心に留まるものだから、
そう、そんな甘美な残像を持ってしまっていなくもない。
その人の後ろ姿見るだけで泣けるほど、切ない気持ちになったこともあった気がする。
でも、あの気持ちを本当に恋と言うのかどうか。
「あたしね、中学のとき、授業中好きな人の背中をずーっと見てたりとかよくしてたよ。
動いてるのを見てるだけで嬉しかったの。それって恋かな」
と言ったら
「知らん。そもそもあたしにはそーゆーストーカー体質を持ち合わせていない」と一蹴。
あ、そーか、その頃からあたしって…。って違うと思うのですけれど。

2002/9/12/THU
[痛いほどに]
駆け引きはダメだ。
気を引こう。
なーんていうヨコシマな思いで「サヨナラ」なんて言っちゃダメだ。
別れるつもりなんてなかったの。
サヨナラって言えば、あなたが戻ってきてくれると思ったの。
それは、かなり高い確率で通用しない。
こっちが駆け引きせずにはいられないときには、
すでにふたりの関係は壊れているからだと思う。
あたしが気づいていることを、相手がわからないわけがない。
すでに、彼の気持ちは冷めている。
相手が思っていることを、あたしがわからないわけない。
だって好きなんだもの。熱烈に大好きなんだもの。
そう、知ってるし、わかってた。
現実を見ないようにして、考えないようにしてやりすごしているだけで。
心にシャッターを下ろしているだけで。
でも、その閉ざされたはずのシャッターのわずかな隙間からさえ、
終わりの予感は容赦なく滑り込んでくる。
それでも、やりすごせばよかった。
そしたら、うまくいっていたかもしれない。少なくとも今よりは。
自分が発した言葉を撤回するためにすがったり泣いたりしてる今よりは。
サヨナラは1回だけ。
万が一、彼が思い直して戻ってきてくれたとしても
それを拒絶できる勇気と決断を持てたときだけ言うべきものなのだろう。
ひとたび口からこぼれ出た言葉は、なかったことにはできない。
お互いのぼんやりとした思いが、
言わなければ気づかぬふりができた思いが「確定」されてしまう。
だから、駆け引きなんてしちゃいけない。
別れを受け入れられる気持ちが本当に本物になるまで、
サヨナラなんて絶対言っちゃ、いけない。
好きな人を試すようなこと、しちゃ、いけない。

2002/8/30/FRI
[カンチガイ]
結婚式での宣誓。
司祭様がこれから一生をともに生きようとするふたりに尋ねる。
健やかなるときも病めるときも、愛することを誓いますか、と。
もちろん! と列席しながら心の中でyesと言う。
当然だわ、だって愛しているのだもの、と。
彼が健康ならそれにこしたことはないけれど、例え病気になったって
見捨てたりするわけないじゃない? なんて。
でも、
健やかだったり病んでいたりする人の主語は「相手」ではなく「私」
だったのですね。
一気に不安になりました。…どうでしょう。
寝不足だったりするだけでイライラしちゃったりするのに、
病気なんかになろうものなら、自分のことでいっぱいいっぱいに
なってしまいそう。思いやりもなくなってしまいそうなんです。
夜更けのバーでそんな話になったとき
「だから、神様の前で誓わせるんだよ」
と言ったのは、教会美術と建築と音楽が好きで、本人いわく
「行きがかり上」観念にまで「つい調べずにはいられなかった」人。
「誓うってのは、絶対やるって約束するってことじゃないんだよ。
そうしたいと思うほど愛しています、だから結婚するんです、
ということを神様の前で宣言するってこと」
大切なのは祭壇前の宣誓のその瞬間、そう思えるかどうか。
そうしたいかどうか。その時思えなかったら、激情が穏やかな愛に
変わっていく生活の中ではさらに難しくなるから。
そう言われて、ちょっと救われる思いだった。
しかし今、
再び意味を取り違えてすごしてきた言葉に出会い、愕然としています。
それは
「いつでも恋をしていなさい」というアレ。
あたしは、てっきりこう思っていた。
恋をしていると楽しいし、だから人に対して優しいし、キレイになりたいって
思うから自分も磨くし、とかそういう意味かと。
まさか「恥をかきなさい」という言葉の言い換えだったとは。
恋をして、その相手と向き合おうとすると
自分の思いをぶつけすぎて失敗したり、よかれと思ったことが受け入れられな
かったりして、そこから新しい認識とかが生まれて、自分が成長するっつーこ
とだったとは。
まだまだまだまだ浅はかです。知らないことがいっぱいあるなぁと思う一方で、
勝手な思いこみをしているものが他にもあるのではないかと思い、緊張します。
そして、自分で気づくことよりも、人から具体的に教えられることのほうが多
くなっているのは、ちょっと問題かも、とも思ったりしています。

2002/8/20/TUE
[夏の終わり]
ジリジリと肌に刺さる熱い太陽に焦がされて、
幻覚にも似た感情にふと落ちてしまうからといって、
夏の恋が他の季節の恋よりも安くて軽いとは思わない。
なのに夏に始まる恋には、なんとなく「そんな感じ」がつきまとう。
たぶん夏には、
出会いが恋になる間もなく関係が終わってしまうようなことが
少なからずあって、
だから「ひと夏の恋」とか言われて、ひとり、悪目立ちしてしまうのだと思う。
水着になれちゃうくらい気持ちも解放されがちだし、
旅行などもしてニューな出会いもあるし、でも帰らなくちゃいけないし、
喉も渇くからお酒も飲むし酔うし、そしてなによりやっぱり夏だし。
でも。夏だけを特別扱いするのはお気の毒と思う。
春だから気分一新、とリニューアル感覚で恋のストライクゾーン広めに
構えている人もいるだろうし、
もの寂しい秋に誘われてついフラッとくる人もいるだろうし、
冬。クリスマスを目前に人肌が恋しくなる人もいると思う。
いつだって恋は、いきなりエンジン全開になるしギア入る。
問題なのは自分が「ま、いっかな。夏だし」と思ったりしちゃうところ。
夏に甘えてはいけない。
始まりがそんなんだと、あとで本当に好きになったときに
自信がなくなってしまうから、自分に。
「本当に彼が好きと言っていいのだろうか」とか
「ロマンチックな関係になるにしては、
最初の出だしがお手軽過ぎやしなかったか」と。
残暑厳しく、朝7時を過ぎれば眩しいくらいに射し込む日射しは健在だけれど、
夕暮れ、見上げれば空が高くなったことに気づく。
落ちてきそうなくらい低く平らだった濃い青が、緩やかなドームをつくって
指先で広げたコットンのような薄雲を貼り付けている。
お盆を過ぎれば海水浴場にクラゲが出て、台風が来て、そして、秋。
「空と風が秋っぽいねぇ」と言われ「うん」と答えながら別のことを考える。
この人はいつまであたしのそばにいてくれる気なのだろう、と。
カーラジオから流れるR&Bに小さくリズムをとりながら渋滞を楽しむように
ハンドルを握っている彼の横顔。あと何度見られるのだろう。
ひと夏だろうか。もしそう言われたら
9月はまだ暑いし、夏にカウントしてくれと頼もう。
頼む…?…というのもヘン…かなぁ。
あたしの視線に気づいた彼が顔を向けた。
「なに?」と笑顔で聞かれたけど、
口の両端をちょっとだけ上げて首を振るしかできなかった。
夏が終わる。

2002/8/15/THU
[写真のチカラ]
先日の誕生日に32才にもなり、
過去のあたしに比べればずいぶん大人になったなと
思ったりもして、
経験や知識もそれなりに増えてるはずで
だから、あまりびっくりしたりすることもなく
まぁ、安らかといえば安らかに暮らしているつもりでいたけれど、
生活レベルですら未経験なことというものが多々あり、
息を飲む瞬間というのはいきなりやってくる。
わたくし、生まれて初めてケータイ電話のトイレに落としました。
それはヒップポケットにケータイを初めてさした日でした。
思えばそんなところにケータイを入れてまで持ち歩くような、
急を要する連絡を待っていたわけではなく。
なのになぜそんなことをしたのか、自分をつるあげにしたい気分。
慣れないことはするもんではないな、と痛く思いました。
ということで、現在のケータイはムーバSH251i。
写真が撮れてメールで送れます。
これがあまりにも面白く、無駄にメール送信が増えました。
「運転免許を持ってからこのかた、車の4桁のナンバーで
かけ算ができたことはないでしょ? 意図的にその番号は外されているんだよ」
という話を聞いた直後かけ算ナンバー(たとえば57-35みたいな)の車を
発見したときも、4倍ズームで接写。
「おなかがすいたー」というメールが来れば、
「私は食事中」というタイトルでカレーを送信。
「かけ算ナンバーをみたよ」とか「食事中」という文字だけのメールを送るよ
り迫力(?)が出る気がする。
そんな話をしたら、
「やっぱりビジュアルのインパクトって強いよ」とデザイナーさんに言われた。
そこにどんなに素敵な文章があろうとも、ビジュアルで惹かれなければ
雑誌をめくる手がそのページで止まらないことが多い、と。
編集さんには「上手い文章を書く人の中でも、絵が描ける人は強い」とも。
リリー・フランキーさんはイラストレーターだし、
故ナンシー関さんは消しゴム版画家なので「文章も(←強調)書く」と言うべ
きかもしれないけれど、いずれにしろ「文と絵、どっちも」だし、
作家の林真理子さんも自身のカットをつけたエッセイを書かれる。
「そっか、あたしに必要なのは絵心ですね!」
と言ったらその編集さんはニヤリと笑った。
…足りないのが絵心だけでないのは重々承知でいましたが。
シャレはシャレで返してくれないと、
場の空気が気まずく淀むじゃないですかー。

2002/8/13/TUE
[追憶の夏]
暑中お見舞い申し上げます。
今でこそすっきりとした気持ちで
季節はずれの時候の挨拶で
あなたの暑中をお見舞いしているわたしですが、
ほんの数時間前まで自分の暑中で精一杯でした。
残暑、でしょうか。
ジリジリと太陽が照りつける午後、
紀尾井町の坂道を登り切る途中で力つきてしまったのです。
「この夏、一番の暑さになりそうです」
遠くなったり近くなったりする意識の中で、
蝉の声と車のクラクションを聞くともなく聞きながら
今朝、ニュースキャスターがそんな原稿を読み上げていたのを
思いだしました。
そうしたら、もう1歩も進めない気分になってしまって。
だから、少しだけ休もうとこのホテルのロビーに入ったのです。
とことん冷やされた空気に誘われるまま
全身を預けるようにしてソファに沈みこみました。
肌に重く張りついている熱が剥がされていくような感覚を
楽しんでいるうちに理性が復活してきました。
充分落ち着きを取り戻したとき、
そういえば今日の仕事はすでに終わっていて、
すでに個人的な時間をすごせることに気が付きました。
無性にホテルのベッドの乾いたコットンのシーツが恋しくなり
そのままチェックインしてしまいました。
部屋でシャワーを浴び、冷蔵庫に入っていたヴォルビックを飲み、
そしてあなたにメールを打っています。
窓の右から左へ飛行機が水平に横切っていくのを目にしたとき、
思い出したのです。ここにあなたと来たことを。
ベッドに横たわってしまうと高層ビルのアンテナと空しか見えない窓を
一定の高度を保って横切る飛行機をふたりで数えたことを。
かつて、そしてとても短い間。
わたしたちが親密と呼べる関係であったとき、
何度も一緒にすごした場所にひとりでいて、
こうしてメールを打っているという状態を
興味深く受け止めています。
しつらえられているテーブルに向かいパソコンの
キーボードを叩いているあなたを、
傍らでまどろみながら見ているのが好きでした。
くわえたまま短くなっていく煙草の煙に目を細めるあなたを
こんなに鮮明に思い出せることに少なからず驚いています。
恋人のようにはしゃいだプールも、
知り合いを気にしながらお茶したラウンジも、
記憶の彼方であったはずなのに。
あのとき、建設中だったビルは完成したようです。
たった今、
闇に包まれつつある街に全室の照明を一斉に点灯させ浮かび上がりました。
過去をたどりながらここから夜景を眺めることになろうとは。
あれから、あなたもこの場所に訪れたでしょうか。
ほんの少しだけ変わって、でもほとんど変わっていない風景を、
あなたも確かめてくれたら嬉しいです。
わたしは今日、ここで朝まですごします。

2002/6/5/WED
[愛と青春のサッカー]
ワールドカップ。サッカーの祭典。
あたしはてっきり、
ワールドカップというものを世界中でやっていて、
その中でいくつかのチームは日本や韓国で試合をすることになっていて、
その日本と韓国は「近所のよしみもあるし、連合で盛り上がろうね。やっぱ、
人数多いほうが祭りは楽しいし」
と仲良くしているのかと思っていました。
「ばーか、思い出せよ、前回、フランスで開催されたときのことを」
おお、そう言えば、観戦ツアーなのにチケットが取れてないとかで
旅行会社とツアー客が揉めているニュースがよく流れていた。
「僕たちはねー、観光に行くんじゃないんですよ! 応援に行くんですよ!」
と空港で詰め寄っていて、
「じゃ、あなた、観光ビザじゃダメなんじゃないの?」と
茶の間からつっこまれていたりした。
あたしが知っているサッカー情報といえば、
1チーム11人、手を使うと反則くらいで、
1試合何分なのか、どうしてあんなに点が入りにくいのかなど
未知のフィールドが多く、あたしにとっては謎めいたスポーツである。
しかし、滅多ないことであるならば、見たい人の見たい気持ちの強さは
壮大なものであろうとイメージできる。
そして、チケット入手に奔走したにも関わらず叶わなかった人が、
場内には空席いっぱいという事実を知って、なんで? と思うのは当然と思う。
この祭典の振興委員会系の方々も怒ったりしていて、
責任の所在探しをしているけれど、
見たい人が見られないことにはかわりなくって、
空席もそのままってことになっちゃって、
プレイする人も見たい人も、がっかりである。
自治体のチカラで、当日券販売、ということはできないのだろうか。
飛行機のキャンセル待ちみたいに。
○時までに着席がなかったら、その人はキャンセルと見なすとして、開いてる
席にどんどん入れちゃう。
チケットを持っている人で遅刻しちゃった人は事前に連絡、とかいっても電話
がつながらないかもしれないので、席はないかもしれないけど、立ち見で入れ
てあげる、とか。
怒ってるから、とにかく責任者が謝るというのは、
すでに終わってしまったとき、
その状況を変えられないときだけしか有効ではないと思う。
今、謝る人を探されちゃうと、可能性を無くされている感じがする。
でも、席は空いている。
何か考えれば、ちょっとムリをすれば見たい人が見られる方法があると思う。
インターネットのチケット販売は繋がりにくくて混乱を極めているという。
叶わなくてがっかりしている人を目の当たりにするのはしのびない。
世の中には、ダメなものはダメってことがいくつもあって、
諦めなければいけない場面にもしょっちゅう直面するけれど、
空席のある会場で世紀のサッカーを見たい、っつーのも、
それに入ってしまうのかなぁ。違うと思うなぁ。

2002/6/4/TUE
[優しい雨]
まっとうな恋愛をしていて
ひとたび思いが通じ合った感触があっても
こっぴどくフラれちゃったりして
永遠の愛なんて錯覚、
なんてことを思い知らされるのが日常なのに、
どうして
奥さんも子供もいる人とか
友達の彼とかに優しくされただけで
舞い上がっちゃって
これはもしや新しい恋―
とかと思ったりするんだろう。
錯覚に溺れて、
好き
なんて嘘、言う自分がバカみたい。
できるだけ、人を傷つけないようにと
言葉を選びながら話しているのは、
本当は、グサグサと相手の心臓をえぐるような言葉を
いくらでも用意している自分がいるからだと知っているのに、
ひとたびスイッチが入ってしまったら
邪悪な言葉がつるつると滑り出てしまうことも知っているのに、
まるで善人のような顔をして
安全地帯にちょこんと着席してる。
あたしを信じなさい
なんて。
いったいどの口が言ったのか。自分の口をつねりたくなる。
欺瞞に満ちた
向き合いたくない自分や、
思い出したくない過去を反芻してしまうのは、
こんな
尖った銀の粒のような
滴が
静かに空から降り落ちる夕方。
優しい雨の旋律は
愚かな女を静かに責める。

2002/5/14/TUE
[理想のカラダ]
ここ1ヶ月ほど、スーパー銭湯に通い詰めています。
ジャグジーや露天風呂や打たせ湯や、
そしてハイパージェット噴流機能を備えた風呂がある
総合風呂施設が、車で3分、という場所にできたもので。
そんなわけで、わたくし。
のべ200人ほどの婦女子の裸体を短期間で観察する絶好の機会を得ました。
まず、感動したのは、みなさんスッピンもなかなかイケる。ということでした。
湿気で肌がみずみずしくなっていると言っても、
ピンク色にほどよく上気していると言っても、湯気で視界がボケているといっても、
ノーメークはノーメーク。
それでも、なかなかいい感じ。
なーんだ、女はメークで化けるとか言われるけど、
素顔だってフツーにステキじゃん、と。
しかし。
カラダは強烈でした。
湯船につかりながら、時間つぶしに目の前を歩く婦女子を
「あの人はLEE」
「この人はドマーニ」
「この人はVERY」
「このコはキューティ」
と雰囲気と佇まいで読者モデルに振り分けて遊んでたのですが、
スコラにもサブラにも週間プレーボーイにも
自信をもって紹介できる人はひとりもませんでした。
たったひとり、1カットならイケそう、という方がいました。
が、1カット。ある一方向からのアングルだとパーフェクトなんですが、
後ろ向きの場合はオーガンジーの布が腰回りに欲しいな、
とかつい思ってしまうお尻だったのです。
むーむ。
そしてあたしは思いました。
グラビアでヌードになっている女のコはお宝だ! と。
顔がかわいく、カラダに魅力があり、なおかつ、エロな表情もしてくれて、脱いでもくれる。
今まで、下品とか思っててごめんねー。あなたたちはすばらしい!
心からそう思いました。
あんな、カラダは、超、レア。
グラビアアイドルに敬意を持ちつつ、あたしはパーツ美人を捜しました。
もし、全身整形をするなら、
胸はこの人、お尻はこの人、腹はこの人、で、足はこの人がいいわ。
そうして、頭の中で完成した理想ボディのあたしは、
足は細いものの、胸はむっちりと大きく、
二の腕や腹にはうっすらと肉がついたしあがりになっていました。
お洋服を着たら、やぼったくなる体型です。
あら、なぜかしら。
あたしの憧れはスーパーモデルのはずなのに。
どうしてそれらを選び取ったかを思い返してはっとしました。
無意識に「触って気持ちよさそう」という基準でピックアップしていたのです。
暗い部屋の大きなベッドの中で触って気持ちいいカラダ。
この視点って、男!? と思ったのですがどうでしょう。
女の視点を持って考えよう、と意図的に思考をスイッチしたら、
服を着たときの、全体的な見た目の美しさを最優先した
細身で小ぶりなパーツをやっぱり選んでいました。
女のカラダを触感を想像して吟味するのが男で、
見た目のバランスの美しさでで吟味するのが女…とか。
こういう性差ってありますかねぇ…。

2002/4/24/WED
[口説く男]
「ひとりで生きていこうなんて思ってないの。
そんなこと、まっぴらごめんとすら思っているのよ」
あたしより少しだけ年上の、
あたしを妹のようにかわいがってくれる人とさしむかいになったとき、
彼女がひとりごとのように言った。
英語とフランス語に堪能でジュエリーに詳しく、
週末になると年下のボーイフレンドたちと
そうとうな腕前のテニスやゴルフやボディボードにでかけ、
オジサマたちにかわいがられ、
プジョーのカブリオレを乗り回す日焼けした美人のその人は
少し距離を置いた場所から見たらとても安定している女性にみえる。
そういうと、
「じたばたしているのよ、とても、それも四六時中」
と言って笑う。
そう見えるということは、そのように存在していることで、
そう存在しているということはとても羨ましいと思うのだけど、
「得をしていると思ったことなんて一度もない」のだそうだ。
「口説かれるのは妻子持ちばかりよ。すごく口説くの。それもあからさまに」
結婚している男というのは、すごく口説く。徹底的に口説く。
聞かされているほうが気恥ずかしくなるような言葉で平気で誉める。
「どうしてそんなに美人なの」
西麻布のイタリアンレストランでさしむかいになった男にいきなりそう言われ
唖然としたことがある。
まぁ、美意識というのいは趣味の問題だから、あたしを美人という人が
いてもおかしくはないのかもしれないが、一般的な美醜で問うなら、
あたしはそんなことを言われるような造形ではまったくない。
「口説いて、まっとうして、それで完結してしまうのね。未婚者だと、
結婚を迫られたりしたらたらどうしようと思ったりして、
簡単に口に出せない言葉をいけしゃーしゃーと言うのよ」
好きな気持ちにウソはない。だから口説いた。結婚なんてできるわけないじゃ
ない、だってすでに結婚しているのだから。
「そういうつもりなのよ。奥さんと別れる気なんてこれっぽっちもないの」
男の言い分は確かに正しい。
そして、「好きである」という感情にのみ関して言えば
純度はものすごく高い。
でも、その大胆さはたったひとりに向けられるものではない上に、
背後に安定したものがあるという揺るぎない自信から発せられている。
何も背負わないで感情をまっとうしようとする。
文字面だけなぞれば、かつて憧れた恋愛と寸部違わない。
ただ好き。それだけ。
「でもね、そんな男と遊んでるような時間はもういらないのよ」
そう言ったあと、彼女は続けた。
「あたしにそんなことを言うような男の妻として家庭を守っている奥様のこと
を思うと、切なくなるわ」
浮気がダメとか不倫が不潔とかそういう次元ではない。
自立した美しい人が、心を乱さなければいけないような環境であるというのが
切ない。
かつて憧れた純度が高い恋が、
幸せに結びつかないというその現実に打ちのめされる。

2002/4/22/MON
[心に猫が住む人]
いつもより、ずっと早く桜が咲いて、
去年より3週間も早くチューリップ畑が満開という知らせが届いた。
「春というより初夏ですね」
最高気温25度、という天気予報のニュースでキャスターが小さな驚きととも
にそうコメントしている。
冬が短かった。
毎年恒例のいきなりの雪で、
帰り道の常磐道をこわごわ徐行しながら帰る日が今年はそう言えばなかった。
徹夜明け、エンジンをかけた車が暖まるのをガタガタ震えながら待つ朝、とい
うのも今年はなかった。
春が早く来て、そして夏も早く来て、四季の移り変わりのペースが早まるのだ
ろうか。
でもやはり、1年、12ヶ月で、かっちりつじつまがあうのがいい。
そうすると、どの季節かが、長くなるわけだ。
「冬がいいな。今年の冬を取り返すためにも」
忙しさと、いつもの冬の長さを見込んでいるうちに雪山に思う存分行けなかっ
たスノボ好きの男が言った。
キンとした空気の中ザクザクと霜柱を踏む、
季節の中で星が一番輝く冬が長くなってもいいかもしれない。
「春でしょう。春を見逃したって気持ちはどうにも拭えないよ。」
花見の文化を持たない彼は、桜の満開を散り際に知ったという。
「別に桜が好きなわけでもないけどさ。ないっていうとまた寂しいよ」
ぬくぬくと暖かくて、ぐずぐずと幸せ。
そんな感覚は、日々会社員として働いている彼にはあまり持てないようではあ
ったけれど、それでも春が恋しいという。
「三寒四温。これは確実に春独得よ」
そう言ったあたしに、彼は小さく首を振った。
「25度もあったら、ダメなんだよ。春の適温は23度。
心に猫が住む人の、これが絶対温度なんだ」
心に猫が住む。
その言葉は、日焼けした肌と鍛えた筋肉を持つ大男にとても不似合いだったけ
れど、それだけに、なんだか愛おしい感じがした。
日溜まりで小さな子猫がまるくなって昼寝をしている絵がふと浮かんだ。
かわいい。それはとてもいい感じだ。
ほの寂しい秋は、あたしは苦手だけれど秋に誕生日があるという男は
秋を主張した。
「誕生月と誕生季節はね、その人を絶対的に祝福してくれるんだ」
そういう意味でいったら、あたしは確実に夏だ。
夏が長いといい。
草木がいっせいに生を謳歌するたくましさを堪能できる同時に、
あたしを祝福してくれる夏。
白く眩しい太陽と熱気を帯びた空気。そして、対局にある冷房のひんやりさ。
かき氷、海水浴、夏祭り。
浴衣、夜遊び、長い夕暮れ。
どれをとっても夏と思う。
「あたしは夏にする」
そう言ったあたしにみんなが笑った。
「希望は受け付けるけど、決定権は、ない」
「もちろん、希望よ、そうであって欲しいという」
「夏にする、と決めるあたりがキミらしい」
またみんなが笑う。
お酒の席、春の宵のたわごと。

2002/4/18/THU
[ホントのスキ]
スキってなんだろう。
3才児と市民公園の滑り台の順番待ちをしていた。
50・ほどのチューブが200本ほど行儀よく並んでおり、
その上に段ボールなどを敷いて座って
ぐるぐると滑り落りるという、その公園の人気遊具であり、
長蛇の列である。
あたしの後ろでは、2才に満たないであろう女の子が、
今すぐ滑りたくてヒステリックに泣き叫び、
母親にたしなめられている。
そして、あたしの前では、
6才くらいの男の子ふたりが、細く長い草を剣だかムチの代わりにして、
ふざけながら戦っていた。
子供の領域に立ち入るというのは、ある種の覚悟が必要だ。
30才の理解の範疇を越えることがあったとしても、
子供の世界では、子供のほうが優位であってしかるべきだし、
それは当然受け入れるべきと思う。
格闘しているふたりの男の子のひとりが相手の草をよけるたびに、
もうひとりの子供があたしにぶつかる。
その草の先が勢いよくあたしを打つ。
けっこう痛い。
「おばちゃんにぶつかるから、やめてちょうだい」
3度目にその子が背中からあたしに突っ込んできたときに言った。
ちょっと止まる。
でも、あたしの顔さえ見ない。
そして、5秒後にまた始める。
草先があたしを打つ。
「痛いから、やめてちょうだい」
ちょっと止まる。
でも、振り返りもしない。
そして、また始める。
またぶつかる。
「痛いって言ってるでしょー! 草で遊ぶなら、あっちの広いところで
やればいいでしょう?」
感情的になってしまった。
「お返事もできないの!」
振り返りもしないふたりの子供の背中をイライラしながら睨み続ける。
もう、本当に、本当に、子供って!
しばらくして、ひとりの、あたしに直接な害をもたらさなかったほうの子が
チラリとあたしを見て
「ぼくたちライオンさんだもん」
と言った。
「ライオンさんってなに?」
「いちばん、おおきいんだ」
何を意味するかがわかった。
「いちばん大きいライオンさんクラスなのに、滑り台の順番も静かに待てない
の! ごめんなさいも言えないの!」
まるであたしは、誰かのお母さんのように叱っている風を装っていたけれど、
本当は、ただ、怒っていただけだ。
子供にそんな言葉を発しながら、こういうのって教育上よくないんだろーなー
と思った。
子供が好きか、と聞かれたら、
キライというほどでもない
と答えてる。
はっきりとキライ、ということに躊躇があるのも事実だけれど、
小さいモノというのはそれだけで愛らしいし、
つたない言葉で懸命に意思を伝えようとする姿はいたいけだ。
そういうものを見たとき、
幸せをお裾分けされている気持ちになるのも、本心。
でも、不作法で身勝手でワガママで、
あたしの言ったことに聞こえないフリをしてみたり、
思い通りにならないとヒステリックに泣くような子供には、
脅威を感じてしまう。
条件つきのスキ、は本当のスキじゃない。
すべてを受け入れられてこそ、スキを豪語できるような気もする。
少なくとも、
ちょっとした子供のあたしへの対応で、感情的になってしまうあたしは
子供好きの風上にもおけないということだ。
冷静な心でまるごと愛するということは、どれほど大変な作業で、
だからこそ尊いものであろうことよ。
しみじみと染み渡った日曜日の午後。

2002/4/16/TUE
[スタバに負ける]
まーた、やってしまった。
今度はフォークを入れ忘れた。
レアチーズケーキはおいしかった。
けど、ストローの先ですくって食べるというのは、
嬉しさを半減させるに充分だった。
茨城の、うちの近所にはスタバもタリーズもなくて、
仕事先や運転中にそれを見つけると、
嬉々としてしまう。
そして、吸い寄せられるように入って、
キャッシャーに並んでしまう。
カフェモカやカプチーノ。
ときには、ストレートのコーヒーでもいい。
並々と注がれたコーヒーは、
カップに満たされた幸せ、という気すらする。
しかし、いつもシステムにしてやられる。
カウンターで、飲み物を差し出され、
必要なコンディメントや、プラスαの、
たとえばローファットミルクや、シナモンパウダーを
自分でセットするというこのシステム。
イートインなら、何も問題ないし、効率もよいと思うのだけど。
テイクアウトのときはとても困る。
コールドドリンクとサンドイッチをテイクアウトして、
ストローがないことに車を走らせてから
気が付くなんてことはしょっちゅうだ。
カップに直接口をつけて飲んで、シートと服に
コーヒーをこぼしてからは、
Uターンして取りに戻るか、道すがら2件目が
見つかるまで待つかしているけれど、
ストローを忘れるのは、あたしのせいだけじゃないと思う。
カウンターから、ドリンクのみを出してくれるなら、
間違いなく必要なコンディメントを自分でセットするもの。
手提げつきのバッグで差し出されたら、
必要なものが入っているような気がしちゃうじゃないの。
実際、その中に、ドリンクとストローを入れてくれる支店もあるのだもの。
「忘れちゃダメダメ」と思って、
差し出された紙袋を開き、ストローを入れようとして
入っていたのをみて、
「テイクアウトのときはセットしてくれるようになったんだ」
と思ってしまったあたしが浅はかだったけれど、
人によってサービスが違うというのは、混乱しちゃいます。
今日も、ストローが入っていたから、
フォークも入っていると思ってしまったんでした。
入れるなら、入れる、入れないなら入れない。
中途半端が一番迷う。そして、入れたり入れなかったりという
統一のなさは混乱を招く。
どこの支店でも同じサービスが提供される、というのが
チェーン店の最低条件ではなかろうか。
そんなことを考えながら、次は絶対にフォークも忘れないように
しなくっちゃ! と強く心に誓うんでした。

2002/4/11/THU
[星のない夜、月の淡さ]
その頃、あたしは陽気なイタリア人と日本嫌いなコリアンと、
そして、歯を磨きながらタバコを吸うスエーデン人と、
2ベッドルーム1リビングのドミトリーをシェアしていた。
同室のイタリア人は8才年上で、
彼女はいつもアメフト選手のようなTシャツを着ていた。
ロゴが入っていても、花柄であっても、彼女がTシャツを着ると、
アメフト選手からの借り物のように見えた。
肩パットを縫いつけてしまうからである。
クラスが終わって部屋に戻ると、彼女がソーイングしている光景によく出くわした。
あっけに取られているあたしをチラリと見て、「Tシャツは肩で着るのよ」と
いうようなことをイタリア訛の英語でいいながら、ウインクしたときのその顔
を、あたしは今でも鮮明に覚えている。
キュートでそしておおらかで、とてもカッコよかったから。
彼女の名前は、マリーナという。
大好きだったけど、
あたしがその日起こった、ちょっとおもしろい話をしてみたりすると、
「久美子の英語は早口すぎてよくわからないわ」と
聞き流されてしまうこともしばしだった。
ある夜。
リビングのドアが閉まる大きな音と、クレイジーな騒ぎ声で目が覚めた。
時計は2時を指している。
今日は金曜日か。(もう土曜日だけど)
パーティの2次会が始まってしまうのかもしれない。
2段ベッドの下の段で寝ていたマリーナをのぞき込むと、
彼女は熟睡特有の寝息をたてていた。
アイマスクだけでなく、イアープラグまでしっかり装着している。
本国で大学に通いながら、各国で長期滞在することをライフワークにしている
彼女は、共同生活の知恵もあたしよりずっと長けている。
一方あたしは、
ドア越しの喧噪に舌打ちしながら毛布をかぶってみたけれど、
全然うまく眠れない。
あきらめて、Tシャツをかぶり、ホットパンツをはいてベッドを下りた。
リビングの空気は冷めたピザの匂いとビール、そして人いきれで重く濁っていて、
一瞬たじろいでしまうほどだった。
「あたしはね、日本人はキライだけど、あんたは好きよ」。
ソファでは、酔うとそればっかり言うコリアンのジュニーが、
白い巨体のアメリカンにしなだれかかってミラービールを飲んでいた。
「久美子も起きてるなら飲みなさいよ」
「いい。タバコ、吸いたいから」
「ピザもあるわよ」というろれつのまわってない言葉を聞きながら、
ドアを後ろ出で閉めた。
髪の毛もボサボサだしメークもしてないけど、
彼らは、たぶん、明日あたしに会ったって、きっと覚えていない。
乾いた関係。
ハローも言えなかった。
カチ。
ライターでタバコに火をつける。
部屋は禁煙がルール。
めんどくさいけど、ありがたいこともある。
理由ありげに部屋を出られるから。
さも、残念そうに。
共同生活はそれはそれで刺激的だけど、息が詰まる。
そのうえ、あたしの英語力にも根本的な問題が山積みだった。
日本語でだってうまく伝えられないのに、英語でなんて言えるわけがない。
気持ちを伝えられない。
それだけでこんなに打ちのめされるとは。
わかりあえないことの切なさともどかしさが
向き合ったふたりの間にからまりながら渦を巻く感覚。
たまんないなぁ。
深いため息とともに煙を吐き出す。
「タバコ、吸いたいから」か。
「お腹すいた」「学校、行って来る」「今日は、遅くなる」
2語つなげて話せる、という2才児レベルの語学力。
マリーナにもジュニーにも、もっと後に、
あたしの英語力が今よりせめて3割増しのときに出会えたら、
もっと真っ当に向き合えたのに。
好きな人と向き合えないというのはつらい。
出会いのタイミングってすごく大切だと思う。
出会う準備なく出会ってしまった人と運命を繋げるのは難しい。
運命の出会いというのは、「出会う」のが「運命」なのではなく、
運命を繋げられる可能性を秘めた出会い、ということなのかもしれない。
出会った人との心をつなぐツールは、
言語だけでなく、スポーツだったり、趣味だったり、いろいろで、それをすべ
て手にいれることはできないけれど、
少なくとも、必要ない、と自分で壁をつくってはいけないな。
好きと思った人と、いつでも向き合えるように。
勇気と努力。

2002/3/23/SAT
[ハジメマシテ。]
本日より、この場所で文章を書かせていただくこととなりました。
ふと頭によぎった思いを、
ココロにとどめられればいいのにといつも思います。
それが上手にできるようになれば、
ささやかな日々の中で一瞬顔を覗かせる幸せのタネを
見逃さずに拾えようになるかもしれないと思うからです。
あたしは幸せになりたいです。
でも、すぐに忘れてしまいます。
そのせいで、
かなりイイコトを逃しているような気がします。
おんなじことばっかりを繰り返している気がします。
だから、文章を書くことは、あたしの幸せのためのレッスンでもあります。
つたなくたあいないテキストですが、
寛大な心と大きな愛で見守っていただけたらサイコーです。
どうかしばし、おつきあいくださいまし。
なにとぞよろしくお願いいたします。
[桜の頃]
強い風に煽られて、九分咲きの桜の花びらが舞い散る。
ソメイヨシノには切なさに引きずり込むような力がある。
ほんの1週間ほど。
並木道が薄桃色に染まりゆき、最初の雨で散るまでのその間。
唐突に胸の奥がクッとなるような、罪のような気持ちにつぶされて
動けなくなってしまう。
なんであんなことをしてしまったのだろう。
あのとき。
桜並木を歩いていた私たちは恋人同士に見えたかもしれない。
でも、友達ですらなかった。
「一緒に帰ろうか」と言ったのは私だった。
「せっかくだからお花見しようか」と誘ったのもあたしだった。
たとえば同じプロジェクトに携わっていたり、住んでいる街が近かったり、
ささいな共通点があるせいで、
食事をしたり一緒に帰ることに特別な感情の介入を想像させない関係がある。
とりたてて仲を悪くさせる必要もなく、
むしろ意識することすらめんどくさいような、
ただ、自分が所在するコミュニティの中にたまたまいる人。
あたしはまるで
たまたま帰る時間が重なって、急に桜を見たい気分になったから言ってみた、
みたいな顔をした。
けど、そんなの真っ赤なウソだった。
彼が帰り支度をするのを視線の隅でずっと確認していたし、
桜が一番キレイな場所も知っていた。
断っても全然意に介さないのよという顔をしていながら、
彼が断らないであろうことも確信していた。
彼が私が好きだから、というのではなく、
むしろ、断るほどの理由すらないからだ。
その日は、そんな言葉があるとすればパーフェクトな夜桜日和だった。
ほろ酔いで、桜を見上げながら歩いていく学生のグループや
カップ酒で乾杯しているスーツ姿の中年やらでにぎやかだった。
少しだけ後ろを歩いていたあたしは彼の背中に言った。
「酔うね」
振り返った彼に、鏡の前で何度も練習した極上の笑顔で重ねた。
「ソメイヨシノは酔うね」
ちょっとだけ戸惑った顔をして、それからほんの少し笑った彼に
「手、つなごっか」
とおどけたフリをした。
それからあたしは、この日のためにつくった構成台本を
忠実になぞっいった。
翌日。
「猛省」というタイトルのメールが彼から届いた。
すみません、という言葉が1行ごとに入っていた。
「フワフワした服を着て、ニコニコしている久美子さんに
正直クラッとしてしまい、どうにでもなれと思ってしまった」
服のことを言われるのは計算外だわ。
読みながらぼんやりとそう思った。
いつかの春。
あたしはまるで思いつきのような夜桜に誘われて、のこのことでかけた。
「キスをしようか」といきなり言われたその相手が自分のことを
好きなのかと思ってしまった。
気になっていくうちにどんどん好きになって、そしてフラレた。
その人にとって、夜桜もキスもそしてその先のイロイロなことも、
あたしという存在すら意味を持っていなかったことを認めるしかなかった。
ケド、ソウイウノッテ、モウヤダ。
先ニ 好キニナルカラ イケナインダ。
ソウイウ恋ハ 卒業。
こっち側の人からあっち側の人になりたいと思った。
でも、彼からのメールを読んで悲しくなった。
「どうすればいいか、困っています」
あたしはただ、彼を使って自分の過去に復讐しただけだ。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
こんなことしてバカみたい。
卒業したかどうかは、そこに属する記憶を、きちんとしまっておけるかどうか。
少なくとも、悪用してはいけないんだ。
その小箱の封印の札が卒業証書なのかもしれない。
卒業をモロモロの業から卒する、と考えると、
煩悩と業だらけのあたしは何もかもから卒業できていない。
ソメイヨシノで並木道が染まる頃になるといつも
ダメなあたしに負けそうになる。
今日も強い風。
ビルの谷間に吹き抜ける風に煽られて、前に進めなくなりながら、
しっかりしなくちゃな、と思う。

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