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| 広島生まれ広島育ちの心理学と福祉を学ぶ大学1回生のMIOさん。個人サイトではレコードレビューや小説等執筆中。 |
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PROFILE
Name:MIO
年齢:19歳
血液型:O
星座:乙女座とてんびん座の狭間
出身地:広島県
好きなもの:古着屋 ハードカバー パンクロック ジャズ スカ マニキュア りんご 広島弁
嫌いなもの:トマト 魚介類 パフェ 虫 梅雨
好きな場所:古着屋 レコード店 狭いライヴハウス うちの大学の図書館
趣 味:創作 読書 拙いネイルアート 心理学
ご意見ご感想はMIOまで
HP:rivets17gram
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2004/4/5/MON
[一年経って]
新年会で店長に説教されただけに、クラス会は懐かしい以上の安らぎをくれた。
私が行ったのはもう店を出る寸前で、いろんな意味で「できあがった」輪の中にひとりだけ飛び込むのはかなりの勇気。
しかも女だけだと思っていたところに男もいた。これにはさすがにびっくり。
高校のとき、私たちは決して仲が良いほうではなかったと思う。他のクラスと違って基本的に男女は分裂していた。
何かイベントのときにはさすがに盛り上がったものの、基本的に男女分裂。
やっと一緒に遊びにいけるようになったのは卒業後。
初めてカラオケでオールした楽しい夜は一年後の今も忘れていない。
あのクラスにいた男女の中の3分の1くらいの私たちのグループ。
メッシュを入れた髪を見てヤンキーと指差されても全然許せる。
一年前までのあたしを知っているみんなだから色眼鏡で見たりしないし。
パーマをかけたり髪を染めたり、女の子はみんな可愛くなっていて、みんなの手に光る指輪が眩しかった。
時は確実にたっていること忘れかけていた。
何故か浪人生のバヤシ君がアミューズメントのメダルゲームの口座を持っていて、そのメダルをみんなでパクって派手に散らした。
バヤシ君とは1年生の時も同じクラスで思い切り険悪になったこともあったけどもう全然過去の話だ。
あまり話したことなかった男の子とふたりでビンゴゲームの前に座ってお互いの大学生活を語った。
したことのないビリヤードをしてしたことのないダーツをして、みんなの慣れた上手さに驚いて。
すごく不思議な感覚の夜が駆け足で過ぎた。
夜明けに待っていたのは自転車で切る冷たい朝の風とうたた寝。

2004/3/6/SAT
[あたらしいものずき]
ある日押入れの奥に目をやると小さい頃から見ていたミシンは新しい別のミシンになっていた。
(今度そのミシンでライブチケットにミシン目をつけなきゃならない)
ある日家に買えると「車買い換えるから」と告げられた。
(あたしに言わずに決定済みのうえ、前の車はまだ買って1年くらいしか経ってなかった)
ある日家に買えるとビデオデッキがDVDプレーヤーに変わっていた。
(おかげで全然使い方が分からない)
うちはいつもこうだ、新しいものが好き。
バイトであまり家にいないあたしに関係なく新しいものが買われていく。
そしていつもあとで「あれ、言ってなかったっけ?」と当然のように言われる。
子供のほうがねだるわけではない。
親の判断で、親がほしいものを、ほしいときに。
お金を持った大きな子供みたいだと思うときさえある。
そんな両親だから私は反抗もせずに育ったんだろうか。
(笑いながら反抗期がなかったと言われた)
だから、部屋の家具を全部買い替えたあたしを見て呆れる権利なんてあげない。

2003/12/2/TUE
[ピンクゴールド]
全体は黒で、メッシュを入れたいんですよ。
そのときあたしは部活とかバイトとかなかなか上手くいってなくて、何かで自分を励ましたくて仕方なかった(はずだ)黒髪ブームは去ったはずだけど、街中にはまだまだ黒髪が大いから油断出来ない。
せっかくのカラーリング。
黒に戻るのは中学卒業以来。高校入学前にミストで色を抜いて、高校時代はプールの塩素でほとんど金色に近いものになっていた。
ただまっ黒にするだけじゃつまらなくて、メッシュなんて結論。
ピンクゴールドのメッシュは今までで一番明るい色で、更にパーマをかけている髪が悲鳴をあげていることは間違いなかった。
だけど今しか出来ないから。
こんな思い切った髪形も、カラフルなボーダーニットにルーズなパンツのストリートスタイルも。
2つのバイト先でも賛否両論だったけど。
(お前田舎のヤンキーかっていわれたけど)
(そんなんじゃ彼氏出来んぞっていわれたけど)
(あたしは男のために髪型変えるんじゃない!)
だけどきっと時がたてば縁も無くなってしまう。
だから、その前に。

2003.10.29.WED
[19]
最後の夜までずっと音楽漬けだった18歳
おぼろげなイメージでしかなかった「歌いたい」が初めてカタチになった年だった
きっと人生で一番頭がよかった18歳
センター試験願書が配られて初めて危機を感じてやっと始めた受験勉強
勉強が というより問題が解けるという快感が好きだった
気分浮上から降下まで 受験成功から失敗まで 全部味わった年だった
17という数字が好きで18歳になったときは惜しんだものだった
今は過ぎ去った18を惜しんでいる19歳
きっとこうしてわたしは過去を惜しみながら生きていくんだろうな
20代まであと1年をきった モラトリアム終了まではあと3年と半年ほど
さあ何をしよう
友達と旅行をしよう 王道のTDL 未だ行ったことのないUSJ 懐かしいスペースワールド
広島には遊園地がないから遊園地と聞くとわくわくするお子様なわたし
ドライブして温泉にも行こう 瀬戸大橋を渡って四国にでも
17・18の時に出来た友達と 最近会ってないけど元気だろうな
2つのアルバイトはほどほどに どうせ嫌でも働くことになるのだから
買い物を好きなだけ 貯金も忘れず堅実に
17や18の時とは金銭感覚が違う 確実に時がたったのだと思う
19になって変わった服の趣味
カジュアル ストリート エスニック 日に日に色とりどりになるクローゼット
ああラストティーンエイジャーだし
毎日キラキラしていたい19歳

2003/9/17/WED
-9〜10月のテーマ『携帯電話の向こう側』-
[あっちから こっちから]
携帯電話を忘れた日なんかには、一日中憂鬱な気分になる。
着信やメールはないかと落ち着かないし、繋がっていられないと不安だ。
相手のことを気にせず連絡が出来る、という利点を持つメールを返すのが遅かったりすると怒られるなんて変な話。
もはや携帯電話は自身の一部。
少なくとも、私たちの世代の人はそう思っている人が多いはず。
携帯電話の向こう 繋がる相手は
私は携帯電話の向こう側を見つけようとした。
私の向こう側にしたい人からのメールはいつもそっけなく、用件のみ。
こっちから送らないと雑談メールなんて来る気配も見せない。
電話なんてもってのほか。
電話越しに彼の声を聞いたことはいまだにない。
私の携帯電話の向こう側は繋がらない。
彼は携帯電話の向こう側を見つけたらしい。
彼は彼のお気に入りとはよくメールをするという。
いつものメールの態度からは想像も出来ない、メールにまめな彼。
好きになったら押して押して、まず自分の存在をアピールする。
そういえば、深夜のファミレスで言っていた。
そうそう、貴方はそういう人らしいね。
そして私とはメールを途切れた今でもメールをしているんだろうね。
彼の携帯電話の向こう側は繋がろうとしているらしい。
固い熱いアスファルトの上に、むしょうに携帯を投げつけたくなる。
川を渡る橋の上で、むしょうに携帯を投げ捨てたくなる。
だけど結局私は、惨めな期待にすがりついて捨てられないでいる。

2003/8/20/WED
[BEAT LOOP]
先日、広島最大の野外ライブイベントに行ってきた。
音楽をあまり聴かない人でもアーティスト名くらいは聞いたことがあろうというそうそうたる出演者達。
もちろん音楽好きにとっては涎がでるほど美味しいイベントである。
11時過ぎに開演なのに到着したのは11時。
当然、会場の公園を囲む長蛇の列の後ろにつくことになった。
炎天下、アスファルトの上、影はほとんどなし。
体力が陽光に吸い取られていく。
ペットボトルのお茶は入場前に軽くなっていって、一本、また一本と買い足されていった。
やっと入場できたのが12時すぎ。
すでにオープニング・アクトは始まっていた。
熱気と暑気が蒸しかえる台風後の芝生の上は汗を誘う。
たまに吹く一瞬の涼風に目を細める。
広島のどこにこんなに人がいたのだろうと思うほど群れる人たち。
低音が身体中に響く。
飛んで飛んで地面が揺れる。
広島の山奥に大きな熱のかたまりが生まれる。
ライブで何が一番楽しいか。
私の場合、それは人とのつながりを感じられることではないかと思う。
飛び跳ねる、手をふり上げる、タイミング。
一体となった音と人の大きなうねりを感じる瞬間が心地よい。
ネット上でもリアルでも人と関わっていると実感することが大好きだ。
FLOWのステージの時だった。
前から3列目、時間を待っている私たちの後ろに、男性の二人組がいた。
ふとしたことで話し始め、ステージが始まるまで談笑。
ジャパハリネットというグループでのモッシュで窒息死しかけた私たち。
FLOWも男受けするアーティスト、このステージも荒れそうだ、と思っていた。
「すいません、暴れますか?」
「おー暴れる!」
「マジっすか!うちら潰されるよねー!」
「じゃあ守ってあげるよ」
そのときは口約束だけだと思った。
いざステージが始まるやいなや、予想通りの激しいモッシュ。
女がいても関係ない。
ダイブさえ遠慮なしにしようとする。
そんななか彼らは約束どおり私たちを守ってくれた。
両手を伸ばして私たちを囲み、後ろからの波を防いでくれた。
さすがに激しすぎて後ろにいったほうがいいということになり、後ろへ下がった。
だけどその嬉しい出来事でテンションが上がった私たちは後ろでも十分だった。
人とのふれあいが好きで、人とのふれあいはいくらしても足りない私。
意外なところで見つけられるものだったと実感した8月9日。

2003/7/25/FRI
[はじめまして]
今回cdcに参加できるとのメールを頂き、嬉しくてそのメールを何回も見返したりして。
そういえば最近、Tシャツが当たったり、クジが当たったり、嬉しいこと続き。
広島生まれ広島育ち、広島を愛する18歳です。
地元の大学で心理学と福祉を学んでいます。
月が変わるたびに一冊の本と一冊のマニキュアを買うことにしています。
バンドを組んでいて、ボーカルを担当。
パンクロックが好きだけど、ヒップホップもジャズもブルースも大好き。
ひそかに音楽ライターへの夢が捨てきれません。
自分の出したい声が出るときと、自分の書きたい文章が浮かぶときの感覚は似てる。
声はお腹から口へ、文章は頭から手へ、流れるように伝わる。
その瞬間は無意識なとき、不意にやってきて、逆に意地になって望むとやって来ない。
そして波がひくように、跡形もなく消える。
思い出したくても残像を残すような下手な真似は決してしないのだから厄介だ。
だけど18年生きてきて、あたしが知る限りでは最高の瞬間。
この最高の瞬間をcdcでたくさんたくさん紡ぎだせますように。
はじめて入った古本屋で、意外にも面白い小説を見つける。
隠れ家のようなレコード屋で、新しく注目アーティストを発掘する。
お香のたち込めた古着屋で、自分のための究極の一着を。
そんなコラムを書けるように日々精進。
これからよろしくお願いします。
-5〜6月のテーマ『この街に住んで.....』-
[洋が光る]
あたしの町からは海が見える。
平和都市広島の中でも南の方に位置するあたしのホームタウン。
国道2号線のバイパスからロータリーを上がって団地に入る。
山を切り崩して作った平成生まれの住宅地。
さいの目のように規則正しく区画分けされた町。
いくら歩いても同じように見える景色に、初めての人は迷う確立99パーセント。
山の裾には対照的な昭和の町並み。
昔は海に沈んでいたらしい海抜0メートル。
終バスは早いし、最寄の駅からでも徒歩30分。
地元広島カープの試合を最終回まで見ようものなら帰ることが出来なくなってしまう。
ドラマチックな出来事なんて何も起こらない。
1軒しかないコンビニエンスストアだって24時間営業ではない。
朝6時から営業するそのコンビニで働くために、あたしは朝5時に起きる。
夏でも山の空気はひどく冷たいが、すぐに熱を持つ。
市街地のほうに住む友達には「山だ」「田舎だ」と馬鹿にされることもしばしば。
昼間は出歩いている人のほうが少ない。
だけど青くライトアップした橋も真正面に見えるし、夜景だって綺麗だ。
夏には港で上がる花火を車の通らない道路で座り込んで眺める。
春には海に背を向けて、桜色に染まった山を見ながら坂を下りる。
朝は行きかう船の低く長い汽笛で起こされる。
明るい陽光を浴びて洗濯ものを干しながら海と、その向こうに見える街を見渡すのは爽快だ。
静まり返った住宅地は時が止まったようにゆったり揺らめく。
何よりあたしのことを一番分かってくれる悪友達がたくさん住んでいるこの町。
大学に入って他県の人と接し、ホームタウンのありがたみがつくづく分かった。
あたしの町からは海が見える。
少し踏み込めば、海以外のものも。
明日も、汽笛で目覚める予定。

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