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| パリ在住、元ファッションライターのTUBASAさん。ホットなメール&カフェ・ド・ショコラ的シチュエーションと素敵なTEXTに即ライター参加して頂きました。 |
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PROFILE
名前:TSUBASA
年齢:24
血液:A
星座:乙女座
出身地:東京
好きなもの:音楽、ダンス、かわいい女の子、未知の世界、発見、達成感、海、雪、風の匂い、夜景
嫌いなもの:平凡、単純作業、後悔、戻る、机上の空論、王道、差別、静か、ホラー映画、生クリーム
好きな場所:部屋のバルコニー、ノートルダム大聖堂、お気に入りのカフェたち、ポンピドゥーセンター、マレ地区
ご意見ご感想はTUBASAまで
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2004/2/10/TUE
-11〜12月のテーマ『これが私の生きる道』-
[パリのTUBASA]
ここで「パリテイストのTUBASA」としてコラムを書いていると、
色々な意見が飛び込んでくる。
私の文章に刺激や共感や癒しを感じたという声を聞けば、
やっぱり、なんだかとってもうれしい。
でも、
「どうしてパリの街のこと、人種のことを書かないの?」
と言われることもある。
「パリ」という言葉に惹かれてこのページを開いた人にとっては
少し期待はずれにさせてしまっていることもあるらしい。
そういえば、確かに、私のこのページには、一見、「パリ」という名のついているだけの、
だからといって特にパリじゃなくても書けそうな文章たちが、列をなしている。
私自身、書きたいと思ったことを
ただ素直に書かせてもらっているだけで、
今まで気に止めたこともなかったけど、
確かに直接パリについてあまり触れられていない。
でも、「レア」な場所とは決して言えないパリについては、
毎月のように雑誌でとりあげられ、
ウェブ上でもリアルな情報があふれていて、
私よりもずっとディープなパリを知っている人が数え切れないほどいる。
実際、私もcafe de chocolatの仲間入りをさせてもらうことになったとき、
パリについての情報は色々な場所で書かせてもらっていたこともあって、
なんだか他のことがしたかった。
いや、私ってひねくれてるんだな、いつも。
2番にはなれても1番を狙うのが難しいところへ真っ向から挑戦するなら、
ゴールは同じ土俵でも、
自分だけしかできないことや方法を探す。
だからどこへ行っても私は異端児。
考えてみれば、私は今まで、ずっとこのやり方で生きてきた。
誤解を呼ぶかもしれないけど、逃げてるんじゃない。
ただ、すでに作られた世界の中で1番を狙うなら、
他の誰でもない、自分しかできないことを探した方が、
楽しくて、
自由で、
冒険的で、
そして、なにより、最初っから1番で最初っからビリ。
これって素敵なことじゃない?
私の文章は別にうまいわけでもなんでもない。
いたって他の人と変わらない、普通の文章。
でも、今、
パリという街を通して、何かを感じ、
少しずつ変わっていく自分の気持ちは
「TUBASA」の、
しかもこの今の瞬間限定のレアもの。
誰の真似もしない。
誰にもあこがれたくない。
みんなに好かれなくていい。
第一印象はよくないかもしれない。
でもみんなこうやって、
自分だけの何かを密かに、
そして大事に抱えている。
そう、そんな、
くせのある人たちが集まるのが
ここ、パリ。
そのあまりのくせの強さに、
なんだかんだ文句を言われながら
なぜか人を魅了してやまない。
そんな、
この街のように、
これからも私は生きていく。

2003/11/10/MON
[ハングライダー]
この約三ヶ月間。
恐れていた「四捨五入したら三十路」の誕生日をこのフランスで迎えるとすぐ、
パリ在住1周年があっけなく過ぎ、ここに移って以来仲良くしていた友人たちは
次々とこの地を離れていった。
この恐怖の日を異常までに騒ぎながらも、
20代後半になったからってその瞬間から何かが変わるわけじゃないなんて、
冷静でいる自分がいたけれど、実は30代への準備の世界は、
私の想像をはるかに超えるものが待ち構えていた。
少しずつ、少しずつ。何かが変わり始めている。
これが誕生日を迎えたせいなのか、
それともこの地へ本当の意味で適合し始めたせいなのか、
はたまた他に理由があるのか、それは私にはわからない。
ただただ、これまでコンコルドのように超高速で
とにかく目的と見定めた場所へ突っ走っていた私が、
思いもよらず自分の意思ではないところで低空飛行を始めている。
今までみたいな爽快感はない。
むしろ本当に目的地にたどりつけるのか不安になる。
ゆっくり低く飛ぶことは意外に操縦が難しくて不安定。
でも、これまで超高速のコンコルドでは見えなかった、
地上にある1つ1つの建物なんかが、とっても小さいけれど見えてきている。
低空飛行し始めたばかりの私にはまだ、建物は見えるのに、
人は見えないくらいの高さにいて、その無機質さのためにたまに極度な孤独感に襲われる。
その一方で、たまに同じ空の上で
同じように飛行している人に会ったりしてなんだかうれしくなる。
これまでの突っ走り方では絶対に気づかなかった飛行者たちと周りの風景。
突っ走ることだけが刺激的なわけじゃないって初めてきづく。
そして同じ空の上で出会う人たちも、みんな少しずつ目的地が違うから
励ましあいながら、刺激し合いながらもやっぱり一人で頑張らなくちゃなんて思ったりする。
一生大人になりたくないと思っていた私がほんのちょっとだけ
大人っていいかもって思い始めたこの瞬間。
大事な瞬間。

2003/8/1/FRI
[記憶の風]
私には記憶力がない。
名前なんてものもすぐに忘れてしまう。
その代わりといってはなんだけど、
神様は私にいくつかの方法で特別な記憶力を与えてくれた。
そのうちの1番大事な記憶力。
それが風の匂い。
風が私のほのかな記憶を呼び起こしてくれる。
小学校の卒業式のときの、新たな期待に胸膨らませながら後ろ髪をひっぱられた、
あのなんとも甘酸っぱい記憶、初めてクラブに足を踏み入れたときの、
大人の怪しげでなんだかとってもいけないところにいるような、
だけどわくわくするあの記憶、毎日必死にとりくんでいたバレエ教室での、
あのぴんとはりつめた緊張感と心地よさ・・・
細かい出来事なんてほとんど憶えていないけど、
匂いだけはそれぞれが鮮明で、決して同じものがない。
感動や驚きのあった瞬間も、そのときは当たり前だった日常も、
すべてが私の中で1つの風の匂いとしてとりこまれているみたいだ。
ただ、食べ物や花の匂いなんかと違うのは、
それを体験しているときはなにも感じていないこと。
何年も経って、そんな昔の日常なんて忘れてしまっているある日、
突然ふっと一瞬の風が匂いとともに私にふいてくるのだ。
しかもそのきっかけは、
なぜかその当時とはまったく関係ない音楽や映像や出来事に触れた時だったりする。
しかしそれはなんとも懐かしく、涙が落ちそうになるほどの純粋な風で、
常に前だけを見て走り続ける私をほんの一瞬、立ち止まらせ癒してくれるもの。
これまでの私の色々な出来事や経験が、
そんな純粋な風たちを作り上げ、私を支えている。
どれも忘れてしまいそうになるけれど、そのひとつでも欠けてしまえば今の私は存在しない。
もうずいぶんと昔のことのように思うけど、
私はどんな過去も否定しなくなったのは、そんなことにきづいてからだった。
そしていつからか、誰にでも心に潜んでいるはずの風を、
私が一瞬でも呼び起こさせることができたらと思うようになった。
そう、私は風車(ふうしゃ)になりたい。
自分の心の奥底にあるものを
「空気のような存在」にしてはいけない。
私が少し勢いをつけてあげられれば、
大事なものを思い起こさせることができれば、
誰かの原動力となれるかもしれない。
せめて私に触れる人には、少しでもその感覚を感じてほしい。
このパリにきて10ヶ月。
初めは自分の大きな変化やパリの色々なものがひとつひとつ気になり、
驚いていた私が、このところ普通な毎日を過ごしはじめている。
公園でひなたぼっこをする私、カフェで何時間も過ごす私、
この感動的な街並みが日常の風景となった私・・・。
このパリが、私にとって巨大なアミューズメントでなく、
やっと日常生活の一部となった今、私にできること。
それは、今感じているはずのこの空気を、
受身ではなく、自分自身で動かし始め、周りと影響を与え合うこと。
東京で生まれ育ってきた私にとって簡単であったはずのこのことに、
初めて挑戦する時期がきている。
どんなにがんばっても「外国人」である私にとって決して簡単ではないけれど、
この空気感に流されるだけじゃ、私じゃない。
例え一瞬の風でも、なにか伝えることができる気がする。
どうすればいいのかはまだ分からないけれど、
そんな風をつくることができるようになったとき、
私はパリの風をとらえ、身にまとい、
自分の要素としてとりこめるんじゃないかななんて思う。
雨上がりの空にかかった虹を見ながら考えた。
1年と決めていたここでの生活、
もう少しだけ伸ばしてみることにしよう。

2003/5/14/WED
[自分を信じるということ]
こんなことを言うとよく変人扱いされるのだが、私は小さい頃から、夢の中でだけものを考えてきた。
いや、「寝ているときにだけものを考える」という言う方が正しいかもしれない。
なぜなら、いわゆるみんなの言う「夢」のように、イマジネーション豊富な非現実的妄想や映像がうかんだりするわけではないからだ。
もちろんそういった類の「夢」も見るのだけれど、それよりもものを考えることの方がはるかに多い。
仕事のことや将来のこと、恋の悩み、明日までに考えなければいけないアイディア、
すべて寝ている間に図式化されて頭の中で整理され、そして現実の世界でそれを実行する、
そんな繰り返しをこれまでずっとしてきたし、そうするとなんでもうまくいった。
まるでそれを指南する司令塔があるかのように、スムーズに思考が流れ、
現実の私の行動が常にリンクしているのである。
逆に起きているときに無理に何かを考えようとすると、つまらないことしか思い浮かばないという、
便利だか不便だか分からない頭の構造をしている。
実は昨日、学生の難関のひとつといわれている滞在許可証の更新が無事終わった。
ちなみに私がこのパリに来たのももちろん、司令塔に導かれ、それを信じての行動である。
部屋でロゼワインを飲みながらささやかなお祝いをして眠りについた私は、
いつものように思考の世界へと入っていった。
今回のお題はというと、以前働いていた会社の人が何度も私に言った言葉から始まった。
「仙人になるか、社会の奴隷になるか、世の中にはこの2つしか選択肢はないんだよ。」
いくら好きなこと、やりたいことを仕事にしていても、
それをお金にするためには何かしらの妥協が必要で、
自分のやりたい時やりたいように、人とのしがらみもなく生きて、さらにはお金を得ることは不可能。
そうしたいのなら、
一人きりで誰にも迷惑のかからない山奥なんかで自給自足するような生き方をしろ。
しかしそんな仙人のような生活を選択できる人はほとんどいない。
つまりは妥協を覚悟しながら生きていくのが社会のルールだと・・。
彼の言っていることはすごく究極論にみえるけど、
この話を聞いていた時の私にとっては、実はすごく納得できて、だけど悲しい現実だった。
しかしどうだろう。
世界の限界や枠を感じながら、そしてそれに合わせながら生活や仕事をすることは、
確かにそれなりに要領よくやっていける手段のひとつかもしれない。
でもそれは所詮人の顔をみて、つまりはその人の言うところの「奴隷」になっているに過ぎない。
社会で生きているからって、なにも皆に合わせることなんてない。
自分を信じる強い心とそれを表現するほんの少しの勇気があるならば
実は意外に簡単にできることなのかもしれない。
皆はただ、それに気づきながらも、楽でいられる枠の世界から出たがっていないのではないだろうか。
ところで私はどうなのだろう?
めずらしく答えが出ないまま、私は窓から差し込む光で目を覚ました。
枕のそばには、新しい滞在許可証と前回のものが貼られたページの開いたパスポートがあった。
小学校から変わっていないはずのへたくそな字が、私の名前を刻んでいる。
六ヶ月前の、枠の中で窮屈そうにしているそれとは明らかに違い、
決められた枠をはるかに飛び越えてのびのびと、そして気持ちよさそうにしている私のサインを横目に
「パリに来てよかった・・・」
とまた小さな自信をつけた朝だった。

2003/4/22/TUE
[人生最高のsurprise]
驚きながら喜んでもらうこと。
私が小さい頃から大好きなものの1つです。
とにかく、びっくりしている顔を見れるのがうれしい。
そしてその見れるであろう顔を想像しながら計画することがまた、とっても楽しいのです。
期待されてなければないほど、
むしろ、どうせなにもしてくれないんだろうなんて諦められてるくらいだと、
俄然やる気が起きてしまいます。
今までいろんな人にいろんなことをしてきました。
小さい頃は母や父にプレゼントをすることが楽しみだった私も、
この年になれば、その標的はやはり彼氏。
その中でも私の中で一番傑作の驚き顔は、当時つきあっていた彼の誕生日のときのこと。
彼自身、友達に誕生日プレゼントなんかをあげるのがとても好きで、
プレゼント作戦を今まで色々と考え抜いている人でした。
こんな人をも驚かすとっておきのsupriseをしたくて、悩んだあげく思いついたのは、
なんとスカイダイビング!
それを計画していた時の私は、今思い出してみても、幸せそのもの。
気づかれないことを願いつつ、いたずらっこな子供のように、
一人であれやこれやと作戦を練ったのでした。
さて、誕生日前日。
都内に一番近いダイビングクラブで予約をとったものの、
早朝であるために、前日から近くにあるホテルをとったのですが、彼は大変不満足顔。
ホテルの周りはほとんど何もなく、
なぜ私がこんな場所を旅行に選んだのか理解できないご様子。
私はといえば、だまってついてきてなんて言いつつも、
内心、それはもう、いつばれるかとそわそわ。
夕食にアルコールをとろうとする彼を必死にとめ、
12時のカウントダウンをして
ダミーのプレゼントをあげたらすぐに、明日朝早いからもう寝ようと、
何かおかしいと首をかしげている彼を無理矢理寝かしつけたのでした。
そして、いよいよ実行当日。
太陽もまだ完全に顔を出していない時間にホテルをチェックアウトして、いざ出陣!
何もない街からさらにバスで奥地へと向かっている状況に、
彼は昨日の不満顔よりも弱気に心配顔。
まあまあ、と彼をなだめつつ、バスを降りて、待っていたミニバンに乗ります。
そして五分後についたのは、もちろん飛行場。
もう、この時点で気づかれたかなと思っていたのですが、
彼は状況の飲み込めない表情のまま、スタッフの方に言われるがままに紙にサインを。
このサイン、死んでも文句言いませんといったお約束に同意したことになります。
あまりにも、あっけなく物事が進められるので、私自身も少々不安になっていました。
実は私もこの時一緒に飛ぶ予約をしており、しかも初めてだったのです。
そんな二人の不安をよそに、さらに準備が進んでいきます。
「はい、手は胸の前でクロスしてね〜、顔は上!じゃあのりますよ〜!」
え〜??そんな簡単でいいの〜??
相変わらずあまり状況がつかめていない彼と共に
ヘリコプターで上空4000メートルの世界へ・・・。
そして私たちは、おもちゃのように小さな町をめがけ、飛立ったのです。
そこは少し怖く、でもとても素敵な世界。
風の音だけが耳に響き、
まるで世の中の全てを知る天使にでもなったかのような空気感。
今から舞い降りる地が、
おとぎ話なのか、はたまた地獄絵図なのか。。。
それがどちらか分からなくても、
地上に降りなくてはならないような使命感。
生まれる前の私はここにいたのだろうか?
こんな不思議な体験に、言葉にはならない感動を覚えたのでした。
約20分ほどして無事着陸。
感動のあまり、周りを見失っていた私が忘れていたもの。。。
あ、そういえば、彼は???
後ろをふりむくと、そこには、状況がつかめぬまま、ダイブを体験してしまった、
でも感動している彼の姿がありました。
そして私が1つそこで学んだこと。
人はあまりにも驚くと、
口をあけたまま、全ての体の機能が数分間の放心状態になるようです。
筋肉が揺るみきった彼の顔は、明らかに昨日よりも一歳年をとっていたのでした。

2003/4/2/WED
-2〜3月のテーマ『My Gift to You』-
[17年かかって海を渡った贈り物]
私はこの街に、日本を外側から見るという1つの目的があって来ている。
仕事でもプライベートでも、あるキーワードから始まる話になると、
必ず感じてしまっていたコンプレックスを解消しに来たのだ。
それは、「日本てさあ・・・」という言葉。
日本人の性格の話、日本の文化の長所や短所・・・
もちろん私にだって、これらに対する意見を言うことはできる。
でもなぜかいつも恥ずかしかった。
なぜ?
そう、それは私がメディアや人から得た情報だけで日本を語っていたから。
肌で感じたこともないのに知ったような口を効くだなんていう、
私の一番嫌いな行為を、こんな話題になった時ににはするしかなかった。
そんな自分を振り切るように、
好きだった仕事を突然辞め、パリへの留学を決めた私だったのだが、
ここに来て、日本人に対する多くのことに落胆した。
古くから伝わる日本の伝統的文化は、
パリでも「zen」という名で広く受け入れられているのに、
なぜかそれを粗末にしている日本人。
同じ日本人をみるとなぜか嫌な気分になったり、
見えなかったものとして通り過ぎる日本人。
自分たちの特長を生かしきれず、
他の国の真似ばかりをしたファッションでなぜかういてる日本人。。。
(それもある意味日本人の現代文化と言われてしまっているけど・・)
こんなにも自分の国や文化を愛し、新古を絶妙に調和させているパリから見てしまうと、
現代の日本は・・・
とオヤジくさいことまでも口走ってしまいそうになる私がそこにいた。
それでも私は日本生まれの日本育ち。
何かをみつけたい。
そう思いながらも月日は無情に流れる。
そうしているうちに、今年もバレンタインデーがやってきた。
ここでは、日本ほど騒がれることはないけれど、これがイベント好きな日本人の宿命か、
何もしないというのではやっぱりものさみしくなり、
日本人の女友達と映画を観ることに。
その映画とは、宮崎駿氏の「天空の城ラピュタ」。
私たちにとってはあまりにも懐かしいこの映画が今年公開されるのを知ったとき、
いつもなら、なんでわざわざここに来てまで日本のものを・・・なんて思ってしまう私が、
ぜひ行きたい!と鼻をふくらませていた映画だった。
上映が開始されたと同時に、日本に関するものを客観的に、
わざと意地悪く見るといういつもの悪い癖が出ていたのは確かだった。
しかしそれから10分が経った時、私の心に変化が起き始めたのだ。
これは・・・!
その後どう考えたかなんて憶えていない。
とにかく宮崎映画の世界に完全に没頭し、
気づいた時にはエンディングロールの流れ始めたそのフィルムに
激しく感動している自分がいた。
この感動ってなに?
もちろん日本にいた頃だって、宮崎映画は嫌いじゃなかった。
でも、こんなにも感動してたっけ?
いや、内容だけに感動したのではない。
made in japanではなかなか味わうことのできない、懐かしさと新しさの共存。
若者の視点からも、古臭さや説教っぽさを感じずに素直に受け入れられるこの世界。
日本では随分と昔に公開されたはずなのに・・・
これが彼の世界なのか。。。
そして明るくなった映画館で私が目にした光景。
それはこのフィルムを見終えたフランス人たちの、私たち日本人に対する目。
言葉にしないまでも、
今にも話しかけてくるかのような感動と尊敬のまなざしが、私たちに向けられていたのだ。
こんなにも多くのフランス人たちに注目を浴びているのは初めてだと
ちょっと赤らみながらも、背筋をぴんと張って映画館を後にした。
そう、私はこの時初めて、日本人としての誇りを持てた自分に気づいた。
それは私にとって最高のバレンタインプレゼントだった。。。

2003/3/19/WED
[私とcafe de chocolatの深い関係]
「まあこれも、なにかの縁だから!」
小さい頃からこの言葉が嫌いだ。
こんなにも無責任で中身のない、オヤジ臭い言葉って
他にないんじゃないかと思うくらいである。
とにかく一方的に厚意や親切を要求しているようで、
どこからともなく耳にした途端、嫌な気持ちになっていた。
しかしここ1年ほど、この縁という言葉が妙に気になる。
それは、私がパリに行くと決めて突然会社を退職した、その送別会の席から始まった。
若いくせに小生意気な私を暖かく見守ってくれていた上司が、
酔いの回り始めた頃に何度も口にしていた言葉。
ひとつひとつの出会いは、ほんのささやかなつながりでさえ、
偶然ではなく必然なんだという。
だから人との関係は大切にしなさいと。
めずらしく説教をし始めた上司を周囲が止める。
それでもこれだけは言いたいと同じことを口にする上司。
標的となった私は同情の目を受けながらも、
ワインの心地良い酔いとたばこの煙の中で、
上司の言葉と、
この1年間でもらった名刺が600枚を遥かに超えていた事実に驚いた前日の出来事とを、
ただひたすら交互に思い起こしていた。
それからこんなこともあった。
私がパリへ発つ数ヶ月前。
幼稚園からの幼なじみが結婚することとなった。
バリバリのキャリアウーマンになる素質を十分に持ち合わせていた彼女が、
幼なじみの誰よりも先に結婚することになったことは、皆を驚かせた。
そんな彼女とウェディングドレスを見に行った帰りの車で、
久しぶりに会った彼女の口からふいに出た言葉は、
私が古くから知る彼女の姿には似合わない言葉だった。
「人は例え電車で隣に座った人でさえ前世で何か関係のあった人なんだって。
それで、その関係が今深ければ深いほど、昔の関係も深い人なんだってさ。
例えばとても仲がいい親友は、その昔は夫だったから今気が合うのかもしれない。
そんな話を彼としてたら、その昔は兄弟だったかもしれないねって話してたの。」
それは私を驚かせたと同時に、
彼女が彼によって、柔らかな女性の部分をひきだされたことを証明した瞬間でもあった。
幸せそうな彼女の顔を横目に、
自分はどうなんだろうと、流れる景色を見つめながら考える。
これってもしかしたら、人に限ったことじゃないかもしれない。
私が海外生活始めたのには様々な理由があり、
世界各国の中からフランスの、さらにパリに決めたのだって
それなりの理由がもちろんある。
しかし、私の背中を最後に押したのは、
「呼ばれている気がする」
この1つの感覚のみだった。
何かに引き寄せられているような・・・。
そんな根拠のない胸騒ぎが、
旅行で訪れたことのなかった地に住むという、
賭けのような決断を最終的に下させていたのだ。
友人が言うように前世があるかどうかなんて、
私には分からないけれど、
こんな考え方っておもしろい。
私が毎日関わる人、それだけでなく目にする人々全てと前世で会っていたと考えると、
確かに一人一人が大切な人に思えてくるから不思議だ。
カフェや電車の中の人間観察だって、より熱心になってくる。
なんだか毎日の楽しみが、また1つ増えたような、とってもオトクな気分。
私にはまだ、上司の言いたかった深い意味を理解するには到達できていないのかもしれない。
しかしこのときから、
近くにいる人たちやものとの距離が縮まったように感じたのは確かだった。
そして、今、引き寄せられた地で、
遠い昔何かでお世話になったことがあるかもしれない人たちと共に、
毎日刺激的な日々を送っている私。
この文章をなにげなく最後まで読んでしまったあなたも、
実は私と何かの縁で結びついてるのかもしれません。
ほら、なんだか楽しくなってきたでしょ?
そんなわけで、
今回、カフェドゥショコラにも引き寄せられるような形で、
おそらく前世に何か縁のあったであろうplan−dさんや他ライターさんと共に
ご一緒させていただくことになりました。
自由な形で文章を書かせていただくのはこれが初めてなので
試行錯誤になるとは思いますが、
末永くよろしくお願いします。

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